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はじめてのシャワー@異世界

 何とはなしに妙な雰囲気になってしまった。

 カノン様の綺麗な翡翠の瞳が揺らいでいる。憂い顔より春の陽だまりの微笑みが見たい。


「あー……その、シャワーでも浴びてきたらどうだ?」


 唐突にランス卿が言ったので、私は赤面し自分の服をくんくんと嗅いだ。


「ランス殿!」


 カノン様が焦りまくってランス卿を諫める。デリカシー! 言い方! と、くどくどお小言をくれるカノン様に、スキンヘッドゴリラはたじたじだ。そこはかとなく、このふたりの力関係を垣間見た気がした。

 確かに、少なく見積もっても1週間は入浴してないんだから服はヨレヨレ髪もベタベタ、それに……多分、臭いと思う。条件は一緒に旅してたヨロイー’sも一緒だし~とか思ってあえて気にしないようにはしてたけど。


「それはどうもありがとうございます」


 私はにっこり笑ってランス卿を見上げ、そしてカノン様を流し見て、なるたけ弾んだ口調、丁寧な言葉使いを意識して言った。


「7日ぶり? もっとかな? とにかく久しぶりのお風呂! 嬉しいわ!

 入浴中、何を調べていただいても構いませんよ。別に見られて困るモノなど持っていませんし、服に武器とか仕込んでたりもしませんし。何ならバッグの中もどうぞお好きにご覧になって下さい」


 果たして。

 ランス卿の三白眼が面白そうにきらめいて、カノン様は何とも言えない無表情でうつむいた。

 わかってるよ、仮にも隊の長とか呼ばれてる人がただの親切心からこんな申し出をしてくるワケないって。結局、そういう魂胆なんでしょう?




 シャワー室にはカノン様が案内してくれた。

 ぱっと見は関所で扉と扉を通過するだけの場所だが、駐屯地を名乗るだけあって一通りの設備は整っている風だ。印象としては、ブラック会社勤めの頃に関わりのあった、工事現場の仮設プレハブ――協力会社の人員が寝泊まりする飯場を思い出させる。


「夜勤の者が休んでおりますのでお静かに」


と、カノン様が潜めた声で念を押す。そんなトコまで飯場っぽい。


「着替えはこちらを。私の予備で申し訳ありませんが。お召し物はこちらに。洗濯しておきます」


「いやいやいや、自分でしますよ入浴がてら」


 脱衣所でこそこそと、内緒話のように囁き合うのはちょっと妙な感じだ。


「お気使いなく。それもまた『オラクル』も職務のうちですから」


 何なのオラクルって聖女様の小間使いなの?


「カノン様に私のぱんつまで洗ってもらうわけにはいかないでしょう」


 対お気使いなくモードでバサッとストレートに斬り捨てたら、カノン様の顔が見る間に紅潮した。白皙の美青年が顔を赤らめる様は眼福としか言いようがないが、明らかに成人済の男性の反応としては随分おぼこいな。今時、思春期少年だってここまで判り易い反応しないぞ。

 笑うところじゃないのかも知れないが、つい笑ってしまった。


「ミオ殿! そ、そ、そのような単語を、うら若き乙女が恥じらいもなくっ!!」


「しーっ、カノン様声が大きいです。夜勤の方が寝てるんでしょ? ……てか何がいけなかった? ぱんつがアウトだった?」


「ですから! そう何度も連呼しないで下さい!!」




 カノン様はバツの悪さを誤魔化すみたいに通常の3倍淡々とシャワーの使い方を細かく細かく説明してくれた。と言っても仕組みは単純なもので、手元のレバーを押すと水が出て戻すと止まるというだけのものだ。


「どうか、お気を悪くなさらないで下さい」


 去り際、彼比でわかりやすく申し訳なさそうな雰囲気でカノン様は言った。


「ランス殿は……ユタの者達は職務に熱心なだけなのです。この街が犯される意味を、彼らはよく理解しています。彼らはただいたずらに自分達の安寧のみを願っているわけではないのです」


「ええ、よくわかってますよ。そのつもりです」


 平和な国で生まれ、戦争を知らずに育った。それでも常に脅かされ続けて生きる者の必死さは、私にもよく理解できる。いま私がいるこの世界が、ただ歩いているだけで魔物と遭遇し命を落とすかも知れない場所だということも含めて。




 簡素な仕組みのシャワーだったので冷水を浴びる覚悟もしたが、ちゃんとお湯が出た。

 石鹸やシャンプーの類はない。各自で持ち込む形式なのだろうか。

 ただお湯で洗い流すだけの入浴だったがこの際贅沢は言っていられない。正直、お湯が使えるだけってだけで感動した。


 黒革のライダースジャケット以外の衣服も手洗いし、髪の雫を絞って脱衣所に出た。

 先程カノン様が置いていった着替えとタオルがそのままセットしてある。シンプルな生成りのローブが1着と、大判のタオルが1枚。

 髪を拭きながら、ふと気づく。


「ぱんつとブラジャー、洗っちゃったよ……」


 当然、下着の替えなんか持ってない。だからって、手洗い+手絞りで生乾きというレベルにすら達していないくらいに濡れ濡れのぱんつ履きたいか? っていうとそれも嫌だしな……。

 うーんうーんとしばし脱衣所で考え込んだ結果、開き直って素肌の上から直接ローブを着用することにした。つかそれしか選択肢ねぇーし!


お読みいただきありがとうございます。

ノーパン生活、始まる。

というのは冗談ですが。


ミオちゃんが散々連呼していた新卒で勤めたブラック会社はどうやら建設会社のようですよ。

というお話でもあります。

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