聖女様の身の上話 ~奴の本性~
院長のゴリ押しで院の受付スタッフになった愛人ことマナミさんですが、驚く程に何もできない人でした。
まず、挨拶ができない……ランス隊長、そこからか、なんて呆れないで下さい。本当にそこからだったんですから。鍼灸院整骨院では「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は御法度です。それは私が受付をすることになった時にも指導されました。具合が悪くて来院している患者さんにいらっしゃいませはないでしょう、という理屈です。患者さんへのご挨拶は、「おはようございます、こんにちは、こんばんは」「お大事に」が基本です。
愛人はケイ先生に何度注意されても覚えません。ここはキャバクラか、ってテンションでシナをつくって「いらっしゃいませ~♪」――もちろん、ケイ先生はその度に指摘します。しまいには愛人、ふてくされて無言で患者さんをちらっと見るだけになりました。
保険証の確認は月初に1回、整骨の患者さんのみ。鍼灸の患者さんは自費治療なので必要ない。そのあたりも飲み込めなくて、患者さんと要らぬトラブルを起こしたりします。そもそも論として、保険治療と自費治療の違いすら理解してないというか。わからないとか忘れちゃうとかならメモでも取って下さいよ、って感じです。
新患、初診、再診はそれぞれ初診料や再診料がかかったり、保険証の種類その他で患者さんの負担金も変わったりするので、確認はしっかりして欲しい。でもその辺も全然駄目でアタフタして、患者さんとトラブル。
その患者さんが鍼灸か整骨か、整骨だったら窓口負担金はいくらになるのか、今月初診かそうでないか、初めましての患者さんなのかそうでないのか、お久しぶりなら1ヶ月ぶりなのか3ヶ月超えたのか。
要は初診料・再診料がかかるのかどうかとか、診察券のナンバーを入力すればそういうの全部一目でパッとわかるように私エクセルデータ組んどいてるんですけど、愛人さんは院長以上にパソコン音痴で――だったらリアル患者カルテ&リアルファイル引っくり返して調べてくれてもいいのに、そういう応用も効かなくて。そんでまた、患者さんとトラブル。
トラブルになっても愛人は絶対謝らないんですよ、ふてくされるの。その度に私は施術の手を止めて受付に呼ばれたりするんですよ。色々処置して、患者さんに頭下げて。ミオ先生も大変ねえなんて患者さんに同情されたりなんかして、本当に申し訳ありませんって感じです。
愛人は患者さんの好き嫌いも激しくて、基本女性患者さんには冷淡でふてくされモード。社会人としてそれってどうなんでしょうかね。
でもお気に入りの男性患者さんにはどこのキャバ嬢かってテンションで騒々しくにぎやかで――またそのしゃべり声笑い声が無駄にデカいんですよね、挨拶は蚊の鳴くような声なのに。京都出身のミタさん(まーくんにお手製の眼帯をくれる患者さんです)が施術を受けながら院長に、ふくよかな受付さん随分楽しそうねぇ、なんておっしゃってました。脳筋の院長、華やかでいいでしょなんて返してます。お約束の皮肉がまったく通じてません。凄い鈍感力です。
愛人はカガさんが特にお気に入りのようで、彼が以前私と同じ会社の上司だったと知るや、合コンセッティングしてとか言ってきました。仕事もしないでそれですか、とか言いません。えぇ言いませんとも。
カガさんがちょっとしたイケメンで大手ゼネコン社員ってことでターゲットにしたんでしょうね。院長と付き合ってるくせに。院長から乗り換える気なんでしょうか。合コン? 誰がセッティングするもんですか。だが断る! って感じです。一刀両断です。
……本当に院長殿とねんごろだったのですか、って? ねんごろとはまた古風な……いえカノン様らしくていいですけど。えぇ、それはそれはもうしっかりとデキちゃってましたよ。だって私見たんですもん。仕事上がって、アパートの鍵忘れたって気づいて引き返したら、院長と愛人がイチャコラしてたの。よりによって鍼灸ベッドでですよ!? 神聖な施術場で何しとんねんと。本当にもう嫌だ生々しい。
やべって思ってそーっと外に出て、すっとぼけて院長のケータイに電話してやりましたよ――そうそう、院長今時スマホじゃなくてガラケーなんですよ。そんなだからパソコンも満足に使えないんですよ――ってまたまた脱線失礼しました。自宅の鍵を忘れたっぽいんで今から取りに戻りますけど院長まだ院にいらっしゃいますか~ってしれーっと電話したら院長、鍵は開いてるから取りにおいでとかぬけぬけとぬかします。つかそーゆーことなら入口の鍵ぐらい閉めとけよ! ってか何でコッチがこんな気ィ使わなあかんねん! ――失礼しました、また取り乱しました。
院長とそんな仲なのに愛人、カガさんにまでちょっかい出してるんですもん呆れます。……院長とやらはよくもそうまで女房をないがしろにできるな、ってそーですよねランス隊長! 私もそう思いますし、事情を知ってる患者さん達やバックヤードサロンの先生方もホント呆れてたし、怒ってました。でも、ケイ先生には悟らせないようにって、皆でそれはそれはもう気を使って。
愛人はカガさんにインス夕でつながろうとか誘ったりして――カガさんはSNSは一切やってませんって突っぱねてましたけど。でも愛人、後で調べてカガさんのアカウント見つけちゃったって。ネットストーカーまじコワイ。愛人、カガさんにウソつかれたって怒ってました。でもそれは嘘っていうか、ていのいい断り文句っていうか、嘘をついてでもあなたとはつながりたくありませんっていう意志表示なんだと思いますけどね。空気読みましょうよ愛人。
それからは愛人は手のひら返して、目が笑ってなくてキモイとか実家暮らしだからマザコンだとか、カガさんの悪口のオンパレードですよ。それを私に言われても困ります。とりあえず実家住みだからマザコンっていうステレオタイプの偏見は捨てませんか。決めつけイクナイです。色んな人がいて、それぞれ色んな事情があるでしょうにね。
ともかくも、カガさんが愛人の標的から外れたようで何よりでした。私、カガさんの恩人ですよ。って勝手に名乗ってるだけですけどね。でも本当に、カガさんの為によかったと思います。あの女、骨までしゃぶり尽しますからねマジで。
お読みいただきありがとうございます。
奴だ……奴が来たんだ、の補足というか。
不倫カップルは案外堂々としてるでござるの巻。
別名:何で浮気してる当事者よりも周りが気を使ってるんだよという話とも言います。