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身上調査=役員面接?

「嗚呼何と素晴らしくも誇らしいことでしょうこの溢れんばかりの才能を私に任せていただけるとはミオ殿貴女の才を埋もれさせるのは罪! まさしく大罪とでも表すべきものですえぇミオ殿私は信じておりました貴女ならきっとそうおっしゃって下さると! 神よ感謝致します……嗚呼今日は人生最良の日です!」


 あぁカノン様またデュフフコポォモードに突入してるわ……つか私が魔法使いになりたいって宣言しただけで人生最良の日とかカノン様の人生どんだけイイコトなかったんだよ。

 とりあえず句読点! 句読点忘れないで!! ワンブレスでよくそんだけ詰め込むよなぁ。カノン様って華奢でたおやか~に見せかけといて実はめっちゃ肺活量豊富なお方だったりしちゃうのか?

 つい遠い目になる私に、ランス隊長がハスキーな声で低く呟いた。


「すまんな、カノンはこうなると駄目なんだ。驚くなと言っても無理だろうが」

「もう慣れました……」


 私が魔法を学ぶことで何故ここまでカノン様が興奮しているのかはさておき、まずは文字を覚えなくては。原付の二段階右折ばりの面倒臭さだなこりゃ。

 いや、プラスに考えるんだ! これはきっと腰痛の患者さんの治療で臀筋攻めるぜ的なアプローチだ! 腰が悪い患者さん(本来、「悪い」って単語は使用してはいけないのだけれど患者さんの前じゃないから見逃してちょ)は、ケツからキテる場合もある(ケツなんてお下品な表現だけど引かないで。院長が言ってたの、いわゆる原文ママってヤツですわ)。そういうケースは腰部に直接アタックかけるよりお尻の筋肉をほぐしてあげると改善したりする(こともある)。一見遠回りに思えても長い目で見ると有効だったってパターンもあるから……そうよこれはきっとそういうことだ(といいなあ)。


「魔法もだけど、字も教えて下さい。頑張って勉強しますから」


 私が申し出ると、カノン様はデュフフコポォを解除して、人格者の聖職者モードに切り替え穏やかに微笑み、言った。


「貴女なら読み書きはすぐでしょう」


 当たり前のことのようにのたまわれ、私は面食らう。何を根拠にそう断じることができるのだ、この人は?

 カノン様は私の内心を読んだかのように、筋肉の本とツボの本の下敷きになっていたノートを手に取って、


「このお帳面、貴女が書いたものでしょう」


「えぇ、そうですけど」


 学校で習ったこと、板書の写し、その他諸々。お世辞にも綺麗にまとめたとは言えないノートだが……しかしお帳面って表現可愛いな。色気のないツボツボマッスルしてるノートが一気にお子ちゃまのらくがき帳レベルになるぞ。


「これだけ理解し書ける方なのですから、貴女ならヴァルオードの文字もすぐに覚えますよ。慌てることはありません。魔法も文字もゆっくり着実に身につけていきましょうね」


 カノン様は春の海の凪の雰囲気で柔らかく微笑んだ。




 身体検査、持物検査ときて、次に来るのは身上調査だ。

 ランス隊長の率直さはここへ来てなお健在だった。彼は最早、私にシャワーを勧めた時のような絡め手すら使わなかった。

 君の人となりを知っておきたい、と、ランス隊長は超剛速球を放ってきた。彼はオブラートに包むということはしない人のようだった。


 元々『異世界からの訪問者』ってだけで私は充分不審者なんだから、これは当然の流れだ。

 目の前の得体の知れない人物が危険物を持ち込んでいないか、そして危険な思想を持ち合わせていないか。隊の長であり、この街の次期領主でもあるという人が知りたいと思うのは当たり前。当然しなければならない用心だ。


――むしろ何故、初顔合わせの段階でそれをしなかった?


 あのクソ寒い山頂の遺跡でカノン様がしたのは私の怪我の治療と、ヴァルオード王国における『聖女』にまつわる話だけ。私の立場からすると、あちらさんの都合を勝手にひけらかされただけ、という感じ。意地の悪い見方をすれば、お迎えに来た方々は私をはなから無害な小娘と決め込んで成すべき対応を怠ったとも言えるが――。


「つらいことはお話いただかなくても結構です。ミオ殿、私は『神託の主(オラクル)』として貴女を信じます」


 カノン様は哀しげに目を眇め、静かに言った。綺麗な翡翠の瞳が揺れている。全幅の信頼をお寄せいただきありがとうございます、と返さなきゃならないだろうか、これは?

正直、カノン様がこうも悲壮感を漂わせる意味がわからない。彼は私を、告解を求める罪人だとでも思っているのだろうか。


「そう身構えなくていい。今日は珍しく暇なんだ。茶飲みの席の身の上話といったところだ。何なら俺からした方がいいか?」


「お惚気は結構。貴方の武勇伝は間に合っています。ご成婚から1年も経とうというのに貴方がたご夫妻はいつまで新婚のおつもりでおられるのですか」


「何だカノン嫉妬か? 羨ましいならお前も結婚すればいい」


「戯言を。お年を召してからの病は重いとはよく言ったものです」


 カノン様がランス隊長をぴしゃりとやりこめた。

 スキンヘッドゴリラのおのろけ話かぁ……ちょっと興味あるな。機会があったら聞いてみたい。




 廃材寸前のデスクのチェアにランス隊長がでんと居座り、その脇にひっそり佇むカノン様。私は彼らを前にして、もうコレ引退させてやれよという風情の木製の丸椅子に浅く腰かけて――何だろうこのデジャブ、と考えて、あぁそうだ、と思い至る。

 これ、面接の雰囲気だ。古くは高校時代のアルバイト、ブラック会社の役員面接、そして直近の鍼灸整骨院。社長のランス隊長と、採用担当のカノン様。役割分担もおあつらえむきじゃないか。そう思ったら、肩の力が抜けた。

 こういう時って、むこうから志望動機とかガクチカとか訊いてくるモンなんだけどな。もっとも私はここに来たくて来たんじゃないから、オンシャノナンチャラニキョウミガアッテーとかはないんだよなぁ。


「えっと……何からお話すればよろしいでしょう?」


 真正面からの4つの目の圧におされて私はお伺いを立てた。オマヌケな役員面接もあったものだ。


「うむ、そうだな……」


 ランス隊長は助けを求めるようにカノン様を見た。カノン様はそれを受け、私に向き直りしばし逡巡し、


「貴女のことを、何でも。貴女が話したいと思うことだけを」


 オイオイ……と私は半笑いになった。それいちばん困るヤツやん。漠然とし過ぎてて難しい。

 戸惑っているとカノン様は察して助け船を出してくれた。


「では、貴女のこれまでの人生を。どんな世界で生を受け、どんな暮らしを営んできたのか。

 ぶらっくがいしゃなるもののことやその他、おつらいようでしたら無理にはお聞き致しません」


「これまでの人生って……」


 別に大した人生は歩んでないのだが。何だかせっかくの助け船から突き落とされた気分だぞ。

お読みいただきありがとうございます。

ミオちゃんが訝しんでいる「何故初対面でそれ(=身上調査)をしなかった?」の答えは『幕間 ~信託の主と隊長殿・後編~』にて語られております。

カノン様はミオちゃんを侮っていたわけではなく、彼女の過去を暴くのに躊躇しただけです。優しい男です。

しかし繊細な気使いがことごとく無駄になってますな。

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