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聖女様の身の上話 ~奴が来た~

 院長の愛人が受付スタッフとしてやって来たのは、私がケイ先生のご厚意で鍼灸学校に通うことを決めた年の冬でした。

 キモトマナミという名のそのアラサー女性は、膝が痛いと言って整骨の治療に来ている人で、施術は院長の担当でした。というか、院長のお気に入りの患者さんで彼女が来ると院長は他の患者さんそっちのけで1時間ぐらいダラダラと彼女にかかりきりになります。

 整骨の患者さんは通常、マッサージチェア(これは治療というよりはリラックスの為+待ち時間調整の時間稼ぎとも言います) → 電気治療(ビリビリするやつとあったかいやつの二種類があります。どちらにするかは各患者さんの症状によって決めます) → 手技施術 → 必要に応じて特殊な電気(重症の患者さんに使用します)という流れになります。

 でも愛人の場合は、ウォーターベッド(フクムラ鍼灸整骨院では鍼灸治療の患者さんに特別に案内するメニューです。保険治療で数百円の整骨の患者さんと自費で数千円かかる鍼灸の患者さんとの差別化を図っています。ご希望ならマッサージチェアとの交換も可能です) → 電気はビリビリとあったかいのを両方いっぺんに → 特殊な電気(ハイボルテージは重傷者にしか使用しないはずなんですけどねー) → で、院長の手技を長々と――院長は私には手技は15分きっかりでどんなにオーバーしても3分以内を厳命するくせに、自分は愛人に1時間ぐらいダラダラとやってるんですよ! 解せぬでしょう?

 院長が愛人にダラダラデレデレ施術して、愛人が「あ~ん♡」とか気色悪い声を上げたりしているのを横目に、私は死んだ魚のような目をして3人くらいおかわりしてる。それが愛人ことキモトマナミが来た時のデフォルトでした。


 愛人はタテにもヨコにもでっかくて――自己申告で身長は四捨五入して170、体重は2ケタ台、だそうです。つまりは身長は160cm台の半ば、体重は99kg前後ってことになりますね。わざわざ四捨五入とか2ケタ台とか悪あがきしてるってことは、ひょっとしたら体重はコンディションによっては0.1tを超えることもあるのかも知れません。

 体格だけ見てつい干渉波フルパワーにしたくなりますが、マナミさんは電気には弱くて出力は最小です。ついつい熱いんじゃないかしらなんて気を使ってマイクロウェルダーは控えめにしがちですけど、あっためるのは最大フルパワーがいいみたいです。筋肉質な患者さんとは真逆のパターンです。脂肪は電気を通し易くて冷えやすく、温まりづらいのってことなのでしょうか。

 マナミさんあと30kg痩せたら膝痛いの改善するかもよ膝には歩く度に体重の3倍の負荷がかかるっていうし、とか口が裂けても言っちゃいけません。おっぱい大きいから肩こり大変なの~ってご本人はおっしゃってますけどソレ乳の大きさ関係ねぇしあと30kg痩せたら以下略とか、決して口には出しません。

 つかキヨノ会計士、マナミさんのこと関取とか呼んじゃダメですよ、どこの部屋のごっつあんですとか陰ででも言っちゃダメです! コラコラ自称ブルース・ウィリス、デブの巨乳なんざありがたみねぇだろなんて言っちゃいけませんってば! ホシ先生あなたはセクハラ発言取り締まる側の人でしょうが!


 すみません取り乱しました。院長の愛人ことマナミさんは、ここ1年くらいから通ってきている患者さんなのですが、その頃からも院長とアレなんじゃないかってヒソヒソされてました。施術の時もベタベタイチャイチャしてるし、それに――院長、どうやら彼女に色々貢いでるみたいなんですよね。ピアスとかネックレスとか電動自転車とか。

 何でそんなこと知ってるかって? 愛人がインス夕に上げて匂わせてるんですよ。カレシからのプレゼント~♪ とかって。電動自転車のことはオートサイクルヤマサンのオーナーから私が直接聞きました。かわいいjazzたんのメンテに行った時に、院長またお買い上げだよ今度は電動自転車しかもウチで一番高いヤツ、電動スクーターだって全然乗ってないみたいなのにねえ、って。

 ヨシエさんにチクったら――いえご報告申し上げたらヨシエさん超ビックリして、あいつミオちゃんが昼休みに銀行行くのに使うからって院の経費で落としてたよって激怒してました。確かにお昼休みに銀行に行くのは受付時代からの私のルーティン業務でしたけど、銀行なんて道を渡って数分の、それこそ院から見えるぐらいの激近ですよ。そのくらい歩きますってば。よしんば歩くのイヤだったとしたって私にはかわいいjazzたんがいますもの、浮気はしません。

 電動自転車は愛人専用、というかヤマサンのオーナーに聞くまで院の備品にそんなものが存在すること自体知りませんでした。愛人、自分のもののように乗り回してますよ。院に来る時も乗ってきますしね。ちなみに愛人も免許ナシ子さんです。みそっかすのミソノさんと同類です。なので電動スクーターをお下がりするんじゃなくてわざわざ電動アシスト自転車を買ってあげたんでしょうね院長は。でも愛人さん気性が激しくて運転には向かない感じの方なので、免許は取得しない方が全人類の為かも知れません。彼女だって小学生とか轢き殺して一生賠償金払い続ける人生とか嫌でしょうしね。


 マナミさんは不自然なくらいくっきりとした二重の目と、びっくりするくらいつるっつるのお肌、多分お高いブランド物なんだろうけどイマイチ決まらないファッションに、手を加え過ぎたがゆえにかえって野暮ったく見える茶色い巻き髪のセミロングヘアという、平成初期からそのままアップデートできてないんじゃないかって感じの人でした。

 着てるモノも持ちものも、単品ではいい品なんですよ、多分。でも何でソレとコレを合わせちゃうかなっていう――デザイナーのメイコさんがひとことでバッサリ、センスない、って斬り捨てるぐらいの、エステティシャンで美意識の高いチナツさんが、現在進行形で工事中かな、って見破るくらいお直しが露骨な――そしてケイ先生はケモノのニオイがする、とか言ってましたっけ。ケイ先生は時折見えないどなたかとお話をなさってる時のある方で、もしかしたら私達が視えない、感じ取れない何かが『見えて』いたのかも知れません。

 気功のウサミ老師は、マナミさんが去った後は院の角という角に盛り塩を置きまくっていましたよ。ウサミ老師は気功と太極拳の先生でありつつ、霊障相談とかも請け負ってる方で、あの女には低級霊が憑いてるなんてオカルトちっくなことをおっしゃっていました。私はユーレイさんとかにはお逢いしたことはありませんが、ウサミ先生が言うならそうなのかな、って思わせる説得力が彼にはあります。


 もちろん皆さん、マナミさんの前では言いません。仮にも『患者様』なわけですし、彼女本人としてはキラキラインス夕女子のつもりなんですからね。アラサーで女子ってアリかよ、とかどこぞの弁護士先生みたくツッコんではいけません。あのスマートでお綺麗な奥さんとケバい元ギャルの愛人って院長先生の女の趣味の振れ幅デカすぎてわかんねえとかのたまうインテリヤクザ風な某会計士殿の言い分には首がもげる程に頷いてしまいます。

 コラコラ院長デブ専だったんだーとか言っちゃダメですよ! 貢ぐなら経費でやるな自費でやれ、というヨシエさんのお言葉には全力で同意します。もちろん、そんな毒々しい色のゴテゴテしたネイルとかパッサパサの髪の毛くるんくるんに巻くとか今時流行んないよ、なんて絶っっ対に言いませんとも!


 マナミさんは来院時間もまちまちで、お昼休憩の直前に来ることもあれば、待ち構えていたように午後イチの時もあり、夜遅くにぬぼーっと現れることもあります。メイコさんとはまた違った意味で職業不詳です。

 本人が教えてくれたインス夕を見る限りでは、映えるスイーツとか高価そうなバッグとかそのほっそいヒール重量過多で折れやしないかって心配になる可愛い華奢な靴とか、ン万円もするコスメとかバンバン上げてます。

 現在進行形で工事中、時々お顔が変わってるキラキラインス夕女子()を維持するのだって大変でしょうに。院長からの貢ぎ物だけでは足りないでしょう。一体何で生計を立てているのでしょうか。モデル? いやそれはないでしょうあの体型で――いえいえ今時はプラスサイズモデルというのもあってだな――とか、院でもちょっとした噂の謎めいた女、それが愛人ことマナミさんだったのです。




 院長が紹介するところによるとマナミさんは中学生の娘さんがいるシンママで、主な収入源は児童扶養手当とのこと。お子さんのお父様は余程のお金持ちだったりするのでしょうか。でも、養育費と児童手当は別物ですよねぇ。ってか愛人、今の私の年で既に子持ちだったってことになりますよね? いやそれどころか下手したら高校在学中の年齢で妊娠出産してますか? ――うわぁ怖い話です。

 院長は、私が施術者に転向して空いた受付枠を彼女に埋めてもらうと断言します。彼女は別れた旦那から養育費ももらえてなくて困ってるし、と。院長はどうやら、ケイ先生が私に学費援助をするのを知って、自分もやってみたくなったみたいです。実妹のヨシエさんは、あいつそういうとこあるよね、と苦々しく吐き捨ててました。誰かの為に役に立ちたい支えてあげたいっていうよりかは、誰かを支えて感謝される俺スゲェをやりたい人、あくまで自分軸なんだよね、とヨシエさんは言います。援助や支えも純然たる善意ならいいのですが、院長の場合はケイ先生とは違ってそうではなかったようでした、残念なことですが。

 邪な下心って、傍から見てもわかりますよね。少なくとも私やヨシエさんは気づいたし、バックヤードサロンの先生方や聡い患者さんの幾人かは見抜いていました。


 愛人が受付スタッフになることに、ヨシエさんは猛反対しました。ケイ先生も、人が欲しいなら職安に求人出せばいいじゃない、と言いました。でも院長は私を引き合いに出してケイ先生の口を塞ぎました。私、ケイ先生のスカウト(?)でフクムラ鍼灸整骨院で働けるようになったんですものね。その点に関してだけでも私は何も言う権利はありません。仮に何か言ったとしても院長は歯牙にもかけなかったでしょう。

 多数決で3:1だったにも関わらず、愛人は院の受付スタッフとして採用されました。今思えば、この時に私の運命は確定してしまったのでしょうね。

ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


転移前・現代日本でのお話です。

ミオちゃんが冒頭で「人殺しじゃん!」と憤っていた関取こと院長の愛人の登場です。

春より先に奴が来たでござるの巻。

別名:自称キラキラ女子()のテンプレ祭りとも言います。

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