風魔法の有効活用
塩顔イケメン半月刀にエスコートされ、宿舎裏手の物干し場に来た。木製の竿は洗濯物で満艦飾。彼は吊るされていた制服の群れをちょいちょいとどかすと、そのスペースに私の服を吊るした。戸惑いもためらいもなく、ぱんつブラジャー靴下まで含めて。自分でします、と私に言わせる隙もなかった。
「聖女様には少々お辛いかと思いますよ、高さ的に」
私の内心を読んだかのように、彼は完璧な王子様スマイルでのたまう。確かにちびっこには厳しい高さだな……私が吊るそうとすれば、めいいっぱい背伸びをするか、踏み台の類が必要になるだろう。改めて、低身長が恨めしい。
「私、あなたとお会いしたことありましたっけ?」
先程から何の迷いもなく私を聖女様呼ばわりする青年に私は言った。彼は芝居がかった仕草で顎に手をやり首をかしげて、
「いいえ、今日が初対面です……ああ、なるほど」
彼は何やら納得し、ピシッと敬礼をして、
「名乗りもせずに失礼しました、わたくしはユタ竜騎兵隊所属ヘイゼルと申します。ちなみに独身、彼女ナシ家族ナシです」
「はぁ……どうも、ご丁寧に。ミオと申します」
最後の一文要るか? と思いつつも一応型通りに私も名乗る。ポール殿の時のことを思い出してつい腰が引けてしまったが、過ぎた用心だったみたいだ。
「? ……どうしました?」
ヘイゼル殿が怪訝そうに私を見る。あぁいえ、と私は慌てて首を振った。
「またいきなり手にちゅーとかされたらと思って、つい……」
「ちゅー? あー、なーるほど……」
ヘイゼル殿は何やら深く納得した風で、
「中央の人達は臆面もなく気障ったらしいことをしますからね。女神の御手に誓いの接吻を、なんて」
いやあーたもなかなかキザやで、と、つい心の中でツッコんでしまう。
「大方ポールあたりでしょう。
悪いヤツではないんですよ、ただ女好きなだけで。下はよちよち歩きの乳幼児から上は60オーバーの熟女まで等しくレディとして扱うというのがポールの信条だそうで。
本当に悪いヤツではないんです、あれで悪かったらどうにもなりません。ええ、ただちょっと、いや、かなり、かな……うむ、そうだな、極端に女好きなだけでして」
アハハ……と私は半眼で半笑い。ポール殿けちょんけちょんの言われようだな。
「ポール殿と仲良しさんなんですか?」
けちょんけちょんの中にどことなく親しげな響きを感じたのでそう訊いたのだが、果たしてヘイゼル殿はすんごく微妙な表情になった。
「それよく言われるんですがね。付かず離れずと言ったところですよ。所属も違いますし。
あちらは中央の――ヴァルハラからの出向組でいわばエリート、こちらは現地採用の隊員で。最初はそりゃ色々ありました。でもまぁいがみ合うよりは適度に仲良くしといた方がいいでしょうからね。
幸いランス隊長とラディウス卿が上手くやってますし、俺らも副官同士で適当にというところで。馴れ合いはしませんが、なるべく絡むようにはしてますね」
それがよくなかったかな、と芝居じみたため息をつくヘイゼル殿に、私は内心でスタオベをかましていた。いいぞもっとやれ。
「トップ同士が仲良しさんだと、下の方達も上へ倣えってなりますもんね」
「そういうことです」
ヘイゼル殿は大仰な仕草で頷いた。
「さて、俺は今から洗濯屋も真っ青な技を披露しようと思いますんで、少しばかり集中させてもらえますか?」
一人称が『わたくし』からいつの間にか『俺』になり、対外的にかぶった猫が大分はがれてきた感のあるヘイゼル殿は言う。
「技?」
「魔法ですよ」
ヘイゼル殿は芝居がかったウィンクをキメた。
ヘイゼル殿は大きく深呼吸をし、印を結ぶと何か唱え始めた。我が内なる風の何ちゃらとかしばらくブツブツ言ってたが、やがて彼の足元からぶわっと風が巻き起こった。
よし! と少年のように口走る彼に、私はパチパチと拍手を贈る。
「すごーい! 風キター! 魔法だぁー! ヘイゼル殿は魔法使いだったんですね、すごーい!」
「……何か照れ臭いな」
芝居っ気なしの素の口調で彼は苦笑して、
「魔法はまだまだ慣れなくて、発動に呪文が不可欠なんですよ。発動さえすればコッチのものです」
言ってヘイゼル殿は巻き起こした風を両手に集める仕草をし、手のひらを洗濯物に向けた。物干し竿にぶら下がった洗濯物が風を受けてはためく。
「呪文って、必要なんですか?」
カノン様はまったくのノン詠唱、ポール殿は時々ファイアウォール! とか、ファイアボール! とか叫んでたよな。
「聖女様、ヴァルハラの連中を基準にしないで下さいよ」
ヘイゼル殿は、ふー、とため息のような吐息と共に、
「子供の頃から英才教育受けてた人と、成人してから魔法に目覚めた我々と。前提条件がまったく違いますからね。……この、力加減が、ポイントなんですよ。しわを伸ばすように、ゆーっくりと、撫でるように、じーっくりと……」
「あのぅ……」
集中してるトコ悪いけど、これはどうしても言っとかなきゃだよな。
「何でしょう、聖女様」
「私、セイジョサマとかじゃなくてですね――」
「え、だって聖女様でしょう?」
一瞬、風が途切れた。いけね、とヘイゼル殿は真顔になって、
「ラディウス卿が、中央の連中を引き連れて遺跡に行って、お戻りになって。
女人禁制のここに、謎の美少女がひとり、ラディウス卿を探していた。誰がどう考えても聖女様って結論になりますよ」
とりあえずどっからツッコもう。この世界の方々はツッコミどころを色々提供してくれるからありがたい。時々芸人殺しのカノン様みたいにバサーッと斬り捨てる系なのも出没するけど。
お読みいただきありがとうございます。
例によってタイトルそのまんまのお話です。
魔法が生活に根付いている世界での使われ方はこんな風なのかな、という……火、水、風は使い勝手がよさそうです。
別名:大腿四頭筋と下腿三頭筋が素敵な王子様キャラことヘイゼル殿とちょっとだけ親密度UPでござるの巻。




