魔法のお勉強、始めました
魔法のお勉強会の会場は、午後一番の食堂だった。
普段ならこの時刻、暇を持て余した非番のヨロイー’sがぽつぽつ出没したりするのだが、今日に限っては人払いでもしたかのように誰もいない。私とカノン様のふたりきり。何せ、私以上に浮き足立ってたカノン様が午前中の間中、
「聞いて下さい本日は私ミオ殿に魔法を教えて差し上げるのですよ嗚呼この高揚が貴方がたに理解していただけるでしょうかえぇ私の見立てでは彼女には魔法の才がありますよそんな聞き飽きて耳タコ等とおっしゃらないで下さいいいえ聖女様に魔法を授けるとは身に余る栄誉と言えるかも知れませんしかしながら聖女云々抜きにしまして私の目の前で才能の塊が花開き実を結ぶ瞬間が展開されるのは至福の喜びと言うべきものです何でしたら貴方がたも本腰を入れて学んでみませんか鍛えて差し上げますよ」
と、句読点抜きのほぼノンブレスでデュフフコポォしてたので皆、うわぁ無理……とドン引いた結果、こうなったとも言える。
私が用意するものは何もないとのことだったが、一応どなたかが書き損じたのの裏紙でこさえたメモ帳と、メイドインジャパンの筆記具を持参した。昼食時、ポール殿がわざわざ耳打ちしてくれたのだ。
「カノン様は座学にメチャクチャ力入れる人だから、絶っっ対! 途中で眠くなるぜ? 俺のこの竜のウロコを賭けてもいい!」
と。そのウロコどこでかっぱらってきたんだよポール殿……つか竜のウロコってでっかいんだなー。
それはともかく、座学を重んじる講師なら当然、メモの必要が出てくるだろう。
と、思いきや、本日の講師カノン様は、事前に完璧なレジュメを作成して下さっていた。ありがたい。
が、しかし、この分厚さは何なんだ。当然手書きなのだが、私の知ってる薄い本の厚さと違う。ざっと目を通してみたが、正直ちんぷんかんぷんだ。またしても私の中のマダオ(の中の人)がテンション上げて、何だコレ!? と雄叫びを上げてしまうじゃないか。……カノン様、こういうコトばっかしてるから右腕があんなことになってるんだろうな、と、私は頚肩腕障害一歩手前ぐらいの彼の腕の触感を思い返して苦い顔になった。
その表情を誤解したのか、カノン様は言った。
「今はまだ、最初の2頁のみを理解すればよろしい。しかしミオ殿、貴女はじきにこの資料の前半分を必要とすることになるでしょう」
カノン様は私の前に葉茶を置いた。木製のカップから清涼感ある香りが漂う。
礼を言って早速口をつけると、ミントのような刺激ある味が舌を圧倒した。
「いかがです、これで眠気も吹き飛ぶでしょう」
カノン様は口元だけの笑みでのたまった。ポール殿、どうやら内緒話は筒抜けらしいで……。
ポール殿の忠告(?)は、私にとっては半分正解で、あと半分はハズレだった。
「カノン様は座学に力を入れる人」は確かに当たってた。でも「絶対眠くなる」は嘘だった。
カノン様は魔法のイロハのイのことを、とてもわかり易く噛み砕いて教えてくれた。雰囲気としては勉強会というよりお茶会みたいなものだった。フクムラ鍼灸整骨院でバックヤードサロン華やかなりし頃に、レイキや着付を学ぶ人達の集いにも似ていた。
カノン様曰く、『魔法』とは人の内なる魔力を解放する方法である。
『魔法』と呼ばれるモノは通常、土、風、水、火の四大元素に大別される。人は大抵、それらのどれかの適性を保有している。生まれ持ったその適性をヴァルオードでは『基本属性』と呼称する。
「例えば、私の基本属性は『水』と『光』です」
カノン様はレジュメに沿った説明の小話風にさらっと言った。
「光って……」
さっきのカノン様の説明の四大元素とやらにはなかったぞ。ってことは、だ。
「カノン様って、レアモノ?」
思ったままを口にした私にカノン様は複雑そうに眉を下げ、
「枠外やら規格外やら、口さがない者にはよく言われます。ですが、四大元素以外の力は決して珍しくはないのですよ。私の実家は光魔法を得手とする者が多かったですし、ヴァルオード王家は代々雷魔法の名手を輩出しております」
「えっ、光が王様じゃないんですか!?」
王道ファンタジーだと大体、光がいちばんエラくて王家とか皇族とかやってる系が多いんだけどなー、っていうのはどうやら私の偏見だったようだ。
「世の中には、適材適所という言葉がありまして」
カノン様は口元に弧を刷いて、
「担ぐ神輿は軽い方が良い……いえ、神託の『オラクル』が王として君臨するとはすなわち権力の集中を意味します。それを善しとしなかった者が過去存在したのでしょうね。私もその見識には賛同いたします。
と、これは政治の話ですね。魔法に戻しましょう」
……今カノン様さらっと毒吐かなかったか?
カノン様がレジュメの続きの箇所を指差したので、私は改めて集中した。
レジュメには「四大元素はそれぞれ対になる力が存在する。この場合の『対』とは反発し合う力という意である」と、ある。
「水は火を消し、地は風を縛る。水と火、土と風は本来相容れないものなのです」
カノン様の補足に私は大きく頷いた。
「その辺はうっすらわかる気がします」
「わかりますか」
「何となく、感覚的に?」
「その感じ方は素晴らしい」
カノン様のテンションがじんわり上がった。
「どんなに言葉を尽くしても、わからない人にはわからないものです。魔術師としてモノになるかどうかは、それがわかるかわからないかで決まると言っても過言ではありません。
そうですか、ミオ殿は『わかる方』なのですね。その『何となく』の感覚を大事になさって下さい」
お、おぅ……了解。私はじんわり加熱中のカノン様のテンションに気圧されてとりあえず頷いた。
「えっと、ですので、同じ体の中に『火』と『水』、『土』と『風』は同居いたしません」
カノン様は観察するように私を見、重々しく告げた。この人の「えっと」は可愛い。ついでに、同居って言葉のチョイスもちょっと可愛いな。
「貴女がヘルコンドルを一斉掃射したあの不可思議な現象を公にできない理由はそこにあります。
おそらく、貴女の基本属性は『水』です。これから正式に適性検査もさせていただきますが、わざわざしなくとも私には判ります。私の首を賭けてもよろしい」
いやだからカノン様さ、あーた自分の首をそう軽々しく賭けないでくれるかな。つかヴァルハラ民って何かってーと何か賭けたがるよな。ポール殿の竜のウロコといい、カノン様の首といい。
「『水』の人が烈火とかまいたちでヘルコンドルの大群を一瞬で全滅せしめたなどと知られようものなら大変なことになるでしょう。行く末は十中八九研究員の被検体です。……あぁご安心下さい、居合わせた部下達には緘口令を敷きました」
誰しも地上で溺れ死ぬのは嫌でしょう、と晴れやかに笑うカノン様が怖い。この人を敵に回すのはやめておこう。
「と、また話が逸れましたね。
貴女のおっしゃる『レア』な魔法は、四大元素の反発し合う力の干渉外、すなわち枠外という扱いです」
「枠の外で反発し合ってるとかは? 光と闇とか」
私が思ったままを口にするとカノン様のテンションが爆上がりした。
「ミオ殿、貴女のその視点は最早学者のそれですよ。貴女のいたニホンという世界で魔法が存在しなかったなど、何かの間違いではないのですか。貴女の世界では皆、貴女のような豊かな見識をお持ちなのですか」
「うーん……割と?」
「それは何とも素晴らしい!」
ベタ褒めされたが、私ぐらいの認識は並のゲーマーなら普通に持ってるんじゃないかと思う。ここへ来て、王道RPGやりこみまくりが評価されるとは人生何があるかわからない。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
タイトル通りです。念願の魔法が始まります。
ガチでアカデミックな勉強会ではなく、どこかのほほんとしたお茶会の雰囲気が漂ってます。
竜のウロコは良い素材です、そして戦士のお守りでもあります。




