第34曲 旧友たちもジョブチェンジ
一年後にアメリカ横断ツアーをすることが正式に決定した。
その後にヨーロッパ遠征も決まり、今いくつかの国での交渉がすでに進んでいる。上手くいけばアメリカに続いてすぐにヨーロッパツアーを組むこと下出来そうだ。
人生という限られた時間の中で、できることなら早いうちにいろんなことを経験しておきたい。
それは生き急いでいるわけじゃなく、世界が広すぎるから。
アジアの各地も回りたいし、中東や南米なんかも行ってみたい。アフリカは治安の問題もあって未知数だけど。
まだ若くてわたしの商品価値が高いうちに世界を回ろうと思ったらスケジュールは詰めていかないと到底間に合わない。
まだまだ日本でもコンサートはやりたいし、アメリカやヨーロッパも一度だけで終わらせるのはもったいない。どちらも広いから一度で全土を回るなんて不可能だし。
「今のところ日本の人気が高いフランス、イタリア、ドイツはほぼ決定ですね。でもどうせならあと何か国は回っておきたいでしょう」
五代さんがスマホでヨーロッパの地図を出しながら、開催国の目星をつけていく。
「うーん、イギリスは外せないでしょ。あとギリシャにも行きたいし、スイスなんかもいいよね」
「ヨーロッパと一言で言ってもかなりの国があるんだから、ある程度は絞らないと」
放っておいたらEU加盟国全部を回ってしまいそうな勢いに、ひよりが待ったをかける。
わたしは都合さえつくなら全部回ってもいいんだけどね。
「さすがにEU全土を制覇しようと思ったら一年くらいかかりますよ。お子さんもいることですし、一か月程度で帰ってこようと思ったらあと三か国くらいが限度だと思いますよ」
一年もかかるなら子供は連れていくけどね。いっそ二年くらいあっちに住んでしまった方が速いかも。
「今子供を連れて行くのもアリみたいなこと考えてるんでしょ。ダメだよ。日本にもファンはいっぱいいるんだから。一年も日本を留守にしたら日本のファンからクレームが来るよ」
それもそうか。海外進出ということで少し舞い上がっていたようだ。
ちょっと落ち着けわたし。
「それじゃ、後の開催国は五代さんに一任するとして、それまで日本でどう活動していくかだよね」
いろいろ多忙を極めてはいるものの、わたしの根幹である配信者としての活動もしっかりしておきたい。
本多社長が作った新会社の0期生として所属もさせてもらっているわけだし、できれば同じ会社の子とコラボもしてみたい。
「あぁ、そのことですが、まずはゆきさんの最初の企画として『再会コラボ』なるものを企画してみたんですが、どうでしょう?」
「再会コラボ?」
「ゆきさんがかつて一緒にコラボをしたことのある人達がいるでしょう。その人達とまず最初にコラボするんです。彩坂きらりさんとだって最後にコラボしたのは何年も前のことだし、懐かしの人たちと再会したいと思いませんか?」
それは願ってもない話に決まってる。きらりさんだけじゃなくて紡さん、雪乃さん、レイラさんとも久しぶりに会ってみたい。
懐かしいなぁ。わたしをVtuberとして一段階上に引き上げてくれたきらりさんに、感謝の気持ちを込めて開催した『YUKIの応援ありがとう恩返し企画』で出会った三人。その後も何度かコラボしたけど、わたしが倒れて以降はいろいろと忙しかったせいもあって全然できてなかったんだよね。
「うちとしてもきらりさんを筆頭に今の業界のトップ層を引き抜きましたから、そこにゆきさんが加わってくれれば超大型企画として一気に知名度を高めることが出来るんですよ」
なるほど。わたし達も久しぶりの再会で嬉しいし、ファンも錚々たるメンツが揃って喜ぶ。そしていろんな会社がひしめくこの業界の中で一気に存在感を出すことが出来る。
全ての人にとってメリットがある企画。会社の利益は当然として、わたしの喜ぶようなことも考えてくれる五代さんには本当にお世話になってるよなぁ。わたしのためにいろいろやってくれている労力に報いるためにも、この企画が大成功するように手を尽くそう。
「さっそくみんなに連絡を取ってスケジュールの調整をしないとね。それと同時に告知と宣伝を大々的にしたいから、ひよりも手を貸してくれる?」
「悠樹さんの秘書だから当然でしょ! 今ではみんな忙しい身だから、リモート会議でスケジュールの調整をしようよ」
パンデミックで一気に広がったリモート会議。
マネージャーさんを通して日程を調整してもらうことも出来るけど、どうせなら久しぶりにみんなの顔を見たい。ひよりもやっぱりわたしのことを一番に考えてより良い案を提案してくれる。
ほんと、感謝してもしきれないよ。
さっそくひよりがアポを取ってくれたので、わたしはリビングでノートパソコンを開いている。
「ゆきさん、お久しぶり。そして結婚とご出産おめでとうございます」
彩坂きらり、水音紡、冬空雪乃、Reira。そしてYUKI。
今の配信業界を飾る綺羅星のような面々が集まった豪華な会議は、まずわたしへの祝いの言葉から始まり、時間の空白を感じさせない和気藹々とした空気で進行していった。
今や誰もが忙しい身なので調整は難航するかと思ったけど、みんな最初から乗り気でトントン拍子に日程が決まった。
「この中で一番忙しいのはゆきさんなんですから、スケジュールの調整くらいこっちがしますよ」
紡さんがそう言って、他の三人も同意する。
自分たちも十分忙しいだろうに……。
「ゆきさんの場合、仕事の忙しさに加えて私生活でも四人の妻を相手するのに忙しいでしょうからね」
レイラさんが含み笑いをしながら冷やかしてきて、会議の参加者だけでなくそれぞれの周りにいるマネージャーやうちの嫁たちからも笑い声が上がる。
相変わらずみんなしてわたしをいじってからに。
わたしってそんなにいじられキャラなのかなぁ。
「四人だけじゃないですよぉ。わたしと琴音という『愛人』もいますから」
大人しく横で聞いていただけの五代さんがとんでもない話題をぶっこんできた。
「え、えぇ! さすがゆきさんというか……。まだ新婚のはずなのにもう妻公認の愛人がいるんですね。どこをとっても規格外です」
昔と変わらずわたしに心酔してくれてる雪乃さん。それはありがたいんだけど、そんなことまで感心しないで。
「わたしは公認してないから! あくまでも本人たちが勝手に名乗ってる『自称』だからね!」
いくら感心されてもいきなり愛人を作るような不貞の夫と思われるのは心外だ。
否定しておくべきことはちゃんと否定しておこうと思ったんだけど、この言葉に四人が食いついた。
「あ! それならわたしも愛人になる!」
「わたしも!」
「わ、わたしもお願いします」
「わたしも立候補しておこうかな」
おおい! 否定したのになんで増えとるねん!
「さすがゆきさん。一気に六号まで増加ですか」
何を他人事みたいに言ってるの。もとはと言えばあんたが愛人とか言い出すからでしょうが。
非難の目を五代さんに向けたものの、本人は涼しい顔をしていて気にする素振りもない。
わたしの周囲にいる女の人はどうしてこうもしたたかな人ばっかりなんだ。
「ちなみに誰が何号になるのかな?」
問題そこなの?
そういえばきらりさんもかつては琴音ちゃんに貼り合って嫁候補の座を争ってたよね。
「わたしは何号でもいいからここは付き合いの長さできらりさんが三号でいいんじゃない?」
「なら紡さんが四号だ」
「わ、わたしは憧れのゆきさんの愛人に慣れるなら末席でいいですぅ」
なんか平和裏に序列が決まってしまったんだけど。
なんで本人が何も関与しないままにどんどん愛人が増えていくんだろう。
そして愛人が増えたというのに嫁たちがお腹を抱えて笑っているのも不可解だ。わたしが浮気なんかするわけがないのを分かっているからこその余裕なんだろうけど。
「嫁が四人に愛人が六人。とうとう二桁いっちゃったね。さすが悠樹さん、囲う女の数でも桁違いだ」
ちょっとひよりさん? 人聞きの悪いこと言わないでもらえます?
結婚した覚えはあるけど、囲った記憶は全くないからね?
「文香と穂香もこの話を聞いたらきっと立候補するだろうから、これで一ダースは確定だな」
より姉に言われてハッとした。高校の同級生まで愛人枠に入ってくるというのか。わたしが退院したときの祝いに来てくれて、それ以降もたまに家に顔を出してくれる付き合いの長い二人だけど、確かに彼女たちも言い出しそうだ。
「いや、みんなこんな既婚者に執着しないで、ちゃんといい人見つけようよ……」
口には出さないけど、そろそろいい歳なんだからさ。
「ゆきさんっていう男性を知ってしまうとねぇ」
「性癖歪んでしまいますよね」
「あ、憧れはいつまでも変えられません」
「これはどう考えてもゆきさんが悪いですね」
モニターの向こうで意見が一致する四人と、こちらで頷く嫁四人。
「これはきっちりと責任を取る必要がありますね」
ニコニコしながらのたまう元凶、五代さん。
きっと琴音ちゃんも彼女と同じことを言いそうだから、実質的に十対一。
何一つ容認した覚えがないのに勝手にこの華奢な肩に責任が積み重なっていく……。
「わたしそんなにたくさん抱えきれるほど力持ちじゃないよぉ……」
笑い声で旧交が温まっていくのはいいんだけど、みんな愛人とかめちゃめちゃ聞こえは悪いよなぁ。




