お茶会は楽しめませんでした。
弟が伯爵邸に住みついて3週間。シャーリーは弟に会わないように逃げ続けた。
あまりのしつこさに意地になって逃げていた部分もある。
そんな兄弟のやりとりに終止符を打ったのは、第一夫人だった。
第一夫人主催のお茶会。出向いた先に弟がいた。上位者から呼ばれ、勧められた席につかないわけにもいかない。
シャーリーは表情をとりつくろい、席についた。
「急に呼んでごめんなさいね」
「いえ、およびいただき嬉しく思います」
主催者である第一夫人が毒見をしたあと、お菓子とお茶を勧められる。礼儀にならい、どちらも口をつけておく。
まったく口をつけないのは、信用していないと主張していることになり、どんなにお腹がいっぱいでもやってはいけないと習っている。
「苺のタルトですか。季節ですね」
まずは当たり障りのない話題で時間を稼ぐ。弟が同席しているのだ。シャーリーにとって楽しい話題になるとは思えない。
それにしても弟は取り入るのが上手い。シャーリーを拒否した第一夫人を相手に、3週間で茶会に持ち込んだ手腕は優秀だ。
シャーリーにとっては迷惑でしかないが、そこは評価しておく。
「姉さん」
初めて呼ばれる呼び方。昔は、ねーねだった。
静かに視線だけを向けて弟を見る。
「会うのは久しぶりなのよね?」
「ええ、会わないままでいられればと思ってました」
第一夫人が驚いた顔をする。会いたくないから逃げてたのに、無理やり引き合わせてその態度か。口元の笑みは教育の成果で維持しているが、目までは笑えない。
無表情にならないようにするだけで、シャーリーはせいいっぱいだ。
「どういう意味だよっ!」
声を荒げたのは弟。自己主張が強くて元気いっぱいだ。母との生活で抑えつけられ、自信喪失するほど虐げられてはいなかったようだ。
「バカにしてんのっ!」
傲慢でわがままな子ども。母に愛されて育ったんだろうな。
これとは理解しあえないし、歩み寄りはできない。
「ねぇ、覚えてもいない相手を姉と呼ぶのはどんな気分なの?」
シャーリーは使い慣れたカツラをかぶって、お茶会に望んでいる。わずかにでも覚えているなら、髪の毛について何か言うだろう。
「わたし、姉さんなんて呼ぶ弟に心当たりはないの」
だからもう、他人でいいでしょう。
「弟さんが最後にあなたに会ったのは3歳の時でしょう? 覚えていなくてもおかしくないと思わない?」
「覚えてないなら、それはそれで幸せなことだと思います」
あの頃、覚えていて嬉しい記憶なんてシャーリーは知らない。
「覚えてもいない姉に寄ってこようとするから、猜疑心がわきます」
弟には歓迎されていないのは伝わっても、言葉の意味は伝わっていなさそうだ。
「血のつながった兄弟なのよ。親しみを持つこともあるでしょう」
「血縁関係が愛情になるなら、わたしはここで生活していません」
血がつながっていても子どもを捨てられる母。そんな母の子どもが今更、血がつながっているだけで仲良くするなんて無理がある。
「母さんは姉さんに会いたいんだよっ!」
怒鳴って弟は立ち上がる。そんな感情に任せた行動に羨ましくなった。
そんな行動、5歳だったシャーリーでもできない。そのくらい、母との生活で言動も感情も抑え込まれていた。
「1度でいいから、会いたいって」
泣きながら、声を詰まらせた弟。できの悪い劇を見ているようで、何の感銘も受けない。
「1度くらい会ってみたらどう? 先延ばしにしていたら、会いたいと思った時にはもう会えないかもしれないわ」
未来において、会いたいなんて思えるなら、その変化を喜ぼう。そして、会わなかった後悔を受け入れる。
だから、余計な口出しはしてほしくなかった。
「1度、会ってらしゃい」
第一夫人のあなたが口にしたその言葉、命令になっているってわかっているだろうか。
「アルエット様がおっしゃるなら、1度だけ会います」
きっちり笑みを作りシャーリーは答えた。
「ご用件がそれだけなら、下がらせていただいてよろしいですか?」
許可を得て、シャーリーは部屋を出る。離れの部屋に戻るまで口元の笑みだけは維持した。
次の休日。午後の早いうちに母と会うことになった。
いつもはカツラの下に隠した髪をたらす。腰まで伸びた艶やかな白銀の髪は歩くたびに揺れる。
待ち合わせ場所は高級喫茶の個室で、平民落ちした母が利用するに不似合いな店だ。けれど、シャーリーが待ち合わせ場所として指定されたのはそこで、伯爵令嬢らしく上質な物を身につけて訪れた。
これが普通の喫茶店ならシャーリーももっと違う格好ができたのに、場所に合わせれば着飾らない選択肢はない。
待ち合わせ時間1分前に到着し、先に着いたのはシャーリーの方だった。
これはもう純粋な感情で会いたいのではないと判断する。10分待って来なければ帰ろう。
それだけ決めてまっていたら、8分遅れでやってきた。
「シャーリー、シャーリーなの。大きくなったのね」
舞台女優のように大げさに登場した女。鏡の中で見慣れた顔をつけていて、嫌になるくらい母に似ているのだと打ちのめされる。
遅れてきた事はスルーして、この店のお勧めがどれかなんて話を始める。
母はアフターヌーンティーセットとかいうのを頼み、食欲減退中のシャーリーは無難にお茶だけを注文する。
「待つほど先に来てくれるなんて、お母さん嬉しいわ」
遅刻をなかったことにして、シャーリーが早く来すぎたことになった。
注文したものが届くと、母は1人芝居のように語りだした。
「あの頃はお母さんも大変だったの」
父がいなくなっていかに苦労したか語り出す。大変だったのは否定しない。前世より今世の方が女性の働く機会や職業幅が少なくて、母の収入では生活が破綻していたのはわかる。
10代で駆け落ち婚をして、第二子を妊娠中に夫の失踪が重なり生活はあっという間に苦しくなった。
その頃が、だいたい前世の死亡年齢と似た年だと思えば、同情はできる。大学行きながら、妊娠、出産、子育てなんて無理だと前世は主張した。
ただ、理由があったからと、かつての日々が許せるかどうかはまた別の話。
「今なら、仲良くやれると思うの」
伯父から援助のために?
そんな考えがよぎって、まったく母を許す気になれていないことと、信用していないことをシャーリーは自覚した。
母は苦労話をしても、悪かったとは言わない。謝罪もしない。だから、あの扱いは大変な時にはそう扱っても当然だと思っている。
「仲良くするにはまだ時間が必要そうです。どうぞ、療養に専念して下さい」
病人の世話と弟の世話のための同居なんてしない。理性が断固拒否して、幼い心が胸を痛める。
「そうよね。伯父に甘やかされて、贅沢を覚えてしまったシャーリーはお母さんと暮らせないわよね」
拒否したとたんそれか。
「ええ、食事に事欠くような生活には戻りたくありません」
自分の食事より弟を優先しろと言われていた結果、入院した弟は標準体型で、シャーリーは栄養失調だった。
太ってはないけど、母も栄養失調にまではなっていない。食事状態だけをみても1番割を食ったのが誰かあきらかだ。




