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聖女様の身の上話 ~不正の実態・養豚費が高すぎる~

 これで払ってきて、と院長は言いますがツッコミどころが多過ぎて――いえむしろツッコミどころしかありません。私だって元々は経理屋でしたし、受付時代にはヨシエさんのお手伝いもしていましたから手続きの仕方はわかります。

 でも、院の家賃をどう見てもケイ先生個人の財産であるところの口座から支払ってしまっていいものなのでしょうか。ケイ先生はこのことを知っているんでしょうか?

 私は必要書類を揃えるふりをして、受付の引き出しにしまわれた緑の通帳の中を確かめました。フクムラ鍼灸整骨院の通帳はほぼカラでした。残金わずか数百円。振込手数料にもならないような金額です。振替忘れか何かでしょうか。ヨシエさんがいた頃には考えられない失態です。


 その日から私は院の経理状態を細かく観察するようになりました。

 幸いチャンスは幾らでもあります。昼休みはケイ先生は自宅に戻り、院長と愛人はちょくちょく外食に行くので――その昼食代、ヨシエさんやキヨノ会計士がいたら絶対ツッコむよね、つか新しい税理士さんとやらは何も言わんのか? と思いつつ――私は持参したお弁当を院で食べてから学校に行くので、そのタイミングで色々調べることができました。



 院長と愛人は様々な不正をしていました。哀しいことに、その証拠はボロッボロ見つかりました。



 フクムラ鍼灸整骨院名義の通帳は私が把握している限りでは2つあり、そのうちの1つが緑の表紙の馴染みのモノで――愛人が来るまでは私のルーティン業務だったお昼休みに前日の売上を入金しに行く銀行のもので、家賃や経費等もその口座から引き落とされています。

 もう1つはツッコミ不可避な略称のNJSKこと日本柔道整復師協会からの入金やその他諸々、入金専用に使われる口座で、ヨシエさんがいた頃はこの青い表紙の通帳は彼女がしっかり管理していたのです。

 私に馴染みのなかった青い通帳には、使途不明で不自然な引出の形跡がありました。それも、複数回。


 通帳から読み取る限り、NJSKからの入金額は毎月ほぼ変わりません。整骨部門はガッタガタの閑古鳥なのに、全盛期と殆んど収入が変わらないっておかしいでしょう。

 フクムラ鍼灸整骨院では整骨部門は保険適用OK牧場です。……OKの後の牧場は何かとそう大真面目なお顔で聞かれても困っちゃいますよカノン様、銀河系第三惑星地球日本特有の慣用句的な言い回しとでも申し上げておきましょうか。ガッツ・イシマツ・ツがみっつ、ってご存じありません?

 保険適用分は月末にレセプト処理というメンドクセ――いえ大切な事務作業をしまして、患者さんが窓口で支払った分の差額がNJSKから入金される、ざっくり言うとこんな感じです。なので、来院者数が明らかに減っているにも関わらず収入が変わらないっていうのは不自然っていうか、ありえないんですよ。


 調べてみたら、院長はレセプトの不正もしていました。

 具体的には患者さんの来院回数と治療箇所の水増し。来てもない日に来てたことにしたり、肩・腰が主訴なのに他の部位まで治療したことにしてたり。交通事故の患者さんなど、定休の日曜以外は全部来院したことになってました。それも、事故の患者さんのほぼすべてがです。

 いつだか院長が、交通事故(の患者)はオイシイとうそぶいていたのを思い出します。なるほどこういうカラクリだったわけですか。でもそう言えばここ最近、ソ二ー損保とか三♯住友自動車保険とかから電話来るの多いな、って不思議に思ってましたが納得しました。事故対応の保険会社さんも怪しみ出してるってことでしょうね。



 青い通帳もほぼカラッポでした。

 入金がある度、その都度全額引き出されている感じで――でもその分は引落用の緑の通帳に入金されるでもなく――その分は一体どこへ消えてしまったのでしょう?


 その謎はすぐに判明しました。結論から申し上げますと、養豚費じゃねぇや愛人が浪費してたんですね。

 私は足裏の施術もするので、それ用のクリームを注文する為に密林(大手の配送サイトです)にアクセスしたところ、出るわ出るわ。鍋、炊飯器、やかんや食器等の調理器具、ベッドが2種類(ダブルとシングル1つずつ)、インフルエンサー監修とかいう収納用品や冷蔵庫や洗濯機等の家電家具一式、美顔器に何万円もするお高いドライヤー、女物のお洋服やアクセサリー類等はそれこそスクロールバーが仕事しないってぐらいにずらずらと。お取り寄せのお肉やスイーツなども頻繁に頼んでいるようです。


 ちなみに愛人は私の倍近いお給料をもらっていました。児童手当に執着しなくなった理由がよくわかりました。

 院長は以前はよく俺は生活費に20万入れてるとかわけのわからない自慢をしていましたが、ケイ先生のお給料がちょうどその額でした。生活費って、家賃水道光熱費雑費に食費、それからミコトくんの学費とかも含めてってなると、ケイ先生の手元には殆んど残らないってことになりませんか? まさかそんなことはありませんよね? ケイ先生のお給料は純粋にケイ先生のものですよね? つか腕のいい凄腕の(亡きマダムカヨコ説)鍼灸師であるケイ先生は院長の数倍稼いでますよ?

 そう言えば院長は最近生活費20万自慢をしなくなりました。ケイ先生がこれまで忌避していた往診を始めたのってもしかして……そうです、ケイ先生は目が不自由なので移動診療はリスクがあるんですよ。――もしかして院長、経済DV?


 この時点では、通報とか告発とかそういうことは考えていませんでした。発想自体なかったというか。

 それでも私は不正の証拠を見つける度に記録を残しておきました。ほとんど脊髄反射のように。




 私がこそこそ嗅ぎ回っているのがバレたのでしょうか、院長と愛人は私に姑息な嫌がらせをするようになりました。正面から堂々と何か言ってくることはありません。墓穴を掘るのがわかっているのでしょう。お灸用のチャッカマンを水没させたり――それも予備の分まで全部ですよ!? ――バックヤードに置いといた鞄を漁られたり。

 私はこの2WAYバッグをバイクに乗る時は左側を上にした縦型リュック形態にしています。でも、バックヤードに置く時はロッカーの狭さとの兼ね合いもあって横置きにします。リュックの時にうっかりファスナーが開いてしまって大惨事という事態を避ける為、ファスナーは常に上側=左側。バッグの中のお弁当の位置も、ロッカー内での水筒の置き場所も、自分なりに決めています。

 ある時バッグのファスナーが右側に来ていたので思いました、あぁ誰か触ったんだな、って。よくよく気をつけていると、バッグの中でお弁当が定位置よりちょっと中寄りになってたり、水筒の位置がバッグとかぶってたりと、細かいことですがあれっと思うことがしばしばありました。

 院長は受付でようつべ(大手の動画サイトです)見てるか施術してるかですが、愛人は割とフリーダムにバックヤードでおやつ食べたりインスタ見たり昼寝したり(!)してます。この頃には愛人は自分で決めた1時間遅れの10時出勤さえ守らず、適当な時間に来て適当な時間に帰るようになっていました。これで私の倍近い給料もらってるんだからやってられませんわって感じです。

 院長は何も言いません。とことん甘やかしています。私がうっかり渋滞に巻き込まれてギリギリで到着しようものなら鬼の首を取ったように騒ぎ立てるのに解せぬです。ケイ先生も何も言わなくなりました。言っても無駄と悟ったからです。もちろん私も何も言いません。いないならいない方が気が楽だからです。愛人のせいで患者さんに頭下げるのも疲れましたし。


 せめてもの抵抗として、私はバックヤードに鞄を置く時はファスナーの上にセロテープを貼っておくことにしました。子供騙しもいいところですが、心理的な抑止力にはなるでしょう。剥がした跡でもあれば誰かが……そう、誰かが、漁ったってことがわかりますしね。

 そして、スマートフォンは常にスラックスのポケットに入れ、肌身離さず持ち歩くことにしました。院長と愛人の狙いは多分スマホでしょう。スマホの中は不正の証拠写真でいっぱいです。

 念の為の処置として、証拠が挙がる度にその都度自宅のパソコンに移植することも忘れませんでした。

ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


※このお話はフィクションです。実在する人物や団体等とは関係ありませんでござるの巻。

別名:身の丈に合った経営って大事だよ、という話。


不正しなけりゃ回していけないってことは身の丈に合ってないってことだから規模を縮小するとか養豚費減らすかした方がいいと思うんだ。

学生さんに資格取らせて第二号店開院して自分は左うちわとか馬鹿言ってる場合じゃないと思うんだよな、うん。

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