魔導具の悪用・実践編?
爆笑の中、ハイパーダッシュでフーガ殿が戻ってきた。彼は、笑い転げる先輩方と鳩尾を押さえて転げ回るポール殿とに戸惑うそぶりを見せた。何かあったんですか? と尋ねるフーガ殿にヘイゼル殿が言った。
「ランス隊長がゴリラだって話」
「? ……何当たり前のこと言ってんですか??」
あのヒト名実ともに立派なゴリラじゃないですか、とフーガ殿はバッサリ斬って捨てた。ムムッ、このかぜま少年、人畜無害のあどけないナリしてなかなかやりおるな。彼は笑いのせいではなく痛みで悶絶するポール殿に、
「魔導具取ってきました。コレ使えると思います」
うぅ……痛ぇーよ……母ちゃーん……等と鳩尾を押さえて悶絶していたポール殿は、フーガ殿が差し出す魔導具とやらを見るなり真顔になった。
「フーガお前、コレって……」
「えっと、拾いモノです」
きゅるん、と効果音が付きそうなイイ笑顔でのたまうフーガ殿。対するポール殿は思いっ切り渋面になって、
「出所は訊かないどいてやる、俺は優しいからな。……まぁいい、とりあえず用は足りそうだな」
言ってポール殿は、手のひらで包み隠せそうな小ささの楕円形のそれを、かぽん、と半分に分解した。彼は楕円の上半分を私に、下半分をヘイゼル殿に、それぞれ押しつけた。私は渡されたそれをためつすがめつしたが、魔導具という名称の厳めしさに反して何を感じることもできなかった。手触りとしては完全に金属だが、色は黒い。印象としては劣化した銀製品って感じだ。
「ミオ様に関しちゃ、コレ持ってカノン様の部屋に行くだけのカンタンなオシゴトだ。ドアさえ開けさせちまえば後はコッチのモンだ」
ポール殿は自信満々に言い切った。門前払いという単語は彼の頭の中の辞書には存在しないようだった。
「オープンセサミの呪文は『カノン様、水菓子をお持ちしましたよ、一緒に召しあがりませんか』でオッケーさ☆」
ヘイゼル殿は王子様キラリン☆スマイルを発動させて、「ポイントは『一緒に』だからね」と付け加える。
ふむ、果物はなかなかいい口実かもわからんな。ついでにお茶も持ってこう。カノン様お気にのヴァルハラ産花茶ね。私は魔導ポットを作動させた。1人前ならすぐ沸くだろう。
「それじゃ足りないでしょミオちゃん。2人分、君の分も淹れないと。大事なことだから繰り返すけど、『一緒に』が重大ポイント。少し心細そうに、ご相談があります、って言えば、ラディウス卿なんか一撃さ☆」
基本は上目使いで、庇護欲そそる感じでね、と、続けるヘイゼル殿は軍人辞めて詐欺師とかに転職した方がいいと思う。
「ヘイゼル、お前はホントにわかってねぇーな。ミオ様はいつも通りでいいんだよ。あの人はミオ様の図太さ大らかさ逞しさが好きなんだからよ。ミオ様は通常通りにズカズカ押しかけときゃいいのさ。ちょっとでも不安そうにしてみろ、あの人自分のコトそっちのけでミオ様の世話焼き始めるぜ? 俺のこの竜のウロコを賭けてもいい!」
「っていうかソレ、色と大きさからしてノワールのだよね? どうやって入手したのかな?」
ランス隊長に知れたらゴリラの如く怒り狂うと思うよ、とヘイゼル殿。私はついついランス隊長がドラミングする画を思い浮かべてしまって自爆した。ホモサピエンスでこれ程ドラミングが似合う者がかつて存在しただろうか、いや、いまい(反語)。
「今回はあくまでカノン様のお悩み相談だ。ミオ様は勝手に悩んで自力で立ち直るだろ」
おいポール、アンタさっきから私に対してちょくちょく失礼やぞ。
という私の主張は総スルーだった。解せぬ。
深夜のカノン様お悩み相談会(仮)の準備は着々と進み、私はお盆いっぱいの果物と花茶2人前、そして増幅器とかいう魔導具を持たされ食堂を追い出された。
ヘイゼル殿に「基本は上目使いで、少し心細そうに、生まれたての仔兎を意識して」とかいう演技指導もみっちり入れられて――恋愛指南やってないで手伝って下さいよヘイゼル様、と、フーガ殿に叱り飛ばされるまでそれは続いた――そして、今に至る。
私は改めて、ヴァルハラ騎士団とユタ竜騎兵隊の力関係について熟考してしまった。軍隊云々差し引いても、アラサー男が10代少年にどつき回される場面は多くない。いや、フラットな目で見て、魔導具のチューニングにかかりきりの時に、いちばん手伝って欲しい人がどーでもよさげな演技指導()なぞにかまけていれば、立場関係なくどつき回したくもなるだろう。フーガ殿の気持ちは解る。
ちなみに、この場合の「どつき回す」は物理だ。手が出たのではなく、魔法が出たのだ。風圧は充分な武器になる。風魔法強ぇーえな。
私はお盆を抱え直した。果物は重い、ずっしりと重い。私は鍼灸整骨院のとある患者さんのことを思い出していた。某サイゼリ也(某の意味ナシ)のウェイトレスさんの上腕二頭筋から腕橈骨筋にかけては本当にガッチガチだったっけ。コレ持って1日に何往復何十往復するんだもん、そりゃあカッチカチにもなるわなー。今さらながらショウノさんマジで尊敬します。
食堂からは、相変わらずの喧騒が。
「もう! ヘイゼル様の魔力にチューニングしなきゃなのに、どーして肝心のご本人が遊んでるんですか!」
「遊んでって……酷いねフーガ君。俺はミオちゃんに、今後に繋がる指導をしてたんだよ」
「『アタシのアケビもおいしく食べて☆』のドコにつながる要素があるんですか!」
「お前ら、それ以上はやめとけ……」
世間にはセクハラという概念があってだな、と、珍しくポール殿がとりなしている。
食堂から寮へ続く廊下にはアレン殿が待機していた。「何かあったら駆けつける」役目だそうな。頼もしいセコムやな、でも出番ないと思うで、と、私は内心で呟いた。何たって訪問先はカノン様だし。
ここで増幅器の試用運転をすることになっている。私は薄暗い廊下で、お盆の上に載せた増幅器を見つめる。今のところ変化はない。
「ミオ様には大変な役目を押しつけてしまいますな」
私の手からお盆を取り上げながらアレン殿が囁くように言った。この盆は婦女子には重かろうという紳士の気使いが嬉しい。
「だが小官には彼らがこれ程まで必死になる心情がわかります。いざ戦にでもなれば真っ先に最前線に送られるのは彼ら、いや我々なのですからな」
「本当に戦争になると思いますか?」
潜めた声での私の問いに対する答えはなかった。アレン殿はただ、こう言っただけだった。
「カノン様が何がしかに心囚われ、思いあぐねていることは、わかります」
そしてそれが、ヘイゼル殿が言うところの「10年前に戻っちゃった」状態のカノン様、というわけか。
ポール殿が食堂の入口からスタンバイOKの合図を出す。
私は再び魔導具を見た。すすけた銀製品じみた楕円の半球が、薄緑色に輝いている。私は小さく歓声を上げた。
「緑色に光ってる! めっちゃ綺麗!」
「? ……そうですかな??」
「ホラよく見て下さいよアレン殿! うっすら透明感のある神秘的な緑――」
ポール殿が何かしきりに手振りで伝えようとしてくる。楽しそうやなー、と私は食堂の入口を微笑ましく見守った。こちらは暗いが、食堂は煌々と灯りがついているので、あちらの様子はよく見える。
アレン殿はポール殿に頷いてみせてから、私に囁いた。
「本営より通達。『やかましい、声がデカい、騒ぐと敵に気づかれる』とのことです」
ハイサーセン。私は素直に謝った。とりあえず魔導具が異常なく作動したことは『本営』に伝わったようだ。
この増幅器とかいう魔導具は、楕円型の下半分が術者の魔力を増幅させて送り込む作用があり、上半分で送り込んだ魔力を解放するそうだ。スタンダードな使い方としては、上半分を敵陣に持ち込んでおいて、下半分を本営で作動させる――もっぱら火魔法所持者が遠隔爆弾的な運用をするのが常なのだそうだが、今回みたいなやり方(風魔法で音=空気の震動を拾う、すなわち盗聴)も珍しくはない。まさに、何とかと道具は使いよう、だ。
コレ、使いようによっては電話と同じ運用ができないかな、と思いきや「本営(?)にある下半身は術者の魔力を搾り取るだけの代物(ヘイゼル殿的表現)」なんだとか。残念。
まぁね、本営の内緒話が敵陣に筒抜けなんてことになろうものなら本末転倒だしね。送信オンリー完全一方通行の盗聴器の方がリスクは低いのかもわからんね。
ポール殿がハンドサインで何か伝えてきた。アレン殿が読み取り、言った。
「本営より通達。『魔導具オールグリーン。聖女様は増幅器(上)を衣服に収納せよ』とのことです」
魔導具丸出しじゃ敵に気取られる、ってワケか。了解。私は黒のスラックスのポケットに増幅器(上)を入れた。
アレン殿とポール殿のやり取り(=ハンドサイン)が2、3あり――アレン殿が怪訝そうに首をひねりながら、
「本営より通達。『ポッケの中でも聴こえるかどうかテストしたい。聖女様は故郷の歌を一曲歌われたし』とのことです」
「はいぃ!?」
何じゃそりゃ。何も歌わなくたってテステスマイクのテスト中~本日は晴天なりイッツファインサンキュウーぱぴぷぺぽ~でええやんか。
「本営より通達。『聖女様の声は響き過ぎる。敵に勘付かれないため必要な処置である』とのことです」
つまり今しがた聖女様がおっしゃったことは本営に筒抜けということですな、と、アレン殿は付け加えた。魔導具、なかなかええ仕事しとるやないの。下手なボイレコより優秀なんとちゃうか?
余談だが、アレン殿とポール殿のやり取りはすべてハンドサインで行われている。軍人の本気すげぇな。コレ最早カノン様のお悩み相談@盗聴ってーよか軍事訓練かプチ戦争の趣があるわ。
「本陣より通達。『聖女様は歌いながら敵の居城へ突撃せよ。健闘を祈る』とのことです」
アレン殿は私にお盆を返しながら言った。
「幸運を祈ります」
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タイトル通りのお話です。
または、軍人の本気=ぷち軍事訓練でござるの巻とも言います。
「緑色に光ってる! めっちゃ綺麗!」と喜ぶ聖女様と、「???」な純然たるソードファイターの対比が鮮やかな章でもあります。
ゴリラって、ホントはとっても賢くて穏やかな生き物なのよ……とも付け加えておきます。




