野営の調理は当番制、お貴族様でも免除ナシ
日の入り前に、野営の仕度。
カノン様曰く「この上なく順調な道程」。このまま行けば明日の昼過ぎには目的地に到着します、とのこと。
「今宵は私、調理当番ですのでミオ殿はこちらでお休みになっていて下さい」
カノン様は言って、『聖女様』用の、この隊の持ち物の中でいちばん立派なテントに私を押し込めた。
調理当番……カノン様って、何かエラソーな家柄のヒトなんでしょ? そういう人でも調理当番とか免除されないのか……つか調理って当番制なんだ……。
でもカノン様言ってたっけな、ユタにいる間は私はラディウスではなくただのカノンです的なコト。エライ人のはずなのにそれに胡坐をかかない姿勢は偉い。どっかの日本国のカンバンジバンカバンとか寝言言ってる政治家さん達はカノン様の爪の垢もらって飲むといい。
閑話休題。
さて、これからどうしよう。
レイキも合谷もやり尽くした感があるし、この上もなく順調な旅路のおかげで今のところ怪我人もいないし、ここでボーッとしててもしゃーないわな。
私はテントを出た。カノン様他数名がキャンプファイアー(って言っていいのかな?)の準備をし、ポール殿が火付け役よろしくスタンバっている。
ちょっと不思議な光景だよな、と思う。
カノン・オラクル・ラディウス卿が這いつくばって(これは比喩的表現ね)焚き木を拾っているところ、腕組みなどして悠然と眺めているただの(ってのも失礼な表現か)ポール殿。
ヴァルオード王国においては貴族制は形骸化してるのかしら……なんてつらつら考えていると、
「あれっ、ミオ様」
ポール殿が気づいた。
「ミオ殿は休んでいて下さい、と――」
焚き木用の木の枝を抱えたカノン様がまたお小言を。ポール殿がハハッと笑って、
「カノン様は過保護ですよねー。ミオ様なんか俺らよりずーっと元気じゃないですか。よもやこの行軍についてこられる体力がおありとは……いやーお見それいたしました!」
ポール殿それ誉めてんのけなしてんのどっち、と、こそっとツッコミを入れると、
「誉めてます! 全力で誉めてます! ベタ誉めです!!」
「……さいでっか」
何かねー、そのテンションが嘘くさいのよ。
私はうろんげにポール殿を見た。コミュ力の塊みたいな人で、私がこの集団にどうにか溶け込めてるのもポール殿のおかげと言っても過言ではない。
でも……何て言ったらいいんだろう、この人一見気さくで陽気な赤毛のあんちゃんなんだけど……うまく言えないけど、胡散臭いっていうか、得体が知れない。
戦えば強い。それこそヨロイー’sの中でもいちばんってくらいの剣技の持ち主。それはド素人の私が見たってよくわかる。火魔法の使い手ってこともあって、いざ魔物! なんてことになったら大活躍。
でも、だけど。
――この人、カノン様のことナチュラルに呼び捨てにしたんだよな。
山下りの際、対外的には私の仕業となっているヘルコンドル一斉掃射の直前に、カノン様が戦闘不能に陥った時。カノン、って。呼び捨てどころか敬語まで吹っ飛んでた。逆に言うとその時以外はフレンドリーな雰囲気のまま、敬語で敬称付きなんだけど。
ヨロイー’sの他の面子がカノン様をお姫様扱いしてる中(妙な表現するなって? でもホントにそんな感じなのよ!)言葉つきこそ丁寧だけど、良く言えば気心知れた悪友めいた、言葉飾らず表現するなら雑な態度を貫くポール殿は、新参者の私の目からは変な感じに浮き上がって見える。
――急場で素が出た、ってか?
それはあり得る。でもそれだったら、カノン様の上司みたいなポール殿の言動が『素』ってことになってしまうワケで。
もっとも、素が出がちってことなら私だってそうだ。人のことは言えないか。
「……オ殿、ミオ殿」
ついつらつらと考え込んでいた私は、はっと顔を上げた。
カノン様の翡翠の瞳が私を見ている――物凄く心配そうに。相変わらず表情筋は仕事してないが、この目が何を訴えているかはよくわかる。何なら次言う台詞だって予測できるぞ。
「やはり、お疲れなのでしょう。無理をさせてしまいましたね。お食事の支度が整うまであちらで御体を休めて――」
ホラ来たコレだ。私の予想、大正解。つかこのやりとり、これまでの道のりで何度した?
「ご心配なく、体力勝負の肉体労働出身者ですからね。今日のお夕飯は何かなって考えてただけですよ」
大事なことだから何度でも言う、施術者は身体が資本のが体力勝負。
小猿じゃねぇや院長がよく言ってた。柔整師(=柔道整復師)は食うのも仕事のうちなんだとさ。若い頃は弁当2人前は食ってたとか何とか……あーあアラフォー男の繰り言やイヤだねー。それをハイハイって笑顔で聞き流してた昔の私超エライ。誰も誉めてくれないから自分で自分を誉めてやる。
「おやおや」
カノン様の口角が上がる。この人つくづく表情のバリエーションが少ないな。
大抵はこの春の海の凪、もしくは先程の目で訴えてくる度外れなまでの心配そうな憂い顔、そして時々無表情の鉄面皮。
「ご期待のところ申し訳ありませんが、本日の夕食もヘルコンドルのスープです」
「カノン様料理上手いんで期待して下さいよ♪」
ポール殿が我が事のようにドヤ顔をかまし、すっかりお膳立てされた薪に火を点けた。魔法ってホント便利だなー。
合谷の意外な効果を発見するまでは私も点火係としてわずかながらもお役に立てたのだが、魔力切れとはほぼ無縁の今となっては私の秘蔵のチャッカマンの出番もなくなっていた。
「カノン様、お料理なんてなさるんですか?」
めっちゃ意外だ。貴族って、お抱えのコックとか召使とかにかしずかれて、自分では何もしなくていいものだとばかり思ってた。
「料理も我が家のたしなみですので」
カノン様は淡々と……あ、またあの表情。
春の海の凪と心配性の憂い顔、そして時々鉄面皮。片手の指でも事足りる圧倒的に少ないバリエの中でごく稀に、ほんの時折見せるこの辛そうな、やるせなさそうな、処刑場へ向かう殉教者の揺らぎは何なのだろう。普段あまり表情を変えることのない人だけに、妙に気になる。
「お料理、お嫌いですか?」
私はカノン様を見上げて訊いた。カノン様は凪いだ海のように穏やかに、
「好悪で考えたことはありませんでしたが……必要なことですからね」
ふむ。私は納得と共感で大きく頷いた。
「趣味と実益、わかります~。自慢じゃないけど私も自炊派です」
と、今なら胸を張って言えるけど、1人暮らしを始めて1年くらいは我ながら酷かった。ブラック会社勤務でそんな暇なかったとも言えるけど、うかうかしてると緑色の物体を口に入れたのは昼のラーメンのネギだけ、なんて日もザラにあったくらい。たまーに思い立って食材を買い込んでも余らせて腐らせたりとか。
職場を変えて、心身共に余裕ができたら不思議なものでちゃんと食べようって気持ちになれたし、食べ物の味がしっかりわかるようになった。
食に関して意識の高いケイ先生の影響も大きかった。医食同源が彼女の座右の銘だった。すなわち、食べるものが身体をつくる、体にいいモノをバランスよく美味しく頂きなさい、というわけだ。
レシピはグーグル先生がいくらでも教えてくれる。自分で作ると自分好みの美味しいものが食べられるし、何よりお財布にも体にも優しい。例えばケーキなんかは買えば高いけど自分で作れば実費だけ。市販のクッキーのカロリー表示見てギョギョギョ~! ってなるけど、自作すれば砂糖の量を減らしたり、バターを植物油に置き換えてダイエット仕様にしてみたりとか、色々できるし。
それより何より。
18歳で就職の為に上京してきて驚いたのが、料理全般における『濃さ』。味も色もめっちゃ濃い。私は断然薄口醤油と白味噌が好きだ……なんて主張すると、ナチュラルボーン関東民のケイ先生に、薄口醤油の方が塩分濃度は高いのよ、なんて反撃されるのだが。
あぁケイ先生元気かなー。独眼竜まさむねこ(というのが彼の正式名称だってケイ先生の息子氏が言ってた)ことまーくんも元気かなー。まーくんの筆頭下僕……じゃなくて拾い主のミコトくんはどうしてるかなー。小猿じゃねぇや院長はどーでもいーや、愛人はGo to hell!
お読みいただきありがとうございます。
まさむね+ねこ=まさむねこ。冠に独眼竜ってあたりもいかにも小学生男子(当時)のネーミングセンスです。
ミオちゃんは西生まれのあちこち育ちという設定です。