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深夜のお礼セラピー ~瘂門と風池と上肢と鎖骨リンパ~

 頭痛持ちのカノン様の為に、風池と瘂門も押しといた。

 風池は後頭骨の下方、胸鎖乳突筋と僧帽筋の起始部の間の陥凹部。わかりやすく言うと、うしろあたまの骨と首の骨のつぎ目の、頸椎から外に向かって指三本分ぐらいの所にあるへっこんだ左右の各箇所。風池は右と左を同時に拇指で。左右の力がアンバランスにならないように気をつけて、対方向の目に向かう向きの力で、じわーっと、徐々に、力を加えていく。

 読んで字の如く「池」のようなくぼみで、風邪が侵入しやすいところだってケイ先生は言ってた。なので私は風池を押す時、ちょっとした邪気払いのような気持ちで祈りを込めて押している。


 瘂門は同じく後頭部、第2頸椎棘突起上方の陥凹部。なのでこれは左右とかなく、ただど真ん中に1箇所だけ。

 これまた読んで字の如く「瘂」――発語障害の治療に用いられたことでのお名前だ。洋梨型だから梨状筋だの、僧侶の帽子に似てるから僧帽筋だのもう少しひねれよ筋肉’s、と思いきや、ツボもなかなかどうして単純明快な命名だ。

 瘂門も拇指で、同督脈上の百会に向かう方向の力で(すなわち、頭頂へのベクトルで)じんわりと、ゆーっくり、押していく。間違っても、プスッ! ドリャァッ! 垂直圧ドヤァァァッ! みたいに反動をつけて勢いだけで押してはいけない。あくまでピンポイントで狙って頭頂向きに、じわーっ、ぎゅぅぅぅー、だ。

 瘂門も風池も頭痛に直接アプローチというよりは、痛みを引き起こしがちな頭の状態を整えていく為のツボだと私は解釈している。痛みに直接アプローチなツボは別にある。

 そう言えば私はさっきからついついツボツボ連呼してしまっているが、ツボという単語は鍼灸師の為のものなので厳密にいうとアウトなのかもわからんが、ここは異世界! 日本じゃないから! と、開き直ってみる。


 うつぶせのまま、腕の付け根から肘にかけてを手根押圧。上腕二頭筋も、あぁ……(察し)って感じだったので、揺動揉みも組み込んでおく。

 肘から手首の内側は少し強めに手掌押圧。手のひらも同じく手掌押圧で、こちらは軽めに。

 患者さんの指を施術者の親指と人差し指でホールドし、指の付け根から指先に向かってちょんちょんちょん、と軽く引っ張りつつ、第一関節の所でパキッ! と鳴らす。この指先の牽引からの「パキッ!」は一連の施術で唯一の『パフォーマンス』だ。パキッ! は施術者の親指と人差し指が合わさる音だ。普通に指を鳴らす時の要領なのだが、初期の頃は上手く鳴らせなくて苦労した。別に鳴らなくても大勢に影響はないのだが、スカッ! よりも、パキッ! の方が気分いいよね、というだけの問題だ。


 これでうつぶせの片面が終了した。

 ベッドの設置場所の関係で、カノン様に体位の交換をお願いし、もう片面。スペースさえ許せば施術者が動くがこのベッド、壁際ぴったりに置かれているので仕方ない。

 もう片面も施術してみて思ったのだが、この患者さんいやカノン様のお体は、なかなかにしてアンバランスだ。右側に負荷がかかり過ぎている。


「カノン様、右利きですか?」


 言わずもがなのことを私は訊いた。患者さんとのコミュニケーション大事。

 当然、はい、という答えが返ってくる。デスヨネー。訊くまでもなかったか。


「今、こうして左側やってても、さっきほどの手応えじゃないから。片方ほぐして少し緩んでるってのもあるかも知れないけど」


 特に肩から腕にかけて、右側の酷使っぷりが容易に想像できる状態だ。右は頚肩腕障害一歩手前なんじゃないかって手触りなのに、左は割と普通というか。


「字を書くのも、武器を持つのも、右手ですから……これも、仕方ないかと、半ば諦めております……」


 ふぅ……と、気持ちよさそうに時折息を吐きながら、カノン様は途切れ途切れに申告した。


「諦めなくても、ちょっとしたことで大分変わりますよ。荷物持つ時右ばかりで持たないとか、右足ばかりに重心かけないとか」


「あぁ……成程……」


 あおむけに体勢を変えてもらって、鎖骨の下、大胸筋の起始部を拇指で軽く圧す。ちなみに鎖骨の上は、オイルやる人とかが鎖骨リンパと呼ぶ箇所であり、そこは有用なツボの宝庫でもあった。

 院長はツボに懐疑的な見解を持つ人で、解剖したってツボなんて組織は出ないだろ派だった。奥さん鍼灸師なのにソレ言っちゃう? と、私は院長が暴言を吐く度ドン引きしたが何のことはない、小猿じゃねぇや院長は自分が鍼灸師(の資格)取れなかったから負け惜しみ言ってんだよ酸っぱい葡萄だよ、というのがヨシエさんの言い分だ。流石は実の妹、分析が正確だ。

 ケイ先生は鍼灸師だが、夫の暴言をハイハイ乙乙で流していた。ケイ先生は新しいことにも意欲的で、いいと思ったらジャンルを問わず取り入れる。昔ながらの鍼灸治療だけでなく、フェイシャルピーリングや美容鍼等にも力を入れていた。私に足裏や内臓整体をやらせてくれたのも、彼女の意欲の一環だと私は思っている。

 保守的で常に同じ手技しかしない院長と、いいもの新しいものに貪欲で常に進化し続けるケイ先生。上手くいかないのは当然か。


 カノン様は、大胸筋で肩こりの人特有の反応を示した。うんうん痛いよねーイタキモだよねぇー。


「ここ、肩がつらい人にいいトコです。ちょっと痛いだろうけど我慢してね☆」


「えぇ、耐えられない程ではありません。

 しかし、肩ですか、ここが? どちらかというと、胸に近いのでは……?」


「意外でしょうけど、肩を動かす筋肉とかぶってるんですよねココ。筋肉って、繋がってますから」


 整骨部門のキラーワード「筋肉はつながってる!(キリッ)」。

 大胸筋の起始には僧帽筋が~三角筋が~と、語っていいなら小一時間でも語れる。が、自分語りばかりするセラピストは患者さんにウザがられるから「筋肉はつながってますから!」で済ませておく。大抵の患者さんは自分の話を聞いて欲しくて来院してくる。それが私の解釈だった。


「ミオ殿、そこは……とても痛いです……」


「そうですか。このぐらいだとどうですか?」


 カノン様に涙目で訴えられて、私は少し力を緩めた。鎖骨の真下を拇指で触るのだから当然ごく軽い力しか加えてないが。

 つい出来心で鎖骨の上側をなぞってみたらカノン様、アウアウ言いながら悶絶していた。うーん滞りまくりの鎖骨リンパやな。機会があったら時間をかけてじっくり流して差し上げることにしよう。

 ともかくも、大胸筋の起始部が肩こり患者に有効だってことは、もっと知られてもいいと思うの。何なら私が知らしめようかな。

ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


経穴、筋肉、リンパとまったくもってとりとめない話となりました。

鎖骨周りもセルフで触れる場所なのでイイですね!

鎖骨リンパもいいですが、個人的には腋下リンパもオススメです。


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