「今のラディウス卿、10年前に戻っちゃったみたいに俺には見えるよ」
騎士団宿舎の食堂での、現役騎士による夜の怒濤の大絶叫大会。
ところどころで、ん? と首をひねりたくなる箇所もあったが、私にとっては概ね感動的な内容ではあった。
愛されてんな聖女様、と、ポール殿は茶化して、
「……さぁてと、こんだけ大騒ぎしてもカノン様が『こんな時間にうるさくしてはいけませんよ、近隣住民の迷惑をお考えなさい』なんて説教かましてこねぇってことは――」
相当落ちてんな、と、彼はちらり、と出入口に視線を走らせる。
何だシュプレヒコールは天照大御神の引きこもり対策か。胸と目頭の熱が瞬時に引いたわ。
「流石にちとおかしいやも知れませぬな」
叫び過ぎて嗄れた声でアレン殿が肯定した。純然たるソードファイターの魂の叫びすげぇな。
「ラディウス卿のこの状態って、戦争前の時みたいだな……」
ヘイゼル殿が顎に手をやり、ぽつりと呟く。何だよソレ、と耳聡く拾ったポール殿にヘイゼル殿が言った。
「ラディウス卿がユタへ来て、しばらくはおこもり状態だったんだけどね。ランス隊長が何くれとちょっかい出して……いや面倒を見て、少しずつだけど皆と馴染むようになったんだ。でも、2年かそこらしたらまた内にこもるようになってね……」
まぁ彼はどっちかというと皆でワイワイやるより静かに書物読んでたい人かなって思うけど、と、ヘイゼル殿は続けて、
「そっとしといてやれ、ってのが当時の隊長の方針だったんだけど、ランス隊長は――当時はまだ隊長じゃなかったけどね、彼はラディウス卿を放っとかなかった。結果としてはランス隊長が正しかった。『オラクル』の啓示があったんだ。近いうち隣国が攻めてくる、大きな戦争になるだろう、ってね。
10年前、ラディウス卿は独りで何とかしようとしてた。誰に何を言っても信じてもらえなかった子供の頃の経験が、ラディウス卿にそうさせた」
正直『神託』とかでこの街に彼が来た時もユタ民総出で半信半疑だったしね、とヘイゼル殿は言う。
「でも『オラクル』の預言通りにフォーガルドは攻めてきた。ラディウス卿のおかげで最低限の準備はできた。充分にとは言えなかったけど、専守防衛でユタは何とか守られた。
そしてまた、預言通りに『英雄』殿が現れた――」
ヘイゼル殿は私をじっと見、それからヨロイー’sのひとりひとりをじゅんぐりに見て、
「今のラディウス卿、10年前に戻っちゃったみたいに俺には見えるよ」
もっとも俺にとってはその時の彼がデフォルトなんだけど、とヘイゼル殿は呟いた。
怒号大会から一転、騎士団宿舎の食堂は重苦しい沈黙に包まれた。
「『オラクル』の『啓示』か……」
ポール殿はアイスブルーの目を眇める。
「まさか、また戦が……?」
アレン殿は10年前の戦争にも参加していたという古参メンツだ。当時をありありと思い出しているだろう彼の表情は暗い。
「聖女様が魔法研送りにされる心配とかもあるかもです……」
主武器が弓の容疑者志望の若い兵が訥々と、
「僕、少しだけどあそこにいたことあるけど……酷かったです。貴族の人はそうでもなかったけど、平民なんか人じゃないって扱いされました。あんなトコで一生閉じ込められて最終的に始末されるよりはって思って、今回の『辺境送り』に志願したんです」
辺境送りとはまた酷い、とヘイゼル殿はぼそっと呟いたが、それに対する反応は皆無だった。
「もし、あのヘルコンドルジェノサイドが聖女様のかぜまだったとして、……でもそうだったら、アチューメント前に術を行使したってことじゃないですか。それって僕と同じじゃないですか。僕それで魔法研送りになったんですから」
カノン様そういう心配してるのかも、と、かぜま少年は言い、アレン殿がかすれ気味の声で、フーガよ貴官はそれとなく己の魔力自慢をしておるぞ、とツッコむ。アレン、そりゃあアンタのひがみだ、とポール殿がいなして、重苦しい雰囲気は霧散した。
「10年ぶり∞回目の戦争なのか、魔法研絡みなのか、他に何かあるのかはともかく、カノン様の意図は知りたいトコだな。けどあの人秘密主義だからなー」
どうしたモンか、とポール殿は茶碗の赤い果実の残り汁を優勝力士よろしく飲み干して、
「ミオ様、ちょっくらカノン様んトコ行って、聞き出してきて下さいよ」
「えぇー……?」
行くのはやぶさかではないが――どっちみち今夜も梨状筋アタックかましてアンアン泣かせ……いやお礼がてら施術させていただこうとは思ってましたけどね?
「私にスパイの真似事させようっていうの?」
それは無理。人には向き不向きがある。地上で溺れ死ぬの嫌だし。
「日常会話を装って、ちょっと話してみるだけだよ。大丈夫、ミオちゃんならできるよ」
「つか何でそんなノリノリなんですかヘイゼル殿……」
「街の存亡がかかってるからね」
もし『オラクル』の啓示なら、と、ヘイゼル殿は器用にウィンク。戦争が起きるかって時なのに、この軽さ。これでええんか?
お読みいただきありがとうございます。
大感動巨編的展開に目頭と胸を熱くした聖女様の熱が瞬時に冷めるお話です。
またの名を、部下達の心配的なお話とも言います。
ミオちゃんは天照大御神のヒッキー対策かよとガックリきてますが、現役騎士達の心の叫びは本物だと思うのです。