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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第3章 貴方だけのわたしでいさせて

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第28曲 貴方のそばにいさせて

 十月某日。

 残暑の厳しさもようやく収まり、風に冷たいものが混じるようになった頃。

 わたし達はひとつの節目を迎えた。


「ホントにわたしコレ着るの?」


 覚悟は決めていたものの、いざ実物を目の前にするとその煌びやかさに気が引けてしまう。

 男だよ、わたし。

 それがこんな豪華な……。


「ウェディングドレスなんて着ていいんですか!?」


 もうすでにビスチェ、ウエストニッパーにガードルを着けてボディメイクまで済ませてあるので、後はこれを着るだけの段階に来てるんだけどね。


「お客様ならきっと誰よりも綺麗な花嫁になりますよ」


 お手伝いのお姉さんはそう言ってくれるけど……。

 わたしは花婿だよ!


 ドレスを着ようとしてる時点で、そんな主張をしても虚しいしびっくりするだろうから黙ってるけどさ。いつまでも半下着姿で固まっているのも恥ずかしくなってきたから、ここは腹を括って一気に着てしまうことにしよう。


「お、お願いします……」


「どうしてそんなに思いつめた顔をしてるんですか。清水の舞台からでも飛び降りるようですよ」


 実際そんな心境だし。真剣そのものの表情にお姉さんも苦笑い。


 下準備は済んでいるので、あとは比較的簡単な作業であっという間にドレスをきせられてしまった。

 胸元しか隠さず、肩が露わになっているのはより姉の趣味。

 ドレスの縁やアームカバーにまでフリルが付いているのはかの姉の好みそうなものだ。

 ウェディングドレスだから全体的に豪華なんだけど、それでもどこかすっきりと上品にまとまっているのはひよりとあか姉がしっかり選んでくれた結果だろうな。


 ヴェールは顔全体を隠すものでなく、後頭部だけを覆っている。前が見えにくくなるのは嫌いだから、これだけはわたしの注文でこの形にしてもらった。


「ここまで来たらもう逃げ道はない」


 自分を鼓舞するようにそうつぶやくと、メイクを施してもらうためにそのまま化粧台の前に座る。


「素材が良すぎるからそんなに過度なメイクは必要ありませんね。でも他とは違う、素敵な花嫁さんに仕上げて見せますよ」


 だから花嫁じゃないんだってば。

 この人も式は見に来るのかな。花嫁姿の人間が五人も並ぶカオスな状況を見たらこの人は何を思うんだろう。


「でも、本当にキレイ。まつ毛もばっちり長くて目もクリクリで。アイメイクでもう少しだけ目力を強調しておきますね。きつくなり過ぎないように気をつけないと」


 わたしの顔にペタペタといろんなものを塗りたくりながら、とても楽しそうなお姉さん。

 そういえば以前より姉とデートする時にメイクしてくれたかの姉も嬉しそうな顔でやってたなぁ。

 そんなことを考えているとメイクが終わったのか、お姉さんに肩をポンと叩かれた。


 そして椅子を回転させて姿見の方に向けられると、そこには以前にメイクしたときとも違う、今まで見たこともないほど変わり果てた姿が映っていた。一瞬、これが自分だとは思えなかったほどだ。


 華やかで立体感のある透明感をイメージして、ドレスに負けないよう目元やリップは少し濃いめ。照明で白飛びしないよう眉は太めに仕上げ、立体感を出している。いつもより顔のパーツがくっきりと浮かび上がっているような印象だ。

 すっと立ち上がり、自分の容姿を再確認。

 く、悔しいけどとても綺麗な花嫁だ。


 だけど、男のわたしがここまで綺麗に仕上がってるんだから、生粋の女性である姉妹たち――いや、今日からは嫁たちか――はもっと華やかな姿に仕上がっているんだろうな。

 そのことを想像して表情を緩ませると、何を勘違いしたのかお姉さんが笑顔で寄り添ってきた。


「本当にキレイでしょう? 新郎にお見せするのが楽しみでしょうがないんですね」


 だからその新郎はわたしなんだってば。


 まぁ見せるのが楽しみと言う点では間違ってはいないんだけども。

 でも自分の事よりもわたしはやっぱり四人の花嫁姿を見るのが待ち遠しい。


 ひよりは可愛らしいのを選んだのかな。あか姉はいつも通りオシャレな感じだろう。かの姉はゴージャスそうだし、より姉は言うまでもなく露出が激しいに違いない。

 うちの姉妹ってみんな個性豊かだよなぁ。


 そんなそれぞれの特色を活かしたドレスをまとった美人が四人も並んでいる姿は壮観だろう。今更ながらに自分がいかに贅沢な身分なのかを思い知る。世の男性の皆様、本当にごめんなさい。

 だけど一人たりとも手放したくはないんです。それだけは誰に何を言われても譲れない。


 誰よりも大切な家族であり、今では愛するお嫁さん。

 みんなを等しく愛している。そこに差なんてあるはずもなく、誰か一人が欠けてもわたしの心にはぽっかりと穴が開いてしまうだろう。今、わたしは本当に幸せだ。


 先に新郎が式場に入り新婦を待つという段取りなので、音楽に合わせて式場の扉の前に立つ。介添え人は男装した五代さん。両親は花嫁に付き添うから仕方ないとしても、なぜ男装する必要があったのか。


「心の愛人としてはこういう時くらい花嫁のゆきさんをエスコートする新郎の気分を味わいたいですから」


 わたしが疑問に思っていると小声でボソッと呟いた。

 まだ生きてたのか心の愛人って設定。しかも人を花嫁に見立てて。


 やれやれと思っていると、『新郎、広沢悠樹様のご入場です』というアナウンスと共に重厚な両開きの扉が大きく開かれた。

 わたしの姿が現れるなり、どよめく会場。このどよめきはどういう意味だろう。

 

 わたしがウェディングドレスを着るということは周知の事実だから、これは単純に感心しているのだろうか。

 そんなに……綺麗かな?


「皆さんゆきさんの美しさに恍惚としていますよ。そんな視線を浴びて顔を赤らめるゆきさんもまた可愛らしいですが」

「うっさい、黙って歩け」


 誓いの場に近付くと介添え人は退場だ。「ちっ」という音がして五代さんが脇にそれていった。舌打ちはやめなさいってば。


 少し高い場所にある誓いの場所から入場扉をじっと見つめる。

 もうすぐあの扉から愛しい四人が美しい姿で出てくるのかと思うと胸が高鳴り、その時が待ちきれない。


『新婦は同じ姓なので省かせていただいて……』


 そこで一瞬司会の声が止まる。そりゃそうだろう。

 ここから新婦が四人も登場するなんて、今まで結婚式を何度となく行ってきたベテラン司会者でも初めての経験だろうから。


『新婦、依子様、楓乃子様、茜様、陽愛様、四名のご入場です』


 会場から小さく笑い声が上がる。

 わたしも笑いそうになった。そりゃ前代未聞の珍事だよね。

 きっと一夫多妻の国でも、四人同時に結婚式なんて上げないんじゃないだろうか。

 先ほどと同じく扉が観音開きに開け放たれ、愛しい四人が純白のドレスを身にまとい、少しはにかんだような笑顔で姿を現した。


 会場からは、その壮観な美しさにため息が漏れる。

 会場の反応を見るまでもなく、四人の姿は一人一人を見てもとてもキレイだ。

 四人も壇上に立つわたしの姿を認め、お互いに見つめ合ったまま息を飲む。


 あまりの感動に声もなく、息をすることも忘れて、日常では決して味わうことのできない神秘的な光景に心を奪われてしまっている。


『新婦の皆様? 入場してください』


 司会者の声で五人とも我に返った。そうだ、今は結婚式の最中だった。


 ヴァージンロードは広めにとってもらったけど、それでも四人並ぶと少し手狭で、介添え人である両親は斜め後ろに隠れてしまっている。さすがに六人も並べないわな。戦隊アニメの登場シーンじゃないんだから。


 四人が近づくにつれ、わたしの心臓は早鐘を打つように早くなり、胸が締め付けられる。

 みんな、うっとりするくらいに綺麗で、艶やかで、神々しい。

 わたしの視線を感じて少しはにかみ、頬を染めるその姿がこれ以上ないくらいに愛おしく、駆け寄って抱きしめたくなる衝動を抑えるのが大変だ。


 やがて両親も横に逸れ、四人が階段を上ってわたしの正面に立った。

 頬は赤いが、見つめ合うその笑顔はとても晴れやかで、宗教画のようなその姿はタイトルをつけるとしたら『幸福の象徴』だろう。


「みんな、とてもキレイだよ」

「やめろ、もうちょっと待て」


 わたしの言葉を遮るようにより姉がいい、四人が人差し指を口に当てる。今は黙ってろと言うことか。どうしてだろう。


 主役が全員揃ったことで、新婦さんが誓いの言葉を読み上げていく。四回も。

 そのたびにわたしは心を込めて「誓います」と答え、お嫁さん達も心からの言葉で同じ言葉を繰り返す。

 そして指輪の交換。それも四回プラス一回。


 まずはより姉から。

 服飾関係をしているからか、少し荒れたその美しい手を取り、薬指にゆっくりリングを滑らせる。

 そして誓いのキス。

 顔を離して笑顔を向けると、笑顔の目尻に光るもの。


「いつも支え続け、見守り続けてくれてありがとう。愛してるよ」


 そう声をかけた途端、目尻の光はさらに大きくなり、やがてぽろぽろと零れ落ちてきた。


「だから、もうちょっと、待てって、言ったのに……」


 涙をこぼし、顔を伏せたより姉に代わってかの姉が一歩前に出てきた。

 すっと左手を差し出してきたので、その薬指にも同じように指輪をはめる。


「ずっと優しく包み込んでくれてありがとう。これからもよろしくね。愛してるよ」


 かの姉も同じく、大粒の涙をこぼして笑顔を向ける。


「こちらこそ、愛してますよ」


 そしてあか姉。

 あか姉の場合は指輪をはめるためにその手を取った時からもう泣いていた。


「ゆきぃぃ」


「うん、いつもわたしのことを一番に考えてくれてありがとうね。愛してるよ」


「わだじも、あいじでるぅ」


 卒業式の時ほどじゃないけど、ボロ泣きといっていい状態のあか姉が横によけると、最後に残ったひよりの頬にはすでに涙の跡。


「これはもらい泣きだよ! 一番最後なんだもん、しょうがないよ」


「そうだね。年齢順で行くといつも最後になっちゃうけど、わたしの愛情はみんな同じ。愛してるよ、ひより」


「ゆき、ちゃん……」


 今度は自分のために流す涙だね。


 

 四人全員に指輪をはめると、今度はわたしの番だ。


 どうするのかと思っていたら、四人が全員でわたしの左手を持ち、より姉が指輪を持った。

 四人と順番に顔を見合わせ、微笑みあう。


 今までいろんなことがあった。わたしの秘密、脳の障害を克服するため、長い眠りについたこと、結婚報告の記者会見の後にも、すくないながらも批判的な意見はあった。

 いろんなことを力を合わせ、支え合いながらたどり着いた今日という日。


 ここはまだスタート地点に過ぎなくて、ゴールはまだ見えないほど遠いけど、今日という日を無事に迎えられたことを素直に喜ぼう。

 わたしに指輪をはめながら、四人が声を揃えて言った。


「「「「愛してます。いつまでも貴方だけのわたしでいさせてください」」」」


 ――第3章 『貴方だけのわたしでいさせて』 完結――

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