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聖女様の身の上話 ~序~

 さて、何からお話したものでしょうね? 自慢じゃないけど私、口下手の話下手なんです。オチのある話ができないっていうか。いらんこと言ったり脱線したりで、わかりづらいとよくツッコミを受けたものです。しかも、複数人から。

 えっと、改めまして、佐倉澪と申します。ヴァルオード流に言いますと、澪がファーストネームで、佐倉がファミリーネームです。カノン様にはお伝えしてありますが、貴族ではありません。ド平民の超庶民なんで、私のことはミオとお呼びいただけましたら幸いです。


 私のこれまでの人生って言っても、お話しできることはそう多くはありません。

 朝、いつも通りに家を出て、職場に向かう途中でホームから落ちて電車に轢かれてあぼーん☆ ……と思いきや、あのクソ寒いいえ凍える山頂の遺跡にいた、というだけで。

 でんしゃとは何だ? って……ランス隊長はまたバイクに続いて説明に困る質問を……うーんと、電車っていうのは、のりものです!(どキッパリ)何百人もいっぺんに輸送できるんで、朝晩のラッシュは殺人的ですよ! ……って、これが散々指摘されてきた「いらんこと」ですわな。

 乗り合いの辻馬車のようなものですか、って……あぁそうかも! カノン様いいこと言うじゃーん! 多分そんな感じですよ乗り合いの辻馬車知らんけど。

 馬車のようなものに轢かれたということは大怪我では済みませんよ、って? そうですよだからあちこち怪我してたんですよ。むしろあの時死んだかと思いましたもん。カノン様、その節はありがとうございました。魔法って本当に凄いですね。あんなに痛かった足首があのキラキラで一発治癒ですもん。

 私、あの時に思ったんですよ。魔法っていいな、私も魔法使いになりたいぞ、って。


 いけませんね、脱線しちゃいました。電車の話だけに脱線な……なんつって。あらやだ、異世界ギャグダダ滑り? ……コホン、失礼しました。

 私は銀河系太陽系第三惑星地球日本の原爆ドームのある街に生まれ、父方の祖母とふたりで暮らしていました。今にして思えば祖母はネグレクト気味で、そこでの生活はあまり思い出したくありません。

 7歳の時、祖母が亡くなりました。私は実母に引き取られ、母の夫と弟と共に生活することになりました。母は関西で……えっと、主要産業お笑い芸人的な街で、母は新しい家庭を築いていたのです。

 私は祖母から、父は私が赤ん坊の頃に亡くなったと聞かされていました。だからとても驚きました。死んだはずの父が生きていた、なんて。でもそれは間違いでした。母は父の死後私を捨て、再婚して、子供まで産んでいた、というのが正しい表現です。

 ネグレクトの鬼ババアいえ祖母が死んで、他に誰もいないから、仕方なく私を引き取った。母の態度はあけすけでした。むしろ血の繋がりのない『おとうさん』の方がまだ私に優しかったくらい。でもその優しさみたいなのも偽物で、初潮を迎える頃にはなんだオスの下心ありきかと露呈するんですけどね。

 この時点では半分だけ血の繋がった弟は敵でも味方でもない、言葉を飾らず言っちゃえばどーでもいい存在でした。


 もっとも、関西で暮らし始めた当座はそういう諸々の「大人の事情」はよくわかっていませんでした。ただ、私と弟で何でこんなに差があるのかな、とは思っていました。

 例えば、弟は小学生から私立の学校で、私は公立校。弟は誕生日とかにいいもの買ってもらえるのに、私には何もない。佐倉の家の親戚の集まりなんかでも、弟や従兄弟達はお年玉やプレゼントをもらってるのに、私にはナシ。私が女だからかな、と思ったけど、他の従姉妹はもらっています。哀しいっていうか、ただただ不思議でした。

 じきに私もその意味を理解しました。親切な親戚のおばさんが教えてくれたんですよ、しょうがないよねアンタは佐倉の子じゃないからね、って。

 ……カノン様、どうなさいました? やだなぁそんな顔しないで下さいよ。え? そんなの親切でも何でもないですよ、って? そうですよ、皮肉です。でもね、佐倉の家は万事がそんな感じで。

 母も母です。連れ子がどうの、再婚がどうの、財産目当てがどうのってガタガタ言われてサンドバックにされるだけなのに夫に逆らえないで律儀に帰省するなんて。

 そんなわけで私は10になるやならずやで既に家出のことばかり考えていました。早く大人になりたいって、そればかり。ヒロシマで……生まれた土地で仲良くしてた友達とも強制的に引き離されて、逢いにも行けない。300kmの距離は子供には遠すぎます。子供は無力です。


 義父は私にお金をかけたくないようで、高校も公立に行け、でなければ進学なんかさせないとまで言いました。年子の弟は小学校から優雅にエスカレーター式に私立校。格差が激しすぎて笑えます。でもその頃にはそれも仕方ないかなって思うようになっていました。本来なら義父は私を養う必要なんかなかったんですから。

 高校受験を控えて私は本気で進路について考えました。大学には行けないだろうなってことは大前提。だったら高校の3年間で社会に出てやっていけるだけの技能をできる限り身につけておこう。と、いうわけで高校はあえての商業科。15歳の私、超健気。今より全然戦略的。

 いざ入学してみると周囲も目的意識の高いしっかりとした子が多く――実家が商売してて家業を継ぐ為経理の勉強をしたいとか、ひとり親家庭で余裕がないから少しでも早く働いて家族に楽をさせてやりたいとか――そんな子が多くて、授業も思った以上に専門性が高くて。

 高校での3年間で取れるだけの資格を取りました。珠算、簿記、パソコン、漢字、英語……進路指導の先生の3級なんてみっともないから履歴書に書くなというお言葉を真に受けて、すべて2級まで。実際、珠算と簿記は2級が卒業の最低ラインだったので、皆必死でしたよ。

 私は語学が好きだったので漢字と英語を選択しましたが、銀行簿記や工業簿記を取得する人や、珠算簿記の1級にチャレンジする人など様々でした。

 家出資金を貯めたかったので部活には入りませんでしたが、親友と呼べる友人も幾人かできましたし、有意義な高校生活だったと自負しています。


 高校3年、再び進路を決める時期に来ました。放課後休日オンリーのパン屋のバイトでは資金は少々心許なかったものの家出の意志は変わらず、学校には就職希望で申告していました。

 担任の先生は大学進学を勧めてくれました。推薦できるだけの成績だから是非とも、と。正直、心が揺れました。普通科の生徒が一般入試で受けたとしても合格は難しいとされている大学だったからです。

 お金のことなら奨学金制度もあると担任の先生は親身になって調べてくれましたが……私は、というか佐倉家は、奨学金の収入制限でアウト判定食らう程度には裕福だったのです。お金が無いわけじゃない、義父はただ私の為にお金を使いたくないだけ。弟の学費や自分の趣味にはじゃぶじゃぶ使うのにね。


 とにかく、あと1年やり過ごせばいい。腹を括った17歳の初夏、母が亡くなりました。……いいえ、病気ではありません。事故です。相手は路線バスで、母は落ち度のない純然たる被害者でした。

 あまりに突然で呆気なくて、悲しいとか悔しいとかよりただただ呆然としました。

 冷たいようですが母は私にあまり母らしいことをしてくれませんでしたから、私はあの女に愛情が持てなかったのです。

 ネグレクトの祖母に私を丸投げし、自分だけちゃっかり再婚して。私が――自分の娘が佐倉の者達にサンドバックにされてても庇ってもくれないような、いつも夫の顔色を窺ってビクビクして、私が義父や弟に従順でなければ、おとうさんの言うことをききなさい、おねえちゃんなんだから我慢しなさい、そんなことばかり繰り返す、弱くて卑怯な女。

 仏さんの悪口は、なんて善人ぶって諫める人ってよくいますけど、私ははっきり言ってあの女が大嫌いでした。だから葬儀の時も涙ひとつ出ませんでした。ただただ呆然としていました。親戚はそんな私を責めました。他人様はあまりに急過ぎて感情がついて行かないのだろうと善意に解釈してくれたようですが。


 葬儀の後、義父が私に言いました。進学費用を出してやる、ただし条件がある、と。

 それ今、葬儀場で言うこと? と呆れましたが、続く義父の言い草は私を絶句させるに充分でした。

 学費を立て替えてやるから俺と寝ろ、と抜かしたのですあの男は。よりによって妻の葬儀の直後に。同じ顔なら若い方がいいとも言いました……私、母と顔だけはそっくりなんですよ忌々しいことに。こっちの過失はないからバス会社から金が入る、それでお前の大学費用を用立ててやる、アルバイトの代わりに家事をしろ、家から通える学校でなければ援助はしない、それらの条件を全て飲むなら学費を出してやる、卒業後は佐倉カンパニーの系列会社を世話してやるからそれで返済すればいい、大卒で無職じゃ外聞が悪いだろ……なんて。


 ここでペッと唾でも吐いて、ゲスが、なんて言えたらカッコよかったんでしょうけど。

 その時の私は母の死と、義父の生々しい下心に中てられて、頭の中真っ白で。しばらく義父の言うことを咀嚼できずに――日本語のはずなのに、まるで別の言語を聞いてるみたいに理解が追いつかなくて――コイツ何言ってんだろうって。やっと咀嚼して、理解して、ただひとこと、本気? とだけ返したように思います。

 今思い返してみても、正気を疑う発言です。改めてつくづく、何だって母はこんな男と縁を繋いでしまったんだろう、と、やるせなくなりました。


 正直、迷わなかったと言えば嘘になります。大学には行きたかった。高校在学中、必要に迫られて珠算や簿記の資格は取りましたが、私は数字や計算よりも読むこと書くことの方が好きなんです。大学で文学を思う存分学べたらそれはそれは楽しいだろう、と。


 でも。


 やっぱり義父の『条件』は飲めませんでした。あの男の魂胆はよくわかりました。アイツは進学をエサに私を一生家政婦兼性奴隷として飼い殺す気です。母の身代わりなんて真っ平です。

 最後の進路相談は保護者なし、私と担任だけの二者面談でした。義父は私の為に金だけでなく労力も割きたくないようです。弟のなら母を差し置いてでも駆けつけるのに。

 私は改めて担任の先生に就職希望を申し出ました。それも、関西以外の――家から通えない遠い勤務地でとお願いしました。担任は私の進学に未練があるようでしたが、本来だったら三者面談のはずの席に義父が姿を見せなかったことでおおよその事情を察したみたいです。

 私は担任の先生に、私は母の連れ子で今の父とは生物学上は他人であること、母が死んだ以上は佐倉の家に私の居場所はないこと、母の葬儀の日に義父から出された『条件』についても極力言葉を選んで伝え、改めて遠隔地の会社をお願いしますと念を押しました。

 その頃には半分だけ血の繋がった弟が私を夜のオカズにしていることにも気づいていましたから、私は本当にあの家にいるのが怖かった。

 夏から卒業までの約半年、生きた心地がしませんでした。


お読みいただきありがとうございます。

ツボとマッスルとヒーリングはどうした。というお話です。

別名:カノン様の預言=ミオ殿は幸福な生活を営んできた方ではないようだ、がどうやら当たっていたでござるの巻。

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