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「きっと『闇』に感電してたんだ」

「でもね、カノン様。私あの感覚って割とあるあるっていうか」


 尚もしつこく謝罪を重ねるカノン様に私は言った。


「ホラ私、アッチでは……元いた世界では施術を生業にしてたじゃないですか。患者さんの不調をもらっちゃうって、結構よくあることだったんですよ」


 例えば、アトピー&アレルギー持ちのお子ちゃまの時に膝窩筋あたりに発疹ドバーとか、血液ドロドロ頭痛持ちの指揮者のセンセイの時にめっちゃ頭痛くなったりとか、末端冷え性で足がむくんでるおねーさんの時にあんよ重だるぅ~ってなったりとか。


「最初のうちは何だコレ!? って戸惑うばかりでしたけど。施術を終えて、患者さんを送り出したら、ケロッとよくなるの。……そう、あの感じ。『闇』のアレって、あの感じによく似てます」


 事実、『闇』から離れたら、あれだけの不調がスコーンと抜けた。その上、特上光魔法のアフターケア付きだ。正直こんなにしてもらってすんません、って感じだ。

 恐ろしいのは『闇』の上で貼りついたみたいに動かなくなったことだが……私はふっとブラック建設会社にいた頃に聞いた話を思い出した。協力会社のおっちゃんが、同僚が感電した時のことを話してくれたことがあった。強い電気に曝されて硬直して動けなくなった同僚を、そのおっちゃんはドロップキックかましてどうにか救出したんだそうな。素手でつかんだら一緒に感電しちゃうからダメ絶対、足元は電工の標準装備こと安全靴だからどうにかなるさと一か八かでドロップキック。んで、同僚、辛うじてセーフ。何とか助かったって。おっちゃんすげー。

 電気はこえーぇんだぞ、家庭用のでも油断したら駄目だぞ、と、そのおっちゃんは言っていた。作業に慣れてきた頃があぶねーぇんだよな、とも。以来私は家の電球を付け替える時でもがっつり電源切ってからゴム手袋装備で、を徹底している。


 あの時私、きっと『闇』に感電してたんだ。

 カノン様がドロップキックかましてくれてよかったわ。闇堕ち聖女(物理)とかシャレにならんわ。


「施術の度に、そんなにお辛い思いをなさるのですか?」


 もしや私の時も、と、顔色を失くすカノン様を私は慌ててとりなした。いえ私はほんの時々、うんと不調な患者さんの時だけでしたよ、と。


「私なんか全然軽い方。ケイ先生なんてとんでもなかったんですから」


 私は目の前に患者さんがいる時、ごくたまにだけだったが、ケイ先生はその患者さんの予約が入った時点で変化が始まったりしていた。何かケイ先生さっきからやけにトイレ行くよなーとか思ってたら、頻尿気味の患者さんがやってきた! みたいな。ケイ先生がその患者さんに病院行ってちゃんと診てもらうよう勧めたらその人、実は膀胱炎でした、というオチまでついた。自分ができる範囲、していい範囲をちゃんと知ってて、場合によっては病院行きな、と言えるケイ先生はエライと思う。本当に患者さんの為を思うなら、闇雲に患者さんを抱え込むんじゃなくてお医者さんに任せるのだって大切だ。

 ちなみに、院長はそれがどちらかと言うと苦手なタイプで、医者に任せたら負けって考えてるフシがあった。私が患者さんと頭痛シンクロトークとか末端冷え性トークとかしてると、当てずっぽう言うなと怒られたりもした。そんな適当なこと言って外れてたら信用を失う、インチキ占い師みたいなことするな、というのが院長の言い分だった(バックヤードサロンに占い師の先生がいるのにそういうコト言っちゃうのが院長だ、アオイ先生はオトナの対応で許してくれたけど)。私の主張は非科学的だとも言われた。実際に症状出てるのに。

 私は一時期、自分の身に起きる変化を否定しようとしていた。コレ全部私の気のせい、指揮者のセンセイで頭痛するのもペットショップ勤務のおねーさんで足がだるくなるのも、みんな私の思い込みだ、と。でも、大家のオオヤさんのお孫ちゃんで発疹出た時には流石に否定しきれなくなった。目に見える変化の破壊力は凄い。院長に見せたら、あせもでも出たんだろ、って言われたけど……春先の花粉症の時季でそれはまったく説得力がない。私そんなに汗っかきじゃないよ、オールシーズン大汗かきまくりな愛人じゃあるまいし。

 ケイ先生に相談したら彼女はあっさりと言った、院長にはわからないだろうね、と。

 さっきのカノン様の力説じゃないけど、わからない人にはきっと、永遠にわからない感覚だろう。


「ケイ先生は『わかる人』だったから。目が見えない分、他の感覚が凄く研ぎ澄まされてるんでしょうね、きっと」


 ケイ先生は私のことを「施術者に向いてるけど、向いてない」と言った。

 目の前の患者さんのつらさが何となくだけどわかる、それは施術者にとっては大きな強みだ。でも、その感覚に患者さんと一緒になって振り回されてるだけなら、向いてない、と。

 ある意味じゃ院長みたいになーんもわかんない方がかえって施術者向きなのかもね、ともケイ先生は言っていた。


「ケイ先生も、患者さんの不調をダイレクトにもらっちゃう人だったそうです。でも、ケイ先生は自力で対処できる。具合悪くなったら自分で鍼打てばいいんですから」


 その不調が完全に自分のものなのか、それとも誰かから「もらった」ものなのか区別するのも大事だ、ともケイ先生は言ってた。

 院で働き始めてしばらく私はそれがまったくわからなかった。でも、上手く仕分けできるようになるのはすぐだった。「もらった」ヤツは、対象が去ればすーっと抜けてくんだから。


「さっきの『闇』もだから、そういう類のモノだったんじゃないかなー、と。私にとってはそう珍しいことじゃない、むしろ馴染みの感覚です。私もうタマゴちゃんじゃないから、その不調が自分由来のモノか、うっかり拾っちゃったヤツかぐらいはどうにか区別できますよ」


 だからカノン様、そんな気にしないで、と、私は慰めるでもなく本心から言った。


「けれど、『闇』の思念は強烈だったでしょう……」


「うーん……割と?」


 これは否定しなかった。否定したら嘘になってしまう。正直吐くかと思った。


「って、そういうコト言うってことは、カノン様も?」


『闇』の思念とやらに中てられたことがある、ってコトか。


「私の本質は『光』なので」


『闇』とは根本的に相性が悪いのです、とカノン様は苦々しく言う。


「護符の作成でも『闇』だけはお断りしております。この文字盤も、最後のひとつを描くのが一番辛い仕事でした」


 って、これカノン様作なの!? すっごーいカノン様工作もお得意なんやねぇー。めっちゃ器用……って、本題はそこじゃない。


「ちょっとした呪いみたいでしたもんねー、アレ。呪われたことないけど」


「そんな、他人事のように。ご自分の身に起きたことでしょうに」


「他人事ですよ」


 私は言い切った。


「自分の中のモノと、他人由来のヤツと。切り離せなければ自分がどんどんつらくなるだけ。それができないなら施術者やめた方がいいってケイ先生に言われました」


「貴女は……」


 カノン様は言葉を探すように言い淀み、三拍半の後、こう言った。


「貴女は、強い方ですね」


「そうでもないですよ」


 強くありたい、とは思ってるけど。


「カノン様は、切り替えるの下手そう。何でも自分のこととしてダイレクトに受け取っちゃう」


「不器用だとはよく言われます」


 でしょうね。私は大きく頷いた。手先は器用みたいなのにねぇー。


「貴女のその切り替えの早さ、しなやかな強さは見習いたいです」


「これでも割と引きずるタイプだったんですよ。だからこそのレイキです」


 患者さん由来の不調に振り回されていた頃の私に、マダムカヨコが勧めてくれたのだ。ミオさんあなたも自分の身を守る術を身につけた方がよくってよ、と。ケイ先生のお師匠さんもまた、「わかる人」だったのだ。彼女もとてもいい施術者だった。患者さんに寄り添い親身になって……親身になり過ぎて、結局、病に倒れた。

 ミオさんはあたしのようになっては駄目よ、とマダムカヨコは言っていた。余所様だけでなく、自分もケアしてあげなくてはね、と。それを疎かにするとあたしのようになってよ、とも彼女は言っていた。私はその時、彼女が何をほのめかしているのかわからなかった。彼女は病気のことは話さなかった。私の前では――いや、誰の前でも、彼女は凄腕の鍼灸師マダムカヨコだった。直弟子のケイ先生だけが知っていて、懸命に治療していたのだ。

 治療家のガン罹患率は高い。いい施術者ほど患者さんの不調に曝されて、ダイレクトにそれらを受け止めてしまって――あるいはそれらを吸い取って患者さんを癒しているのかとさえ思える程に、マダムカヨコは最期まで精力的な『鍼灸師』だった。


「マダムカヨコが……ケイ先生の先生が言ってました。施術者が患者さんの不調を拾ってしまうのと同様に、施術者側が患者さんに悪い『気』を差し上げてしまうこともあるのよ、って。自分を健やかに保つことは施術者としての最低限のたしなみよ、って。

 その為に私はレイキを学びました。日本ではイマイチ効いてるか効いてないかわかんないやって感じでしたけど――」


「何をおっしゃいます、れいき様々でしょう」


「ここへ来て真価を発揮した感がありますよね。やっといてよかったです」


 もしカノン様が何かに振り回されるようなら私がカノン様にレイキしてあげる、だからもし私がまたヘンなモノ受信しちゃったらカノン様の光魔法を頂戴ね、さっきみたいに。

 冗談めかして、でも半ば本気で私が言うと、カノン様は小さく、でも確かに微笑んで、言った。


「えぇ、必ず」


と。


評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


闇堕ち聖女(物理)一歩手前を振り返るお話。

または、患者さんの不調を拾ってしまうことは実は割とよくある話でござるの巻。

逆説的に、自分の不調を患者さんに差し上げてしまうこともあり得ないことではないので自分をいい状態に保つのは大事なことなのですとのこと……なかなか難しいことですけど。


そして、もうひとつ。

電気はこえぇーぞー

とも、付け加えておきます。

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