アニメです! とは言えません
「あっるこ~る♪ アルコール♪ 私は呑兵衛~♪ 合コン大好きー♪ どんどん行こう~♪」
軍用セコムにグッドラックじゃねぇやアレン殿に幸運を祈られた私は、本営(=食堂におわす騎士団員+ヘイゼル殿)より通達の指示通りに故郷の歌を口ずさみながら薄暗い廊下を練り歩いていた。目指すは敵陣いやカノン様のお部屋。目的は……目的はぁ~…………何だっけかな?
「枝豆~♪ 焼き鳥~♪ モツ煮込み~♪ ニンニク丸焼き~♪ ビールがススムよ~♪ イケメンよりもー食い気だーね~♪」
半ばヤケ気味に熱唱していたら、目的地に到着した。お盆を片手に持ち替えて、閉ざされたドアをノックする。
「カノン様、ミオです。一緒に茶ぁでもしばきませんか?」
ヘイゼル殿曰くのオープンセサミの呪文の重要ワードこと「一緒に」はしっかり組み込んで、ナンパの常套句と思われる文言を発し、しばし待つ。1拍半の後、いらえがあって、ドアが開いた。天照大御神のお出ましだ。すげぇなヘイゼル殿、やっぱ彼は軍人辞めて詐欺師にジョブチェンジした方がいい。
カノン様は完全オフモードの生成りのローブ姿だった。権威の象徴みたいなプリーストローブ+重たい上着がないとこの人は途端に華奢な印象になる。シャワー後なのか、おかっぱ風の金髪はしっとりと濡れていた。
「すみません、お休み中でしたか……」
出直してきます、と回れ右しかけた私に彼は少し微笑んで、どうぞ、と通した。例によってドアは開け放しだ。
「果物……えっと、ヴァルオードでは水菓子っていうんでしたっけ? 召し上がりません?」
誘ってみたが、反応は芳しくない。気もそぞろという感じで、お茶に少し手を付けただけだ。果物はお好みじゃないんだろうか。
花茶をすすりながら、お互いの出方を探るみたいな沈黙が続く。こういうのは好きじゃない。ポール殿にはハッキリ言い渡してあるが、駆け引きとかスパイの真似事みたいなのは苦手なのだ。
「ホントはね、果物は口実なんです」
私は素直にぶっちゃけた。カノン様が木製のカップを机に置いた。部屋にひとつきりの椅子を私に勧めた彼はベッドに座っている。見様によっては大した据え膳と言えなくもない。
「カノン様にドアを開けてもらう為の、口実。私、腹の探り合いとかめちゃくちゃ下手なんで単刀直入にお尋ねしますね。何か気になることがあるんですか?」
戦争? 魔法研? それとも何か神託があった? 矢継ぎ早に訊いた私にカノン様は鳩に豆鉄砲みたいな顔をした。無防備な表情が可愛い。でもこの反応だと私が挙げたの全部ハズレってことになるな。
「あなたを悩ませているのは、何? 私じゃ猫の手以下のお手伝いもできないかもわからないですけど、聞いてるフリぐらいならできますよ」
何たって鍼灸整骨院で患者さんのアレやらコレやらふんふんふーんと聞き流してきたんだ、年季入ってんよ。
「皆、心配してます。カノン様がまた何かひとりで抱え込んでるんじゃないか、って。さしずめ私は10年前のゴリラじゃねぇやランス隊長的なお役目を仰せつかったってトコでしょうかね、知らんけど」
馬鹿正直に暴露した私に、カノン様は微かな吐息と共に軽く微笑した。
「随分大事になっているようですね」
「ええ、それはもう」
すわ戦争かってガクブルしてますよ皆、と、私が言うとカノン様はかぶりを振った。
「そのような啓示は受けておりませんよ、今のところは……ですけどね」
そっか、よかった。私はホッと胸をなで下ろした。
「ひょっとして、疲れてひとりになりたかった? 押しかけて迷惑でした?」
だったら早々に退散しよう。でも、そうじゃないなら美味しく据え膳を頂こうと思う。生成りのローブに生足のカノン様が、ベッドにいる。これって施術して下さいって言わんばかりのロケーションよな? 梨状筋棘下筋攻め放題やないですか。腸腰筋だってイケそうですやん。何なら足裏もヤリ放題やで? こんな据え膳、食わぬという選択肢があるか? いや、ない(反語)。
「迷惑だなどと、そんな。私は……」
カノン様比で慌てたような声。おっ、口を割る気になったかな? 私は居住まいを正した。
「私は、いえ、貴女は……」
「私が、何ですか?」
イラチな私にしては頑張って辛抱強くカノン様を促し、待った。カノン様はうつむいてみたりローブの袖を正してみたりと乙女臭い仕草を次々繰り出していたが、やがて囁くように言った。
「貴女のお父上は、水難でお亡くなりに?」
「?」
意味がわからないなりにも正直に、いいえ、と首を振る。佐倉の義父は存命だ。
「貴女を虐待していた糞野郎いえ養父ではなく、貴女と血の繋がったお父上の方は――」
驚いた。お上品なお貴族様の口から言うに事欠いて、クソヤロウ。この人でもこんなこと言うんだな。
「生物学上の父のことはよく知らないんですよ。祖母も母も話したくないみたいな感じだったし」
「そうですか」
カノン様はふぅ、と息をついて、
「貴女のお父上が滝に落ちて亡くなったのかと」
「??」
何じゃそりゃ。私は無言のまま視線で続きを促した。カノン様はローブの袖をいじりながら訥々と、
「ないあがらを呼び出した時にミオ殿、貴女はおっしゃっていましたね。行け、ないあがら、忌まわしき記憶と共に、と。
私はあの時、貴女の天賦の才とも呼べる強大な力に感激しました。けれど……滝が止まって冷静になって、ひとつの可能性に気づきました。あれ程の強力な念、しかも貴女が『忌まわしき』とまで表現した滝のイメージは……つまり、貴女のお父上か、近しいどなたかが滝に落ちて、あるいはもっと強い表現をするのなら滝つぼに身を投げて絶命したのかと……」
「えぇーっ……」
私は当惑した。私の身内の死因を勝手に捏造すんなや。
「ミオ殿の才能に、私は単純に喜びました。しかしその才が貴女の忌まわしき哀しい記憶と結びついていたのなら……はしゃぎ回る私は何と無神経なことかと、いたたまれなくなってしまって……」
貴女は今後『水』を行使する度その哀しみを忌まわしき記憶と共に感じ続けるのかと思うと……と、切々と訴えるカノン様に私は何と返せばいいのかわからなくなった。まさかアニメ映画ですフィクションです、とも言えんしなぁ……。
「もしかしてカノン様、魔法のお勉強の後で元気なさそうだったのって、そのせい……?」
「はい」
カノン様はどこかいとけない仕草でこくりと頷いた。
「そんな……そんな理由で……」
すわ戦争か神託かと大騒ぎさせといて、こんなオチ!?
私は膝からがっくり崩れそうになった。
評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
聖女様の故郷の歌とやらに誰かツッコんでやって下さい、的な話です。
別名:人騒がせな神託の主の巻。
カノン様の優しさ繊細さを表現しようと頑張った結果、妙に乙女臭くなりました。
こんなはずじゃなかった。