【悲報】「私が何も気づかないとでも?」【盗聴がバレました】
カノン様は右足もやはり左と同様に、頭が良くなくて(誤解を招く表現、とのご指摘を受けた)目もお疲れで僧帽筋はイカレてて首が終わってた。右側だけにある――左の心臓と対になる位置の――肝臓の反射区では、無反応。大酒飲みの人とか常備薬がある人とかがギャーギャー騒ぐ所なのだが。
「カノン様、お酒は召し上がりませんか?」
「ええ、職業柄」
清廉なプリーストらしいお答えだ。
やっぱり右側も、胃腸が弱くて排泄機能がアレだった。腰は言わずもがな。呼吸器系が良好なのは幸いだ。そしてやはり、湧泉で体力が回復したらしい。
仕上げの指の牽引から、足指を開く(やっぱり右足も上手く開かなくて、アダダダダってなった)トコまで済ませて私は言った。
「はい、これで今日の施術は終了です。お疲れ様でした」
「終わり……ですか」
オイコラだから涙目で縋るように言う台詞じゃないだろそれは。
「物足りない?」
あんだけ大騒ぎしといて? と含み笑いで尋ねるとカノン様は慌てたように、いいえ、と首を振る。何やら腑に落ちないという雰囲気だ。
「1年に1回2時間スペシャルやるよりは、1日15分でもいいから毎日やってった方がいいんですよ」
整骨院仕込みの営業トークよろしく私が言うと、カノン様はふぅ、と息をついて、
「それは魔法の鍛錬と一緒ですね」
と言った。なるほど、どの道も継続は力なり、だ。
「あ、そうだ。足裏やった後はコップ1杯のお水を飲んで下さいね。血流もリンパの流れもよくなるから、デトックスチャーンス☆ ですよ」
「でとっくす……?」
「体の中の悪いモノ要らないモノを出しちゃいましょ、ってコトです。カノン様みたいな体質の方には特に大事かも」
おあつらえ向きに、果物と一緒に持ち込んだ花茶がある。院ではウォーターサーバーのお水だったが、ちょっと小洒落たリフレサロンなんかでは施術後にハーブティーのサービスなんかがあったりするし、ちょうどいい。ノンカフェインが望ましいとされているが……ヴァルハラ産花茶とやらは、カテゴリ的にはハーブティーでいいのよな?
私はカノン様に花茶を勧めた。彼は素直に起き上がり、ベッドに腰かけお茶を飲んだ。どことなく品の良さが漂う飲み方だ。間違っても一気飲みなんかしない。……私? 私はもちろんイッキですわ。労働後で喉乾いてたんですわ。手は腰! 仁王立ち! で、ごきゅごきゅぷはー! ですわ。んーうまいっ! この1杯の為に生きてるー! ……なんてな。
「それにしても、ユウセン? とやらは、凄かったですね……」
カノン様はうっとりしている。そうか、凄かったのか。その凄さが自分自身で体感できないのは歯がゆいな。
合谷の魔力回復にしてもそうだが、魔力の概念がイマイチあやふやな私には「魔力が増える」という感覚が体感として理解できない。それは体力についても同様で――ツボを押されて即座に「回復した!」と判るヴァルオードの方達は、あるいは自身の身体の状態に対してすこぶる敏感なのかも知れない。それとも、かがく(科学でもあり、化学でもある)に毒され過ぎた現代日本出身者は、そのあたりの感覚が退化してしまっているのか。
「ゆうせん、って、泉が湧くって意味ですからね。読んで字の如くというか。まぁ納得できる話ではあるかな、って気はしますけど」
その後、花茶をお供にツボと魔法の――主に回復系の四方山話とそれらの考察に刻を費やした。カノン様はすっかりいつものカノン様だった。心配事が解消したからか、通常モードでデュフフコポォも復活だ。楽しそうで何より。
「よかった、元気出ましたね」
私が言うとカノン様は目を伏せて、
「どうやらご心配をおかけしてしまったようですね」
「そりゃあもう!」
ここは嘘でもそんなコトないよって言ってあげるべきなんだろうがスマン、私は正直者なんや。
「騎士団総出で無い知恵絞って天照大御神を引きずり出すミッションインポッシブル的な?」
「あまてらす……?」
小首をかしげるカノン様に、その辺はさらっと流してええんやで日本のエライ神様でっせ、と軽い注釈を入れておく。
「でも私もホッとしました。カノン様、私のコト嫌になっちゃったのかな、って思って……」
「私が?」
カノン様は当惑の表情を浮かべる。珍しく表情筋がちゃんと仕事してるな。
「カノン様、忙しくて大変なのに、私の面倒まで見させられて。ただでさえ『黒瞳の役立たず』なのに、とどめがおもらしでしょ」
「……おもらし?」
「魔力のコントロールができないのって、致命的だって。要はクソションベン垂れ流しってコトだよってポール殿が言ってて。
しかもあんな盛大なおもらしで……後始末のヨロイー’sじゃなくてえっと、騎士団員の皆様が何も訊かずに黙々と作業してくれた紳士の優しさが染みるっていうか。おもらし聖女だみっともないってカノン様、私のこと嫌いになっちゃったかなって……猫以下レベルのセイジョサマなんかやってられっかってカノン様思ってて、それでご機嫌悪いのかなって……」
いたたまれなくて徐々に尻すぼみになりうつむいた私に、カノン様はしばらく無言だった。沈黙が痛い。
やがて、彼が言った。
「ミオ殿、貴女はポールにかつがれています」
「え?」
私は顔を上げた。何とも複雑な顔つきのカノン様と目が合った。
「えーでもだって、他の人達も否定してなかった――」
むしろ生温く肯定してたぞあの雰囲気は。ヘイゼル殿だって、おもらし連呼のポール殿の表現方法についての駄目出しはしてたが、発言内容に関しては何の訂正もなかった。
「貴女のその素直さは美徳ですが、」
カノン様はふぅ、と息をついて、
「しかし、少しは人を疑って然るべきとも私は思いますよ」
ってそれプリーストの台詞とちゃうやろと。
「確かに貴女は素直で純真で、彼らにとっては良い玩具いえ、からかい甲斐のある相手ではあるのでしょうが」
「私……騙されてたの……?」
私は呆然と呟いた。
おもらしおもらし連呼され、イヤァァァハズカシーミットモナーイってガチ泣きした私の涙を返せ。
「……泣いたのですか?」
ぴくり、とカノン様の片眉が上がった。私は素直に頷いた。
「そりゃあもう、羞恥と狼狽でリアルガチで号泣ですわ」
「号泣ですか……」
ぴきっ、とカップが鳴った。室内の気温が10℃くらい一気に下がった気がするけど気のせいだよな? カップの中のお茶が見事にフローズン☆ だけどそれも多分目の錯覚だ。
「ミオ殿」
カノン様が静かに呼んだ。はい、と私はかしこまる。静かな声が逆に怖い。
「ポケットの中のものを、こちらに」
「!」
――バレてた!?
私は咄嗟にスラックスの右側に手をやっていた。本営()から託された魔導具の上半身が熱く熱を持っている。今までそんなことなかったのに。
「私が何も気づかないとでも?」
カノン様はうっそりと口元だけで笑む。見様によってはハイプリーストの慈悲深い微笑だが、醸し出す雰囲気がとてつもなく恐ろしかった。
「自慢ではありませんが私、魔力の干渉を感じ取るのは得手でして。この気配はヘイゼル殿でしょうか。えぇ、判っておりましたよ。私と彼女のやり取りを盗み聞いて、増幅器を囲む貴方がたがどんな妄想を逞しくするかと想像するのはなかなか愉快でした。
さぁ、ミオ殿、お出しなさい。貴女にお怪我をさせたくはありません」
「あの、カノン様……」
「お 寄 越 し な さ い」
口元のみの笑みの圧に負け、私はポケットの中のモノをおそるおそる差し出した。スマンなヨロイー’s、私だって自分の身が可愛い。いい子ですね、と頭を撫でられたが、まったく誉められた気はしなかった。ひとつも嬉しくない。むしろ怖い。
さて、とカノン様は呟いて、増幅器(上)を軽く撫でた。愛撫にも近い手つきだったが、そこはかとなく怖い。彼は薄緑に淡く光る半円に唇を寄せ、囁いた。
「次は貴方がたの番ですよ」
直後、ポン! と間の抜けた音が部屋に響いた。楕円型の上半分は輝きを失い、うっすら煙を吐いている。大事なことだから繰り返すが、極限に高めた光は熱源にもなり得る。
触れてはなりませんよ熱いですからね、とカノン様は手を伸ばしかけた私を止めて、晴れやかに笑って宣言した。
「さ、ミオ殿。貴女を泣かせた極悪人どもをこらしめてやりに行きましょう」
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声を大にして主張したい。
足裏はいいぞ。
と、それはさておき。
ミオちゃんのかぶった猫がどんどんはがれて行くのと比例して、カノン様も着々と本性を表してきました。
彼は怒らせたらアカン人です。盗聴ダメ絶対。
次回予告:受難のヨロイー’s。次回も張り切ってサービスサービスゥ~☆