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「貴女は意外と政治向きな方なのですね」

 そう、ポール殿で思い出した。

 私がわざわざこんな時間にでもカノン様を捕まえ押しかけなければならない理由。カノン様が過剰なリップサービスで誉め誉めしてくれるからつい舞い上がっちゃったけど、これは絶対言っとかなくちゃ。

 あの、と、私が切り出す前に、カノン様はじっと――じーっと私を見つめ、言った。


「ミオ殿、貴女には謝罪しなければなりません。

 この世界で貴女を傷つけるものはないと私は申し上げましたが、早々に裏切る結果となってしまいました。私の目の届かぬ所で貴女は常に傷つけられ続けていた。『聖女』の盾となるべき私が……私の至らなさ故に貴女を不快にさせたこと、どうか――」


「いやあのえっと」


 私は延々と続きそうなカノン様の謝罪とやらを遮った。この人、表情筋ポンコツなくせにこういう時だけ実のある顔するからずるい。表情というか、目がね、こう、切々と訴えかけてくるっていうかね。


「カノン様に謝っていただくアレはないですし、それにユタの人達だって……そう、そのことなんですけどね。私別に聖女様特権? だか利権? だかをフル活用してユタの街を呪ってやる~とかそういうことは考えてませんしね。皆様がよくしてくれるのすっごく嬉しいしありがたいけど、もうみんな無理に『聖女様』のご機嫌取らなくっていいよっていうかですね」


「ユタの者が貴女に優しいのは、そのような思惑からではないですよ」


 カノン様はやけに自信たっぷりに言い切った。


「それはミオ殿、貴女の人徳のなせる業でしょう。仮に貴女が聖女ではなく只の旅人であったとしても彼らは同じように貴女に接するのでしょうね、私の部下達が貴女にそうしているように。

 不思議なものですね、貴女はこの世界においでになられてまだ20日と経たずであるというのに、もう何年もこの地に在ったかのように馴染んでおられる」


 あー、まぁね。順応性にはそこそこ自信あるのよ私。引っ越したり、保護者変わったり、新しい親とか弟とかできたり、引っ越したり、引っ越したり、転職したりしてたしね。挙げ句の果ては、お引っ越し先(?)が異世界だったりしちゃうしね。


「えーっと、それでですねカノン様。これ絶対言っとかなきゃなんですけど、私別にお嬢様のアレな発言ごときでユタの全部が駄目とかは思ってないし、……もし、もしですよ? もし、この街の領主様なり隊長殿なりが私に何か言いたくて面会とか申し込んできてるとかだったら最優先で受けますし……で、まずこれはないでしょうけど、仮に『オラクル』の判断とかで……その、つまり、これ以上『聖女様』を傷つけさせない為に~なんてんでカノン様が独自に差し止めてるとかだったら、私大丈夫ですしその必要はないっていうか……」


 我ながらしどろもどろでちょっと何言ってるかわからない。でも私には前科がある。カノン様が私を迎えに来るのに竜じゃなくてあえての徒歩だったのは彼が高所恐怖症だったから? なんて見当違いな疑惑を抱いてしまったこと。なので、ついつい持って回った言い回しになってしまう。


「つまり」


と、カノン様は私の後を引き取って、


「アガリエ卿、もしくはランス殿が、私を通じてミオ殿に謝罪を申し入れようとしているのを、私が黙殺あるいは妨害している、と」


「……う、あ、えぇ……、まぁ……」


 平たく言えばそうなるのだが……つい歯切れの悪い返事になってしまう。カノン様は無の表情でじっと私を見て、


「何故、そのようなことを?」


「それは……」


 あの時――グレイス様との例の件の時、カノン様めっちゃ怒ってたし。ポール殿は、流石にカノン様もはしご外しにかかってきたかーとか言ってたし。それに……。


「カノン様、ちょっとでも私に不利益になるって判断したら、問答無用で即排除するでしょ?」


 これは自惚れでも何でもないと思う。元々そういう気配はあったけど、ユタ入りしてから――正確には、グレイス様とのあの件があってから、カノン様は私に徹底的に過保護になった。宿屋のスイートにヨロイー’s&警備隊員ガチで張りつけ自身は寝ずの番に始まって、カノン様がいる時は彼がべったり張りついて、いない時はヘイポーのどちらか、もしくはどちらもが私を見張る。警護というより最早精神的な軟禁に近い。何としてでも『聖女様』をお守りせねばという執念すら感じる。

 子供産んだばかりの母猫みたいだ、と私は思ったものだった。周り中が全部敵、みたいな勢いでシャーシャー威嚇するママ猫さん。誰もが仔猫をいじめるわけでもないのにな。


「私のことをよく解っておいでですな」


 カノン様はうっそりと、口元だけで微笑んだ。


「貴女のおっしゃる通り、もし仮に『領主アガリエ卿』なり『竜騎兵隊長ランス・アガリエ』なりが『聖女ミオ様』にお目通りをと打診してきたのなら、丸腰の貴女を易々と彼らの前に立たせはしません。ユタへ寄せてからというものアガリエ卿にもランス殿にも我々はとてもよくしていただきましたが、それとこれとはまた別の話です。

『もし、仮に』そのようなことがあれば私は『オラクル』としてそれなりの対処を施した上で改めて段取りをつけさせていただいたことでしょう」


「ってことは、つまり……?」


「えぇ、おそらくは貴女のご想像通り」


 どちらからも、何のアクションもない、ってコトか。


「別に、私を崇めよ奉れ、なんて、少っしも! 思ってないけど」


 私は、んふぅー、と鼻でため息をついた。


「パンピーの方々が『聖女様』のご機嫌取るのに躍起になる気持ちはすっごくよくわかるわー」


「ぱんぴー……?」


「えーっと、一般ピープル?」


 おや、この略語はこの世界でも俗語の類になるのかな? ポール殿がさらっと口にしてたから人口に膾炙した単語だとばかり。もっとも、家名持ちの坊ちゃんカノン様と、それこそパンピー代表みたいなポール殿とじゃ俗語耐性が違うのかもだけど。


「カノン様、私、ユタのパンピーいえ一般市民の皆様の不安を鎮める為だけにでも領主様とお会いしてもいいって考えてるんです。何なら私から出向いたっていいくらい。私だってバリバリの庶民代表ですもの、のんびりのほほんてれてれやってる『ウエノヒト』にやきもきするフツーの人達の気持ちは痛い程わかります。下手こいたらお隣の国と戦争になりかねないぐらいの、国際社会で一発アウトな案件なんでしょ? グレイス様がやらかしたことは。

 領主様……まぁランス隊長でもこの場合はいいのかどうかはわかりませんけど、彼らと会って、そこで建設的な腹を割った話し合いになるのかどうかは別問題。対外的に『聖女』と『領主』が会談の場を持った、って事実が重要なワケでしょ?」


 デモンストレーションだろうがアリバイ作りだろうが構わないのよ、と、私が言うと、カノン様は珍しく素直な驚きを表した。


「貴女は意外と政治向きな方なのですね」


 その気の使い方は生まれながらの貴族の御令嬢のようですよ、と、彼は口元に弧を刷いて、


「いえ、御令嬢どころか貴女のそれは最早治政者の思考ですな。私は自領の運営を貴女に任せてみたくなりました……と、冗談はさておき、」


 その冗談笑いどころがわからんぞ、と私は小声でツッコんでみた。カノン様でも冗談とか言うんだねーめっちゃスベってるけど。


「しかし、あまり事を荒立てて下さいますな。仮に貴女がアガリエ卿の屋敷にでも乗り込んで行った暁には、しびれを切らした聖女様がユタの領主に謝罪を強要したなどという噂が広まりかえって収拾がつかなくなるでしょう」


「あぁー……」


 それはあり得る。


「それはそれで厄介ですね。私はせいぜい自重しますわ」


「そうなさっていただければ有難い」


 カノン様はふっと軽く息をつき、


「そういうわけでして、私もこの件については静観を決め込むことに致しました。オラクルがついにユタを見捨てたかと言われるでしょうが」


「ホントに見捨てるワケじゃないですよね? ポール殿は、カノン様も流石にはしご外しにかかったかーみたいなコト言ってましたけど」


「ポールの口の軽さは、まったくどうにもなりませんな」


 カノン様は先程よりも大きなため息をついて、


「立場をわきまえ軽口は程々に、と、私は何度彼に申したことか。

 こちらへ寄せて両手足の指の数にも満たぬ日々しか費やしていない、しかも異世界からお越しの年若い少女……いえ女性にこのような醜聞を……」


 オイ、少女って何やねんこちとらきっちり成人済やで。ヴァルオード基準の18歳どころか日本での基準だって軽々満たしてんぞ。ガチで選挙権持ってっし、税金だってきっちり払ってまっせ。

 気色ばむわたしにカノン様はクスリと笑って、


「ポールは軽口は叩きますが思考は極めて正当です。率直に物を言えるのは彼の長所です。

 私も彼に言われましたよ。食い詰め者に獲物を差し出すのは一時しのぎにしかならない、本当に相手を想うのであれば狩りの仕方を教えてやるべきだ、と。

 これまで私はユタの為にできることはできるだけして差し上げようと思い、実際そうしてきました。しかし私は、彼らが転ぶ前にクッションを置き過ぎたようです。彼らは転ぶことで様々なことを学ぶべきでした。転んだ際の痛み、起き上がる術、転ばない為にはどうすればいいのか……ユタがそれらを学習する機会を、私は潰していたのです。

 ポールは私に、私がしていることは長期的な観点ではユタの為にはならないと言いました。今、聖女様まで巻き込んでこのような事態に陥っているのは私がしてきたことの結果に過ぎない、と。いつまで幼子の手を引く母親の気分でいるのか、いずれヴァルハラへ帰る身でそれを続けるのはユタの為でも何でもない、ただの自己満足だ、と。

 私は彼の言い分にも一理あると思いました。しかし彼が主張するように、いきなりバッサリ斬り捨てるのはどうかとも思います。

 ですので今後は無用な手出しはしますまい。ただ、あちらが求めてきたのなら差し出せる腕は空けておきましょう」


「うんうん、それがいいと思いますよ」


 私は一も二もなく賛同した。

 しかしポール殿チャレンジャーやな。上官にそんだけ率直に言うって凄いわ。軍隊って上官には絶対服従で、上官が空飛べって言ったらどのぐらいの高さで飛びますかって応えなきゃならない世界なのだとばかり……それともヴァルオードの騎士団は私の知ってる(主に、某動画とか某漫画とか某小説とかで)軍隊とはまた違った感じの組織なのだろうか。

 ポール殿の勇気もアレだが、部下の言うことすんなり受け入れちゃうカノン様の度量も凄まじい。部下だって、上司が聞いてくれると思えなければ意見なんかしない。少なくともカノン様は、自分の周囲にイエスマンばかりを置きたがる人ではないってことか。

 耳の痛い忠告をしてくれる人は大事になさい、とケイ先生は言ってた。理屈ではよくわかる、でも実践するとなるとなかなか難しい。その難しいことをあっさりこなしてる人が目の前にいる。ひょっとしたらカノン様は、理想の上司の体現者ってヤツなのかも知れないな。


ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


庶民代表パンピー副官の方がお貴族坊ちゃん上官よりエラそうでござるの巻。

またの名を、気を使い過ぎてかえって何言ってるかわからない的な話。

過去の過ちから学ぼうぜマジで、の心意気は大事ですがやり過ぎ厳禁。

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