好意は感じられません。
勢いのある国。前へ前へと革新的に進むこの国は優しくない。
生まれで未来が決まらなくなった代わりに、他者を蹴落としてでも成り上がることが最良になっている。
上にいる者の粗を探し、蹴落とす事を喜ぶ。
記者だと名乗った女はある種の成功者ではあるのだろう。隔離されているに等しい滞在先のホテルにやって来て、取材をする。
どんなコネがそれを可能にしたのか、気になった。
ホテルで、宿泊するためではない個室を用意しているのだ。勝手に侵入して来たということもない。
どうも、隠し部屋があるらしく、壁の向こうに複数人の気配もあった。
きつい化粧にきつい香水。原色のスーツはこの国の流行で、自己主張が激しい。きっちりとまとめられた髪に隙はなく、肩で風を切って歩く女。時代の先頭をいく自負を持っていそうだ。
「今日はよろしくお願いします」
笑みを浮かべてはいても、その視線は優しくない。何か恨まれているのかと、疑いたくなるほど鋭かった。だから、シャーリーは笑みなんて浮かべない。
歓迎されていないのに、愛想笑いで労力を使いたくなかった。
「今日のお召し物も大変美しいですが、どれだけの服を持って来られているのですか?」
「あまり持ってきてません」
「まあ、連日のパレードですべて違う服を着られておられたのにですか?」
大げさに驚かれる。何となく、同意すると危険だと思う。
「必要な分を持ってきただけです。それに、パレード2日目以降はこの国に来てから作りました」
「入国して直ぐに注文されたという事ですか?」
「違います。必要になったので、自分で作りました」
「ドレスを自分で作るのですか?」
声に困惑が混じった。
「祖国を出るときにはパレードがあるなんて聞いていませんでしたから、必要になれば作るしかないでしょう?」
本当に迷惑な話だった。
「ドレスを1日1着作れるものなのですね。それは糸操魔術によって作られたのでしょうか?」
「作るしかなかったので。初めてにしてはよくできていたでしょう?」
「初めて作られたのですか?」
「必要がなければ作りません。ですから、とっても疲れたわ」
「ドレスを作るのにどのくらいお金を使われましたか?」
「お金は使っていません。労力のみです。素材から自分で採取していますから、お金がかかるところがありません」
何目的がわからないが、欲しい言質は取れなかったらしい。不満そうな顔をされた。
「ドレスに合わせて装飾品も毎回違っていましたが、こちらは持って来られたものでしょうか? お買い求めになられた物ですか?」
「作りました。ドレスの用意をしていないのに持って来ないわ。移動とパレードばかりで買いに行く時間もありませんでしたが、必要に迫られてしかたなく」
「作れるのですか?」
「作らなくてはいけないから仕方なくですが。宝石職人の様にはできませんし、見られる物になっていたらいいのですが」
こちらも費用について聞かれたから、労力のみだと答えておいた。シャーリーはやっと理解する。
貴族令嬢の金遣いについて記事にしたかったようだ。
「そんなに簡単になんでも作れるなら、皆さまと共有されたらどうでしょう?」
「簡単ではありません。まず、素材が必要になります。加工するのにたくさん魔力も使います。急なパレードなんてなければ作っていません。労働には当然対価を求めます」
「貴族として分け与えるのか義務なのでは?」
「それで過労死しろと? わたくし以外の方は、パレードが終わった後も積極的にこの国の方と交流しています。そのためにこの国に来たのですから、わたくしもそうするべきだったのでしょうね。ドレス作りで疲労していなければ」
別に、そこまで疲れてはいなかった。もともと交流するつもりもない。
「今もお疲れだと?」
「そうですね。意識を失うほど魔力を使えば、わたくしの気分が理解できると思います」
記者は少し休憩を入れましょうと、部屋にホテルの従業員を入れる。お茶とお茶菓子が用意されたが、食べる気にはなれなかった。
「少し前に掲載が禁止された記事あるの。意見を聞かせてもらえるかしら?」
テーブルの上に置かれた数枚の紙を手に取る。それはシャーリーについて書かれたものだった。ウソはないが、悪意はありそう。
「よく調べられています」
本当に、外国のことなのにどうやって調べているのか。伯父に引き取られて貴族になった事は隠してはいないし、隠せることでもない。
誰が知っていてもおかしくはないが、異国のこの地で、この女が知るためには情報源になる人がいる。それに、伯父に引き取られる前の事の方が詳しく書かれていた。
「この記事が掲載禁止になった理由をどう考えますか?」
「外交関係者の配慮でしょう」
「貴族なら配慮されて当然だと?」
「この国はそこまで貴族を尊んでいませんよね?」
殺してまで排除した国に、そんなものが有るとは思って来ていない。だからこそ、今回この国に来る事になった人選は、自衛力の高い人と群衆を相手取れる人だ。
やっとこの国に到着した他班の調査協力者たちも、生得魔術持ちばかり。
「配慮したのは技術者に対してだと考えています」
理解できていない顔をされた。
「生得魔術をどう考えていますか? 持ち得ていたら誰でも使えると思っているなら間違いです。使い熟すには修練が必要であり、そのために蓄積された知識が必要なんです」
相手の顔を見てしっかりと答える。
「わたくしは、母から魔術を教わらなかった。たがら母と暮らしていた時に魔術を使うことはありませんでした。今、魔術を使えているのは、そのための知識を与えられ、教育されてきた結果です」
「何をっ」
「技術者とは一朝一夕にはなれません。だからこそ、この国は困っている事がたくさんある」
人は腐る。貴族の名をそうして貶めた人もいるだろう。その一方で、貴族にする事で保護された存在もあった。
「この国の発展は、魔導具の発展とそれによる工業化にあると考えています」
「ええ、どこの国よりも優れた誇るべき技術ですわ」
「では、その魔導具の部品に何が使われているか知っていますか?」
知っていたら、こんな記事書かないだろう。
「その部品が、あなた方のいうところの旧時代の社会体制国からの輸入にどれほど頼っているか、理解すれば外交関係者の苦労がわかるでしょう」
壁にしか見えなかった場所が開いて、人が出てくる。隠し部屋があるのはわかっていたが、扉の位置までは認識していなかった。
魔物領域で共に過ごした大人3人と、その倍ほどの男たちがぞろぞろ出てくる。最後の方に出てきた1人からシャーリーは目が離せない。
父の顔を忘れても、忘れられなかって男の顔。鍛えられた身体と、華やかな顔。かつての母の男だった人。
見るからに悪い男だったのに、ここだと真面目そうに見える。
いつの間にか口が開いていた。上手く呼吸ができない。苦しい。汗がふきだす。苦しい。気持ち悪い。苦しい。
思考が暗く埋めつくされてしまう。
世界が、白銀に染まった。
白銀の繭の中は暖かくて明るい。巨大化したルーナにシャーリーは抱きしめられていた。
穏やかな呼吸が繰り返され、もう苦しくない。
『寝る?』
「大丈夫。落ち着いたわ」
落ち着いたからこそ、やらかしたと自覚する。シャーリーは頭を抱えた。




