第104話 肝が冷える
「なんて……なんて考えなし……いえ、大胆で雄大な行動でしょう」
(思いっっきり、本音がポロリしてらっしゃいますよ、アルフィアーナさん……)
城から無事生還して、お湯で絞った布でこすりまくって整髪料をざっくり落とし、質の良さげな一般市民の服に着替えて、飛ぶように大聖堂へ向かった。
今回はアルフィアーナという名前をばっちり覚えていたので、個別に呼び出してもらって、さっそく鐘楼での密会中だ。
『毎日来るかもとは聞いたが、本当に翌日に来るとは思わなかった』のような話を上品にするアルフィアーナに、ライチは『聞いてよアルフィえも〜〜ん!』と泣きついて城での出来事の説明を始めた。
彼女はライチの話を、目を白黒させながら聞いていた。
今は呆れてものも言えない、という表情で、こめかみを押さえている。
「そうでしょう。自分のチャレンジ精神に、乾杯☆」
やってしまったものは、もうどうしようもないし、居直るしかない。
エア乾杯で、ウインクを飛ばすライチに、アルフィアーナは微笑んだ。目は笑っていない。
「ほんとうに、素晴らしいチャレンジ精神ですわね。……その杯が、手向けの杯になりませんよう、心からお祈り申し上げますわ」
(こわいこわいこわい)
危ない橋を渡りまくっていたらしいライチに、アルフィアーナのお小言が始まった。
「まず、貴族相手に先に口を開くなんて……それもお茶の最中の領主様相手に……。首が百個あっても足りませんわよ」
「それに、『内緒です』だなんて! あら、もしかして、お二人はご友人同士でしたかしら? 違いますわよね? なんて命知らずな言い方……!」
「開発者であることは話したのに、その他のご質問には黙秘するだなんて……領主様が直々にご質問されたんですよね? ……なぜ今も息をしているのか、不思議で仕方がないです」
「“ロバと話すような無駄な時間”……それは、平民が領主に言われて、『こんなふうに言われたよ〜』と軽く話す内容の状況ではありませんわ。領主様のお忙しい時間を奪ってしまったと、その場で命をもって償ってもよい案件ですわよ……」
「大量生産に向けて励めですって……!領主命令ですわよ!今!すぐ!なんとか実現しないといけないではないですか!どうしてそんなにのほほんとした顔をされてるんですの?! ロバ?!ロバだからですか?!」
(ロバめっちゃ馬鹿にされるやん)
寡黙で賢い働きものだよ? とつい訂正したくなる。
先程まででも発狂しそうだったアルフィアーナが、今は更にヒートアップして、物理的に暴れだしそうな衝動をなんとか抑え込んでいる様子になっている。
「だから、すぐアドバイザーのアルフィアーナさんに相談しに来たじゃないですか。多分これは急がないといけないかな〜と、さすがの俺でも分かりましたよ。
なんかまぁ死にかけた気がしますけど、見た感じより、わりと優しい人たちでしたよ。うん。手は拭かれましたけど直接握手してくれましたし。見学も許可してくれましたし」
あっけらかんとしたライチの発言に、いよいよアルフィアーナは両手の指先で頭を押さえ始めた。
「…………お命が惜しくないのは充分分かりましたから、わたくしの存じ得ないところでなさっていただけませんか? 平民の立場で想像するだけで、肝が冷えて凍りそうです」
「……そんなに?」
「あなたが別の世界から来られたということを、骨身で実感するくらいには」
アルフィアーナが、品の良い範囲でこくこくと頷く。
「わたくしは貴族としてはもう……なので、気にされてないのかと思っておりましたが、領主様と宰相様相手にもその調子だったとは……」
(あのお兄さん、宰相だったのか!)
苦労人な感じで、あまり差別意識もなさそうな良さげな人だった。
それはそうと、アルフィアーナに対する態度と、領主達に対するそれが同じ調子とは、さすがのライチも聞き捨てならない。
「いやいや!ちゃんと黙ってましたし、最敬礼もしましたって!」
『黙らっしゃい』と目で言われてしまい、ライチは言い訳の口を噤んだ。
「商人組合長も、さぞかし胃を痛めたことでしょうね……」
アルフィアーナが、ふぅとため息をつく。
「青い顔と言えば、商人組合長のプルデリオさん、一回は帰宅したものの、命令通りすぐに、新製品を献上するために城に戻って行ったんですけど。その時に、料理長のサピダンという人が、土のような色の顔をしてそれについて行ってたんですよ。これってつまり……」
ライチはチラリとそれを見たものの、深く考える前に、すぐにアルフィアーナの元に飛んできてしまっていた。
「平民の家の料理長が、城に呼び出されることは、非常に稀ですね。評判を聞いてヘッドハンティングの可能性もゼロではありませんが、さすがにこのタイミングだと……。何か思い当たる節がおありなんですか」
じとっ……とした目で見られて、ライチはあるがままの現状を伝えてみた。
「サピダン料理長には、甘味シートを使った異世界の時代先取りスイーツを教えたり、先取りパンとか、先取りスープとか……時代先取りっぽい料理をいくつか教えてますね。教えた、というか、レシピは有料で買い取ってもらってますけど」
「それっ……ですわね」
それだー!!!というくらいのテンションでスタートした言葉を、アルフィアーナは貴族らしく品よくこらえて、トーンダウンした。
「おそらく、新製品と同じように、お金の流れから、“商人組合長は、新製品以外に、他にも何か行商人から買っているだろう”と詰められたのではないでしょうか」
「あっ、なるほど……!」
「異世界、とまでは分からずとも、未知の料理であるなら、お金は出すから城の監視下で作ってみなさい……となっても、おかしくはありませんわよね」
「絶対それですね。さすがアルフィアーナさん、アドバイザーなだけありますね」
「アドバイザーを自認したつもりはございませんが……。他に、商人組合長のお宅ではどのような異世界の知識をやりとりなさったのですか?」
「え? えーっと……手で食べなくてよくなる、料理を刺す、フォークという道具くらい、かな?」
「フォーク、ですか」
ヘアケアは三人に丸投げしたし、プルデリオとの取引としては、間違ってはいないはずだ。
「でしたら、それも、話題にはのぼったかもしれませんわね」
思案げな表情だったアルフィアーナが、ハッと我に返る。
「って、そんな話をしている場合ではありませんわ! 飛車です、飛車! 浮いた、というのは、絶対に間違いのない、真実ですの?」
冒頭の話題に戻ってきた。そうだ、飛車が浮いちゃってさ〜と話したところで、ああなったんだった。
「絶対に間違いではないです。確実に、金の円も、金のラインも光って、ふわふわと浮きました。二回も浮いたので、間違いないと思います」
「これは…………今までの魔導史がひっくり返る、異常事態ですわよ」
異常事態。神様が、人を一人別の世界から連れてきて、自らスキルを与えてるんだから、確かに異常事態以外の何物でもないのかもしれない。




