添削、入りまーす!
私にとってはまだまだ難易度の高いヴァルオード文字での文章を綴り終え、冷めたお茶をちびちび味わっていたら、隣室で微かな物音がした。
「あ、カノン様帰ってきたかな?」
私に割り当てられた部屋は騎士団宿舎の一番奥の角部屋で、隣がカノン様、向かいがポール殿の部屋だ。今日は消灯前にお戻りか早かったな。カノン様はここのところずっと深夜に帰宅(?)し、私が朝食の支度に起き出す頃にはもうどっか行ってるって感じだったから。
私はメイド・イン・ジャパンのノートとペンケースを持ち、隣室のドアをノックした。
「カノン様、ミオです。少しお時間よろしいですか?」
すぐに扉が開き、カノン様が姿を見せた。まだ戻ってすぐだったようで、お仕事仕様のハイプリーストローブのままだ。対する私はシャワー後に生成りのローブに着替えている。カノン様のお下がりなんで私にはちょっと……いや、大分大きい。
「ミオ殿……どうなさいました、こんな時間に」
「お疲れのところ申し訳ありませんけど、こちらを見ていただきたくて」
私はノートを差し出した。ふむ、とカノン様は受け取って、
「今、拝見しても?」
「お疲れでなければ、是非」
カノン様はその場でノートを開いた。薄暗い廊下で、立ったままで。オイオイそれで読めるのか暗いやろ、と思ったら彼は私の思考を読んだかのように指先から光を発した。魔法かよチートなヤツめ。光魔法の使い方それでええんか?
カノン様は指先に光を灯したままページを繰る。器用だな。読むスピードがハンパなく早い。視線の動きが最早ロボット。自分で言うのも何だがあれだけの時間をかけて書いたんだから結構な文量だ。
ちょっと外しますよ、と言い置いて、私は食堂に行き、花茶を淹れて取って返した。ちなみに、食堂にはまだ幾人かのヨロイー’sがたむろしていた。明日もあるのに早よ寝ぇや、と言っておいた。
木製のカップの中身がこぼれないようゆっくりとした足取りで戻ると、カノン様は既にノートを閉じていた。えっ、もう読み終わっちゃったの!? 早いよ! 茶ぁでもしばきながらゆるりとドゾ的にカノン様お気にのお茶淹れた私の気使いめっちゃ無駄。
カノン様はどことなくぽやーっとした表情だ。夢見心地とでも表現したい様子だ。やっぱりお疲れだったのね、押しかけて悪かったかな。
「お茶、召し上がりません?」
勧めるとカノン様は霞がかったぽややんとした眼差しで私を見、えぇはい、と生返事。
お疲れでしたら出直します添削はまた今度、と辞そうとしたら、彼ははっと我に返ったように、
「いえミオ殿。貴女さえよろしければ、今」
カノン様は彼の部屋に私を通した。ドアは開け放したままだ。例によって紳士の気使いってヤツだろう。
「ごめんなさい、お忙しいところ押しかけて」
「いいえ、疲れなどいずこかへ去りました」
と、リップサービスをかますカノン様の口調はまだどことなくほよよんと頼りなく、顔つきはゆるゆると柔らかだ。常なら言葉使いこそ丁寧だけど表情筋はメチャクチャ硬いのに。彼はほよほよと夢見心地の表情で、
「私はとても感心しているのですよ。これは貴女がお書きになったのですよね」
そーですよ、と答えると、カノン様は花がほころぶように微笑んで、
「まるでひとつの物語を読み終えたかのような充実感です。良質な文学に触れたかのような。たったの10日足らずで貴女は実に様々な見聞を広めておられる。さらに、それを余すことなく表現する術も知っている。
もうヴァルオード文字の読み書きは問題ありませんね……と、申し上げたいところですが、」
カノン様は光の灯った指先でノートのとある部分を指して、
「こちらと、あと、こちら」
「あっ!」
誤字を指摘され、私は時間が遅いのも忘れて思わず叫んだ。「ぬ」と「め」的な罠文字だ。くっそぅヴァルオード文字め、油断ならん。
「それ以外は完璧です。それ以上に、私は貴女が非常に理性的で公平な記録者であることを嬉しく思います」
「はぁ……それはどうも?」
つか立ち読みの流し読みでややこしい誤字めっけ! できるあなたの技量のが凄まじいわ。
「ソースを明確にしていること、そして情報源の豊富さ。あるいは貴女はスパイの才能もお有りなのかも知れませんね。
市井の噂とは侮れないものですよ、ことに年配の女性の『おしゃべり』は、往々にして真実を言い当てていたりするものです。これはポールの受け売りですが」
あぁー……いかにもヤツが言いそうなことだわー……。
「ところでミオ殿、私は貴女が記録の中で呈した疑問の幾つかに応えて差し上げられると思います。そして、少しばかりの訂正をさせていただきたいがよろしいでしょうか」
おぅよ、存分にやっちゃって。私は大きく頷いた。それでは、とカノン様は彼比で柔らかい口調で、
「まず、こちら。『聖女とは(中略)異世界から召喚される』とありますが、厳密には違います」
カノン様はノートのその箇所を指先で灯した光で指した。私はうんと目をこらしたが、イマイチ見えづらい。裸眼で運転免許を取得して、そのままの視力を維持しているはずなのに――多分、黒い目の私と緑瞳のカノン様では光に対する感受性が違うのだ。
もっと光を、と、私の中の詩人が叫ぶのを察したか、カノン様が机上の魔導ランプを点けた。煌々と、とまでは言えないが、文字を追うには充分な暖色系の灯りが部屋を優しく照らす。LEDの白色感に慣れた目には少々物足りなかったが、これはこれで風情があっていい。
「『召喚』とは、こちらが――ヴァルオード側から働きかけて、呼び出すこと。貴女はそれにはあたりません。異世界からの勇者様、あるいは聖女様を召喚する術はかつては存在しましたが、現在では禁忌とされています」
へぇ~。そう言や初対面の時、私をここに連れてきたのはあなた? と訊いたらカノン様、食い気味に否定してたっけな。
「『オラクル』についてですが……小間使いとはまた斬新な表現ですが、言い得て妙かも知れませんね。
歴代オラクルに代々伝わる経典の序文にはこうあります。『オラクルは常に運命に寄り添う最上の護り手たる者。正しき導き手であり、また運命の意志に逆らうことなく世の安寧と発展に力を尽くすべき存在』であると。この場合の『運命』とはミオ殿、貴女のことですよ。
文献には世の安寧と発展の為にとありますがミオ殿、貴女は国益の為に等と肩ひじを張らずになさりたいことをなさればよろしい。不思議なもので、勇者様聖女様方の望みが巡り巡って結果として国益となるケースが多いのです。
貴女に何か必要なこと、欲しいものがあれば何なりと私にお申しつけ下さい。この世界に存在しないモノでさえなければ、何としてでも用立てましょう。それもまた、私の職務です」
また大きく出たな。コレ言ったのが例えばポール殿とかだったら、まぁた大ボラ吹きやがって、なんて気軽にツッコめるけどカノン様だと無理だわ。この人の場合、やると言ったらやるだろう(それこそ、ポール殿のパクリだが)。
でも今のところはこれと言って何も思いつかないな。宿舎にいれば衣食住には困らないし、文字の練習なら書き損じの裏紙大量にもらえるし。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
お久しぶりです、カノン様。
という話です。
カノン様が何故長々と留守にしていたのかとか、久々にお逢いしたらお疲れモードでどうした、とかの、いわゆる「カノン様視点」も書けたらいいなあと思いつつ。
地の分めっちゃ硬くなりそうですけどねー。




