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日本には言霊という概念が存在します、言の葉にも魂が宿るという考え方です

 人いきれでムンムンする青空市場を抜けるとぐったりしてしまった。人混みは苦手だ。

 中央広場は広場とは名ばかりの更地だが、どうにか人心地ついた。空気が美味しい。大丈夫ですか、とカノン様に問われ、大丈夫です、と返す。

 せっかく広場を名乗るならベンチとかあってもいいのにな、なんて散文的なことを考えつつ、更地の真ん中で変な踊りを踊っている少年? だか青年? だかを何とはなしに眺める。すっきり短髪のブルネット、遠目からなので瞳の色はわからないが、他のユタ民同様若干浅黒いかなって感じの肌。人種的にはカノン様やポール殿ではなく、ランス隊長とかに近そうだ。

 私の視線の先を見て、カノン様がおや、と片眉を上げた。ブルネットの少年も気づいて踊りを止め、こちらを見た。軍隊調のきびきびした足取りで近寄ってくる彼に、カノン様は一礼。少年と見たのは間違いか、私と同程度の年齢らしき青年は言った。


「カノン、戻ってたのか」


「はい、今しがた。グレイス嬢もご健勝のご様子で――」


 ……って、ちょっと待て。 

 グレイス嬢って何やねん。


 私は改めて、目の前の青年(?)を見た。すっきりした短髪のブルネット、切れ長の瞳の色はブラウンで、カノン様とあまり変わらない長身を他のユタ民より動き易そうな裾の短い青の貫頭衣とネイビーの下履きを合わせた衣装で包んでいる。

 この、一見シュッとした美青年風のお方が。

 グレイス嬢ですかまじですか。ランス隊長が俺の嫁とかノロケかましとったグレイス嬢なんどすか。


 私は不躾にならない程度にグレイス嬢(多分)を観察した。もっともこれは無用の気使いってヤツだったかも知れない。あちらも値踏みするみたいに私を見てるからお互い様だ。

 よくよく見れば男性にしては線が細い。我が施術者アイでとっくり吟味すれば、確かに骨格や筋肉のつき方は女性のものだ。


 しかし、それにしても。


 ユタ民、フェイント効かせ過ぎでしょ。うっかり惚れそうな素敵な臀筋の持ち主が15も年下の妻を持つゴリラフェイスで、これまたうっかり惚れちゃいそうなすっきり短髪宝塚風美青年がスキンヘッドゴリラの奥さんとか……ホンマうっかり惚れる前でよかったわ。

 とりあえずはじめましてのご挨拶なぞ、と思い、私の中の猫を総動員してかぶりましょうか、としたところ、


「……ちっちゃ!」


 ヅカ風美青年改めグレイス嬢は私を見て、事もあろうにこう言い放ったのだ。


「まさかとは思うがカノン、これが例の『英雄』か? ユタの『英雄列伝』にはホビットはいなかったはずだぞ」


 ぐぬぬぬぬ……何やコイツ喧嘩売っとんか? 悪かったなちっちゃくて。言うに事欠いて「これ」って何だよ「これ」って。もういいやこんな失礼なヤツに礼を尽くさなくたって。私はかぶりかけたねこちゃんを脱ぎ去った。


「お言葉ですが――」

「グレイス殿」


 カノン様が鋭く私を遮るように言った。『嬢』ではなく、『殿』。それだけでもなかなかの迫力なのに、カノン様の周囲に氷結が見える。気のせいか、気のせいだきっと。体感的に10℃ぐらい気温が下がった気がするのも多分気のせいだ。


「口を慎みなさい。私はその気になれば『ユタの次期領主』に『中央貴族ラディウス現当主』として貴女に発言の撤回と謝罪を申し立てることも、『神託の主』として『聖女への不敬罪』で貴女を法廷に立たせることも可能なのですよ」


「…………悪かったよ」


「その言葉は、彼女に」


 カノン様は冷気を垂れ流したまま(比喩的表現に非ず)、グレイス嬢に言った。


「謝ったんだからもういいだろ? 悪気はなかったんだしさ」


 グレイス嬢は不承不承と言った風に、目も合わせずこちらを見もせず、ふてくされたように言い捨てた。私は思った、この人友達少なそうだな、と。そして同時に、こうも思った。この人とは同じクラスになっても友達にはなれなさそうだな、とも。

 本来なら関わりたくないタイプの人だ。悪気がなければ人を傷つけてもいいという理屈にはならないし、自省からでなく誰かに強制されての謝罪など何の意味もない。しかもこの人の場合「悪気のなさを装った悪意」が見える。いわゆる自称サバサバ女によくあるパターン。ボーイッシュな格好をして、ハッキリ物言う媚びないアタシを演出してるけど実は全然サバサバしてないっていうね。こういうのはサバサバじゃなくて無神経っていうんだよ、って誰かこの人に教えてあげなかったんだろうか。

 こういう人には初手で「大人しい、与し易いヤツ」って思われたら調子づかせるだけだ。私はわざわざ回り込んでまでグレイス嬢の視界に入り込み、下から睨み上げるようにして彼女を見つめた。


「な……何だよ」


 たじろぐ男装の美少女に、私はにっこり笑ってみせる。口元だけで、目にはしっかり険を含んで。


「お初にお目にかかります。日本から参りましたミオと申します」


 先程脱ぎ去ったねこちゃんはしっかりかぶり直して、口調と態度は慇懃に。礼儀知らずなあなたとは同じ土俵で争いませんよ、という言外のメッセージと共に、私は続ける。


「恐れながら申し上げますが、グレイス様におかれましては本当に『悪気はなかった』のでしょうか?

 私はこちらへ寄せてまだ日は浅いですけど、あなたが口にした言葉の中に、差別用語的なニュアンスのあるものはありませんでしたか?」


 根拠のない言いがかりではない。私なりの確信はあった――それは、カノン様。

 カノン様とはまだ、というか、この世界へ来てまだ両手の指で足るだけの日数しか費やしていないが、彼は私がこの世界で生きていく上での羅針盤になってくれる人だと位置づけている。私の見立てではカノン様は極めて社会的で常識的な人物だ。魔法関連でデュフフコポォとなることはあるけど、それはヲタクとして正しい反応であり、許容範囲内だ(と、私は思っている)。時として辛辣に毒を吐くことはあっても、基本的にはランス隊長がぽろっと口にしたような「ハイプリースト」の「坊ちゃん」。

 そういう人がここまで激しい反応を示すということはグレイス嬢はかなり失礼なことを口にしたということであり、もしかしたらこの世界での差別用語どころか日本におけるFワードばりに酷いことを口走ったかもしれない可能性もある。


「日本には、言霊という概念が存在します。ことのはにも魂が宿るという考え方です」


 私はグレイス嬢を見上げ、言う。


「口に出した言葉は取り消せません。言の葉の魂は口にした本人に返ります。だから使う言葉には気をつけなさいと、綺麗な言葉を使いなさいと、私達日本人は教えられて育ちます。穢れた言葉を口にする人は魂まで汚れてしまうのだとケイ先生は言ってました」


「ことのは……魔法を使役する際の、呪文のような?」


 カノン様がひとりごちていたが、私は返答を控えた。多分彼は答えを求めてはいない。


「グレイス様は『悪気はなかった』と、おっしゃいました。おそらくそうなのでしょう、けれど言われた側にしてみればそんなの関係ありません。

 何故あなたがそんなことを言ったのか……もし、ついうっかりというのなら、私なら恥じ入ります。でももし『うっかり』ではなく、この女は異世界人だから何を言ってもわかりゃしないみたいな確信犯的な悪意ある『悪気のなさ』から口にしたのなら……もし、私がそうしてしまったのなら、私は今後の人生でいいことが何ひとつなかったとしても仕方ないと、自分の人生を諦めます」


「ボクを脅迫するのか?」


 グレイス嬢の面に怯えの色が見える。私は内心でげんなりした。男装の美少女でボクっ子とかキャラが渋滞しまくってるでしょ。日本だったらイタイ子扱いだが、ヴァルオードではそうでもないのだろうか?


「そう感じるのであれば、あなたの中にそういう気持ちがあった、ってことですよね」


 私は確信を持って言い切った。意識して口角を上げ、女性にしては背の高い彼女をしっかり見上げて――半ば睨み上げるようにして。




 グレイス嬢は何やらもごもごと捨て台詞的なモノを吐いて走り去って行った。聖女のくせにどうのとか言われてもな、ってのが正直なところだ。

 聖女って何なんだろう? 理不尽な言いがかりに黙って耐えるのが『聖女』の勤めだというなら、歴代聖女様方は余程な苦労を強いられたに違いない。

 誰にでも慈悲深く、物分かりよくサンドバックになれってか? それが聖女だってなら悪いが私はそんなものになるつもりはない。言いたいことは言わせてもらう。相手がたとえ『次期領主』の『隊長夫人』だったとしても、だ。

お読みいただきありがとうございます。


噂の女性・次期領主こと隊長夫人グレイス嬢の登場です。

到着早々不穏な雰囲気ですが、ミオちゃんは強気というより気丈なタイプの『聖女様』です。売られた喧嘩は値切って買います。

それよかカノン様が意外と好戦的。プリーストとしてそれでいいのでしょうか。

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