カノン様の劇的ビフォーアフター
翌朝。
目覚めは快適だった。特に何か気になる物音がしたとかいうわけでもないのに、スコンと覚醒した。どちらかと言うと寝汚い部類に入る私にしては珍しく上手に起きられた。昨夜のガチ施術が私の身体に良質の睡眠を提供してくれたようだ。
私は灯り取りの窓を見た。
窓と言ってもガラスがはめ込んであるとか網戸があるとかじゃなく、単なる通気口に近い。つまり、開け放しておくと小虫その他が入り込み放題だ。勘弁してよと思ったが、この様式がユタのデフォルトらしい。光の差し込み具合から、まだ明け方に近いな、と判断する。
この世界には日本のような、何時何分何秒みたいな細かい時間の概念がない。
いわゆる時計的なモノは、中央広場や公共機関、あるいはとってもお金持ちなお宅等にあるのだが、日本のように一般市民が腕時計やらスマホやらで個々に時間を知るブツを所有しているということはなく――何せこの世界の『時計』は場所塞ぎのデカブツで、それこそ広場にでも設置しないことにはって感じのシロモノなのだ。
で、パンピーがどうやって刻を知るのかというと、「1刻毎にファンファーレが鳴る、ただし昼間限定」。そりゃあもう華々しい起床ラッパよ。ユタへ来た当座は驚いたし、笑ったよ。競馬かよ、って。
んで、誰がそのラッパを吹くのかというとそれは、竜騎兵隊員の輪番制なんだそうな。タイヘンデスネー。
竜騎士は、竜を操る為の竜笛を拭く。竜笛の音は人間には聴こえない(そう、ランス隊長がノワールくんを呼ぶ時にホイッスル的な何かを吹くそぶりをしてたが私には何も聴こえなかった)。時計ラッパ(と、勝手に命名)は竜笛の練習にもなるからということで、竜騎兵隊発足時からこちら、刻を告げるのは隊員の立派なオシゴトのひとつであるとヘイゼル殿が言ってた。
ヘイゼル殿曰く、竜騎士昇格の必須条件として、竜笛の試験もあるんだそうな。うーん、竜騎士になるのに音楽的才能が必要だとは思わなんだ。竜に選ばれ、文武両道クリアして、でも竜笛のテストが突破できなくて未だに空色の制服が着れてない隊員もいるんだよ、とヘイゼル殿は言っていた。ユタ竜騎兵隊の制服は、上級職の竜騎士は空の色の青、そして、地上部隊の警備隊員はアースカラーで区分されている。ユタ男子にとって空色の制服とは憧れの象徴というわけだ。
しかし、人間に聴こえない笛の音のテストってどんなモンなんだろ? 人間じゃジャッジ不能よな? まさかの竜が試験管? ……改めて考え始めると気になって気になって夜しか眠れない。機会があったらヘイゼル殿かランス隊長あたりに訊いてみよう。
ちなみに、首都ヴァルハラではラッパじゃなくて大聖堂の鐘が鳴るんだそうな。鐘を鳴らすのは見習いプリーストの役目だってカノン様が言ってた。つまり、ユタにしろヴァルハラにしろ、刻を告げるイコール権威の象徴みたいなモンかな、と私は勝手に解釈している。
カノン様が言うことには、彼がユタに来たばかりの頃は、フツーの起床ラッパと敵襲等の警告ラッパの聞き分けが難解で苦労したとのこと。ヴァルハラでは刻を告げるのは鐘、警報はラッパときっちり分かれていたそうで、「メロディラインのみで区別せよとは無理難題を。時報と緊急警報とは別の音色にしていただきたい」と、カノン様は現在進行形で嘆いている。
そしてカノン様はこうも言っていた。早く我々が鐘だけ鳴らしていればいい世の中が来ればいいのですがね、と。
いざ敵襲ともなれば回復役として戦場に真っ先に投入されるプリースト達。現状、彼らは鐘だけ突いてればいい御身分ではない。それはカノン様を見ていれば容易に想像がつくことだ。
そして、淡々とのたまうカノン様の目の中に『聖女様』への期待を見出してしまって、その時私は何と言葉を返せばいいのかわからず、ただ曖昧に頷くだけだった。
せっかくの快調な目覚めだ。たまには起床ラッパのファンファーレ前に起きるもよかろう。
私は生成りのローブのまま部屋を出た。洗面の為に自前のフェイスタオルと歯磨きセット(歯ブラシはこっちの世界でも流通してた、ハレルヤ!)を持ち、水場へ行くと、カノン様と鉢合わせした。シャワー帰りなのか髪は濡れているが、いで立ちはすぐにでも現場に行けますよ的なプリーストローブ。例の肩こり誘発原因じゃなかろうか疑惑の上着まできっちり着込んでいる。
「おはようございます、ミオ殿」
「おはようございます、調子はいかがですか?」
何せマッサージ自体まるで初めてらしい人にフル施術だ、揉み返しでも来てたらという懸念もあって訊いたのだが。
「それがですね、」
カノン様はもったいをつけて、
「驚く程身体が軽いのです。生まれてこの方これ程の爽快感を味わったことは果たしてあっただろうかという程に。
私、不眠の傾向があったのですが……入眠が困難で眠り自体も浅い性質なのが嘘のように、夢も見ず、深い眠りを得ましたよ。疲労負債とでも呼ぶべきものが一気にリセットされたかのように、快調です」
ミオ殿の施術は素晴らしいですね、とニッコニコでのたまうカノン様……輝く笑顔が眩しいne!
彼の言葉が真実であることは一目でわかった。お目々の下に飼ってたでっかいクマさんが綺麗さっぱり消えている。お肌なんか、エステでも行ったの? ってぐらいにつやっつやのピッカピカ、むしろテカテカしてる。心なしか姿勢までよくなった気もする。
使用前・使用後ってテロップつけたいわーリアル劇的ビフォーアフターだわーやっぱ快眠は美肌の元だわー。高価な化粧水塗りたくる前にまずは良い睡眠を取りなさいってケイ先生も言ってたし。
「お疲れが取れたようで何よりでした」
ニッコニコのカノン様に私は言った。
「気が昂って寝付けないかと思っていましたが……」
彼はうっとりと目を細め、
「だって貴女に魔法を授けられるんですよ眠っている場合ではないむしろ寝てなどいられないぐらいの気持ちでしたえぇ本当に朝まで寝台で悶々とするぐらいなら準備などして等と思っていましたが」
オイだから句読点、息継ぎしろよ、とツッコむ前に彼は、んふふ、と含み笑って、
「不思議なものですね。ふっと気が遠のいて、気づいたら、朝でした」
まるで重大な秘密を打ち明けるかのようにカノン様は言った。
とりあえず言い方! 表現! それフツーに気絶しただけみたいですやん。つかソレだと私がこの世界に来た時の感想と丸かぶり! ホームから突き落とされて気づいたら山の上、みたいな?
「カノン様、色々気になるトコいっぱいあるから、少し続けてやってきましょうね」
整骨院仕込みの営業トークよろしく私が言うとカノン様は輝く笑顔のままで、
「ええ、また是非」
と言った。
カノン様はそのまま本日の朝食当番で食堂に直行するとのことなので、その場で別れた。
もっとも私も着替えて洗面セット一式を部屋に置いたらすぐ追いかける予定だ。居候の身ですからね、そのくらいはさせてもらいますよって。
別れ際、彼はニッコニコで念を押してった。
「ミオ殿、今日は魔法の日ですからね」
「はい、よろしくお願いします」
ってか魔法の日って何やねん。いや言いたいことはわかるけど。
カノン様は朝食後すぐにでも取りかかりたい感じだったが、朝のルーティン洗濯業務を終えた後からにしてもらった。何たって居候ですからね、エサ代は体で払いますわって。
カノン様の得意技「聖女様にそのようなコトを云々攻撃」が炸裂しそうな雰囲気だったので、ほな私コレ(=洗面セット一式)置いてきますわ~サイナラ~的にトンズラぶっこいてみた。
とりあえず、カノン様が楽しそうで何よりです。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
珍しく(?)タイトル通りのお話です。
使用前・使用後です。
良質な睡眠は健康の元です。
体が軽くなった、よく眠れた、は施術者にとって最大級の褒め言葉です。
寝かしつけセラピーとかあってもいいんじゃないかなんて思ったりします。




