怪鳥襲来
鎧着用のままの休憩が終了し、特筆すべき早業で撤収作業が完了した。
まったく見事としか言いようのない統制で、我が国の――あぁもう私は日本国の民ではないのだからこの表現は適切ではないのか――自衛隊の訓練動画を早回しで見ているかのような気分になった。
そして、山下り。
幸い雨は止んだ。でもそのおかげで霧が発生し、やりづらいことこの上ない。
高地特有の空気の薄さで過呼吸を誘発しかけ、酷い頭痛に悩まされ――つくづく思った、あぁひとりきりじゃなくてよかったな、と。私ひとりだったらおそらくこの山から下りることすらできなかったに違いない。
途中、カノン様は何度も気づかってくれた。大丈夫ですか、と。もちろん返答は大丈夫です、の一択だ。たとえ大丈夫じゃなかったとしても。
山頂から見下ろして想像していたよりも、さらに険しい道だった。
岩山の足元は悪く何度も転びかけ、実際に何回かに1回はちゃんと転んだ。その度カノン様はキラキラの魔法をかけてくれた。嬉しかったしありがたかったけど、どうやら魔法では疲労や頭痛は治してもらえないらしかった。
どうしてもアカンってなったら、こっそりレイキとかやってみた。気休めにでもなれば……プラセボプラセボってくらいに我ながら期待薄でのチャレンジだったが、こうかはばつぐんだ!
やるじゃんレイキ! すごいぞレイキ! ウスイ先生ありがとー!
もうどのくらいこうしているのだろう。
私は腕時計を見た。時計は横にひび割れて、ちょうどあの時刻を――出勤途中の駅のホームでスマホを見た時の時間で止まっていた。スマホはなかった。多分今頃電車の下敷きでバリンバリンだろう。
私は努めて深く大きくを意識して呼吸を繰り返した。
もう少し、あと少しで、この山道も終わる。地上は近い。
「ヘルコンドル、来ます!」
先行していた鎧男のひとりが叫んだ。
一座の空気が変わる。道中の辛さをまぎらわす為、努めて明るく馬鹿話などしながら進んでいた気さくなガタイのいい兄ちゃん達から、戦闘集団の殺気を帯びたそれへ。
カノン様が即座に反応し、指示を飛ばす。怪鳥の群れは既に頭上に来ていた。ヒッチコックの鳥など思い出してしまい、危うくパニックを起こしかけた。
カノン様が敷いた布陣は敵を倒す為と言うよりは『聖女様』を守る為のもの。少なくとも私はそう感じた。
「ポール殿、彼女を頼みます」
カノン様は言って、自ら怪鳥の群れに対峙する。
「いやカノン様さすがにそれは無茶ですって!」
「この山道の足場の悪さで『鉄頭』に何が出来ると?」
「鉄頭……いやあーた鎧騎士の悪口をんな正々堂々と言わんで下さいよ! 王宮騎士団の幹部連中にでも知れたら粛清モノですよ!? …じゃねぇやここは一発俺のファイアーウォールで――」
「魔力切れのマージファイターは黙って見物してなさい」
言葉つきは辛辣だが、カノン様は相変わらず春の海の凪。
彼は私を見、口元だけで微笑み、言った。
「大丈夫ですよ、ミオ殿。貴女には傷ひとつ付けさせません」
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異世界もののお約束その2・『到着早々魔物とエンカウント』発動です。
ヒッチコックの鳥はいいぞ。