カノン様の特別な人(自称)
「その、……セイジョサマって呼ばれ方、仰々しくってアレなんで、私のことはミオとお呼び下さい」
おやおや、とヘイゼル殿は芝居がかった表情で切れ長の目を見開いて、
「ラディウス卿と同じことをおっしゃいますね。やっぱり『運命』の繋がりって似た者同士なのかな」
「?」
「ご存知ない? まぁ運命云々はラディウス卿に訊いて下さい。あの方はもっと会話をする努力をするべきです。あの方も『オラクル』呼び『ラディウス』呼びは受け付けないみたいなんですよね。俺は特別なんですけど」
「!?」
なぬ!? それはもしや、BでLなカホリ漂うアレどすか!?
「聖女様、いやミオちゃん目がキラキラしてるよ……女の子はホントにこういう話好きだね」
やOいが嫌いな女の子がいて? と、古式ゆかしいツッコミを反射的にしそうになったがここは耐えた。いきなりのちゃん呼び+タメ口もナチュラル過ぎてかえって違和感がない。つか大事なのはそこじゃない。
「そう、俺は、ある意味あの方の、特別。だからね」
ヘイゼル殿は洗濯物に風を送りながら言った。残念ながら魔法を使うと口がおろそかになるらしい。彼にマルチタスク機能は搭載されてなさそうだ。
「10年前、いや、12年ぐらい前だった、かな。ラディウス卿が亡命、してきた時。保護したの、俺だから」
「ぼぼぼ亡命!?」
『使命』の為にユタへ出向とかじゃなかったの!? 少なくとも私はそう解釈してた。お役目とは言えご苦労さんって感じでいたけど、亡命ともなると話は随分違ってくるぞ。
「それはまた……穏やかじゃありませんね」
私は極力言葉を選んで言った。
ヒュン……と情けない音と共に風が止み、ありゃ、とヘイゼル殿は肩をすくめる。
「言葉のあやですよ。失礼、もう一回集中させてもらいますよ」
ヘイゼル殿は再びブツクサと呪文を唱え、魔法を発動させた。つい中古のバイクのエンストシーンを思い出してしまう。古いバイクはエンジンかけるのも一苦労なんだよねー特に冬場は。
「よし、今度はスムーズにいったぞ。一度発動すれば再稼働は割と楽なんだがな。……力を、ギリギリまで、絞って……って、いうのが、結構、ホネなんだよ、なっ! ……ふぅ」
あ、それわかる気がする。私のバイク(私より年上)もいったんエンジンかかれば仮にエンストしたとしてもリスタートはすんなりだったし。この人、jazzたん(私の通勤用バイク、院長の友人のバイク屋さんから格安で購入した。かわいい)に似てるなぁ。うっかり気を抜くとエンストしがちなトコも、全速力より渋滞のノロノロの方が制御が難しいトコもそっくりだ。
「私、お邪魔しない方がよさそうですね。大人しくしてます」
「いや、そんなことないよ」
ヘイゼル殿は王子様風スマイルをキラン☆ とかまして、
「戦場で、静かに集中って、わけにも、いかないでしょ。その辺も、含めて……練習、だから、ね。ミオちゃんが、気を使うことはない、よ。何ならいっぱい、しゃべって。愚痴でもいいよ、今なら聞き流せる……大変だったでしょ、今まで」
あぁjazzたんじゃねぇやヘイゼル殿いい人だなぁ……ホロリ。ちょっとキザっぽいけど。
「私が話すより、ヘイゼル殿のお話が聞きたいです。カノン様の特別~のあたりを、特に重点的に」
無茶ブリ……と、ヘイゼル殿は苦笑して、それでも律儀に私のリクエストに応えてくれた。
「俺が、駆け出しの竜騎士、に、なって。やっと偵察任務を任された、頃。かな。行き倒れの少年、を、見つけてね。保護したら、ラディウス家の長男。で、その時のすりこみ……なのかな。妙に、なつかれて。俺、魔法とか、まったく学ぶ機会も、興味もなかった。けど、あの方は熱心に、指導してくれてね」
「ホー……」
12年前の、少年カノン様かぁ……可愛かったんだろうなぁ。
と、口走ると、
「ミオちゃんそれ、絶対! 本人の前で、言っちゃダメ!! だよ」
「え?」
「あと、女の子みたい、とかも、アウト。名前がさ、カノン、って……どっちかっていうと女性名、でしょ。ヴァルハラじゃ、そうじゃないかわからないけど……ユタでは、そうなわけ」
ヘイゼル殿は彼にできる限り精いっぱいのマルチタスク機能を全開にして洗濯物をはためかせながら、続ける。
「で、保護して。名前聞いて。ランス隊長がうっかり、ご尊顔に似合いの、かわいらしい名だ、って言ったら、カノンが男の名で何故悪い、私は男です! って、ラディウス卿がブチギレて、ライトニング発動で、あぼーん☆」
えぇーーーーっっ……。何だよそれどこのカ三ーユ・ビダソだよ(一応伏せとく)。
あぁでもそれで初対面の時のあの微妙な雰囲気の謎が解けた気がする。私うっかり可愛い名前だなとか言っちゃった気がする。カノン様、ちょっと不機嫌そうだったっけな……よかったわライトニングで目潰しとかアイスストームで氷漬けとかにならなくて。
「でもさ、家名呼びは嫌で、オラクルも、まだそう呼ばれる資格、ないとか、言われちゃうと。カノンちゃん一択でしょ。オイとかオマエとか、ってわけにもいかない、し」
いやあのさ……それ以前にカノンちゃんってどーよ、カノン『ちゃん』って。
「だから、消去法で、カノンちゃんなんだけど。……ややこしいことに、俺の竜も、『カノン』でね。そうよくある名前でもないのに、偶然って、すごいよね。で、俺は、『竜のカノンちゃん』と、『人間のカノンちゃん』で、呼び分けてた。そしたら、人間の方のカノンちゃん、が、『私のことはラディウスとお呼び下さい』、って」
お、おぅ……。
「なもんで、俺はあの方に、唯一、ラディウス卿呼びを許された、特別特例、ってわけ」
すごいでしょ、と、王子様風キラリン☆ スマイルをキメたヘイゼル殿に、私は呆れたものか笑ったものか態度を決めかねた。
ヘイゼル殿それ絶対カノン様にウザがられてるよ。確かにある意味特別っちゃ特別なんだろうけど……つかめっちゃポジティブシンキングやなこの人。
長々と話し込んだおかげで洗濯物はすっかり乾いた。
ヘイゼル殿は私の服だけより分けると手早くたたんで、はいどうぞ、と差し出した。
「ありがとうございます」
私は礼を言って受け取った。凄いな、アイロンかけたみたいにしわひとつなくピシッと整っている。
「やっと笑ったね」
ヘイゼル殿は涼やかに微笑み、
「ずっと不安そうにしてたから、よかった。……さ、ラディウス卿の所に行きましょうか」
改めて案内しますよ、と、すっかりお仕事モードに切り替えたヘイゼル殿を私は慌てて遮った。
「ちょっと待って下さいその前に!」
ぱんつは! ぱんつだけは!! せめて履かせて!!!
あなたの言う不安そうにしてたってのはね、ノーパンで! スカスカして!! 落ち着かなかったからなのよ!!!
「え!?」
私の必死な訴えに、ヘイゼル殿は素の表情で固まった。
お読みいただきありがとうございます。
ノーパン生活継続中はもういい加減にした方がいい……というのはさておき。
ミオちゃんはゲーマーでスパ口ボが好き(という設定)。
おそらくカ三ーユ(一応伏せとく)はシリーズ通してスタメン扱いだったんでしょうな。
という補足。