文字のお稽古、始めました
あれから1週間。
私は今、ユタの街外れにある騎士団宿舎で居候させてもらっている。まぁまぁ快適な暮らしだ。
ユタに到着したその日は、おそらく街一番のと思われる宿に宿泊したのだが、物々しい警備と厳戒態勢に私は一泊しか保たずに音を上げた。『聖女様』に何事かがあってはという配慮なのだろうが、部屋の外に狛犬よろしくヨロイー’s&警備隊員がセットで張り付き、スイートルームの扉一枚隔てた先でカノン様が寝ずの番とかないわーマジないわー。
まさかカノン様、ユタにいる時ずっと宿屋のスイートルームに連泊ですか、と尋ねたら、普段は他の出向中の騎士達と共に騎士団の宿舎におります、とのこと。じゃあ私もカノン様と一緒にそっちに行きますわ~ → からの、→宿舎に移動……で、今に至る。
カノン様は、聖女様があのような場所に云々とか、御身の安全がどうのとかごねまくっていたが、何かエラソーなお貴族様の分際でそんなコト言っても説得力はまるでナッシング。私の予想では多分カノン様自身が他の騎士団員とかに、ラディウスのご長男がこんなむさ苦しい所でおいたわしいとか言われてると思う。
それに、安全云々言うなら戦闘のプロフェッショナル揃いの騎士団宿舎にいた方が、不特定多数が出入りする宿より余程確実だろう。
騎士団宿舎は駐屯地の詰所と同じく飯場っぽい急ごしらえのプレハブじみた平屋の建物で、隣にはそれより少し……いや大分年季の入った同じ造りの建物が並んで建っている。向かって左が騎士団宿舎、右が 竜騎兵隊の寮だ。建物の裏手には広々とした訓練所がある。訓練所といっても体育館や柔剣道場的なモノがあるわけでなく、青空市場よろしく野ざらしの広場だけど。
ユタの建築物は総じて耐震性に難有りと思われる。きっとこの辺りは大地震とかは来ないんだろうな、いいことだ。我が日本国(って表現はもう正しくはないのかな、私はもう日本国民ではないのだから)における耐震補強にかけざるを得ない費用と労力は大したハンデだと新卒で1年ばかり勤めた建築会社にいた頃に学んでいたので、しみじみ思う。地震がないのはいいことだ、本当に。
宿舎でやることと言えば相場は決まっている。掃除洗濯おさんどん。ここへ来てブラック会社のドサ回りの経験が活きた。何でもやっとくもんだな。
おかげ様で、やることなくって持て余す、みたいなことはない。というかむしろ忙しい。
カノン様もまた、いたりいなかったりで忙しそうにしている。
いる時は極力私をひとりにしない方針みたいでべったりくっついているけど、元々、首都ヴァルハラから『使命』の為にユタに寄せていただけの人というわけでもなく、外回りの部隊で怪我人が出たとなれば呼び出され、街で急病人がと聞けば駆けつけで、ヒーラーさんは大変だ、本当に。さらに加えて、『聖女発見』の一報を中央に入れてからは各所へのセッションその他諸々、通常業務の一環らしい書類仕事も一手に引き受け……で、身体が3つあっても足りなさそうな勢いだ。
どこかに呼び出される度、カノン様は申し訳なさそうに言う。すみませんミオ殿、少し外します、と。私としては、かまへんかまへん早よ行きや、って感じだ。手伝えるスキルがあるなら代わってあげたいところだが、残念ながら私にできることはなさそうだ。手伝うつもりがかえって足手まといになりかねなさそうというか。
カノン様が所用で外す時には大抵、ポール殿かヘイゼル殿が私の見張り……じゃねぇや警護に付く。いらんがな、という私の主張は今のところ認められていない。
今もそんな感じで、朝食、洗濯、清掃と朝のルーティンを済ませた段階で、私はヘイゼル・ポール組と一緒に労働後のささやかな一服として花茶なぞしばいているところだ。
宿舎の食堂は朝の喧騒から一転がらんと広く、今は私とヘイポーコンビの3人きり。
昼食の仕度にかかるにはまだ時間がある。本日の食事当番の人員が戻ってきたら一緒に仕込みをすればいい。私はここぞとばかりに『書き取り帳』を取り出した。
どなたかが書き損じた書類の裏紙をテキトーに束ねたお帳面に、カノン様が書き残してくれたサンプルを見ながら一字一字書いていく。さながら幼児向けのひらがなドリルだ。
ヴァルオードの紙の質はお世辞にもいいとは言えない。少し茶色がかった色合いのざらざらした手触りで、時々ペンが引っかかる。ペンを使うにはインク壺が必須だ。正直、不便なことこの上ない。私が日本から持ち込んだフツーの量販品のノートとボールペンを見て、カノン様は物凄く萌え萌えしていた。あのノートと筆記用具はこの世界では大した貴重品ってことになるな、大事に使おう温存しよう。
郷に入り手は郷に従え、不便だなんだと嘆くな慣れろ。
と、いうわけで私は家事(?)の合間を縫ってヴァルオード文字の読み書きを練習している。この世界のデフォルト筆記具に慣れる練習とも言う。
「ミオちゃん、よく続いてるね」
ヘイゼル殿が、書き取りに血道を上げる私を見ながら言った。まるでお子ちゃまのお稽古事に対する感想みたいだな。ポール殿が、
「おいヘイゼル、馴れ馴れしいぞ聖女様に対して」
と、お前が言うな的ツッコミをかましたが、ヘイゼル殿は音のしそうなウィンクと共に、
「いいんだよ、ご本人公認なんだから。ね、ミオちゃん?」
と、きたものだ。うぅー、このナチュラル王子様め。
「まぁ私も、仰々しく『聖女様』って崇め奉られるよりかはソッチのほうがいいかなというか」
「デスヨネー」
ポール殿はうんうん、と頷いて、
「ミオ様、初対面からそうおっしゃってましたもんね。でもホラ俺ら、カノン様がうるさいじゃないですか」
あぁ……と、私とヘイゼル殿は脱力系のため息をつく。事実、お洗濯や炊事の手伝いなんかでも、カノン様配下のヨロイー’sじゃねぇや騎士団員は「聖女様にそのようなことはさせられませぬ!」ってなりがちだ。私はまぁまぁええやないかってテケトーに流してるけど。
「逆にウチの隊長はあんまそういうの気にしないからね」
ヘイゼル殿は花茶を一口含んで、ちょっと眉根を寄せた。私の淹れ方だとユタの人には少々濃すぎるらしい。私としてはうっすら色のついたお湯ではなくて、日本で馴染んだジャスミンティーレベルのこの濃さが好きなんだけどな。
「まーな、俺らもランス殿のテキトーさ……いや大らかさに救われてる部分はあるけどな」
ポール殿は花茶に砂糖を投入した。ヴァルハラ出身者にとっても私の淹れ方だとかなり以下略。ちなみに、この世界のお砂糖は白くない。無理矢理日本の何かに当てはめようとするなら、てんさい糖に近いか。ヴァルオードでは、紙も砂糖も茶色っぽくてザラザラしてるのがデフォらしい。いいね、色のついたお砂糖。白いモノを摂り過ぎるのはよくないってケイ先生が言ってた。お砂糖だったら黒糖とかきび砂糖とかてんさい糖とかにしなさい、って。ミネラルも一緒に摂取できるから体にいいんだって。
「君らにとってはそうなんだろうな。でも、フォローする俺の身にもなって欲しいよ」
ヘイゼル殿はやれやれ、と芝居がかった仕草で肩をすくめてみせる。一人称が『私』ではなく『俺』ってことは、今はユタ竜騎兵隊ナンバー2はオフモードなんだな。
「ランス隊長は文盲に近いからね。書類の署名だけは辛うじて本人がするけど、その前段階で俺が内容を全部音読して差し上げないとならないんだ」
「オイオイ……」
私は半眼で半笑いになった。
「ランス隊長って、隊の長ですよね。そんなんでいいんですか? もしヘイゼル殿が何かよからぬことを企んでたら――」
「そんなことしないよ」
「うん、まぁそれはそうなんでしょうけど」
私は一端引き下がった。つまりは何か? ヘイゼル殿はその気になれば竜騎兵団を乗っ取れるってワケか。
「己の不得手は誰か他の出来る奴にやらせればいいっていうのが隊長の基本姿勢でね。でもランス隊長はそれでいいんだよ。あの人の真価は書類仕事じゃなく実戦だから」
「お前も甘い副官だよなー」
ポール殿は赤毛をがしがしかきむしりながら、
「その点、俺なんかラクだぜ? カノン様何でも自分でやっちゃうからな。俺はせいぜい上官殿がオーバーワークにならないように見張ってりゃいっかーみたいな?」
もう充分オーバーワークだと思うけどな、カノン様は。あの人いつ休んでるんだろう。
「っていうより君、上官に世話焼かれてないか? どっちが副官だよっていうか」
「あ、それ私も思ってました!」
私は書き取りの手を止めて、ヘイゼル殿の尻馬に乗っかった。やっぱり私の考察は間違ってなかった。テンション上がって思わずヘイゼル殿とがっちり握手など交わしてしまう。ポール殿が、ミオ様俺のお近づきの接吻は奇声上げて逃げたのに何だよソレ、とか抜かしてるが知ったことか。
「だけどラディウス卿の世話焼きってポールにだけじゃないからね。俺は彼がヴァルハラに帰った後のユタが心配さ」
「あー……まあなー……」
ポール殿はヘイゼル殿の言に、深く納得したように頷いた。
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ヘイポーコンビ爆誕。
中央から出向中の騎士団と地元お抱えの竜騎兵隊は副官同士まぁまぁ上手くやってますという話。
またの名を、聖女様の日常が最早寮母さんでござるの巻。
ひとり暮らし+ブラック会社での何でも屋っぽい経験が活きてます。
何でもやっとくもんどすな。
字のお勉強はそこそこです。




