男の過去 その10
『一真へ。
言葉では伝えられなくなるのでこうして筆を執っています。色々書きたいけどごちゃごちゃになっちゃうから言いたい事を四つに絞って書きます。
まず最初にごめんなさい。あなたと瑠々を守るにはこうするしか無かった。あなたはきっと泣いて私を責めずに二号さんに怒ってると思います。だけど二号さんを怒らないで、全ては私が頼んで私が仕掛けた事だから。
二つ目、ありがとう。私を見つけてくれて。こんな私を好きになってくれて、こんな私と一緒に居てくれて、私はもう十分。沢山一真からもらったよ。私が一真に沢山あげれたかは分からないけど・・・。でも大丈夫!一真には瑠々がいる、私とあなたの愛が沢山詰まった愛しい宝物。だから大丈夫。
三つ目はお願いになっちゃうけど……瑠々を守ってあげて、同封したものはそのために役に立つはず。命は懸けちゃ駄目だよ。懸けるのはもう私だけで十分。勝手に瑠々を置いて私の所に来たら許さないからね。もし死ぬならそれはあの子の幸せを見届けてから。それまでは絶対にこっちに来ちゃ駄目。
最後に四つ目。
他の子を好きになったら嫌だよ♪』
封筒に入っていた流華の手紙を読み終えた。
奇妙な言い方をしたり普段言わないような事を書いたりと俺を励まそうとする意図が見て取れる。
泣き腫らした俺の目からはもう涙は流れず、一文一文を淡々と冷静に眺めた。
手紙と一緒に入っていたのはこれからの行動を示した紙。どこに行って何をすればいいか、それが事細かに書いてある。
流華は最初からこうなる事を知っていた。俺が婿入りし実情を解消しようとした所で無理だという事も分かっていた。
今思えば、俺が婿入り出来たのは斎条龍玄にとって好都合だったからだろう。
ただの一般人、何の後ろ盾も無い俺なら、殺人犯に仕立て上げるのは容易い。
手紙を握る手が震える。自分の愚かさに呆れ果てる。
流華は俺の行為を否定しなかった。
無駄だと分かっていた俺の行動にいつも笑顔で見送り、帰りを迎えた。
その笑顔の裏には最初から死ぬ覚悟があったなんて俺は知らなかった。
……無力だ。
彼女と並んで歩きたくて勉強に励んだ、服装や髪型に気を遣った、自分の研鑽を続けた。
そして彼女に受け入れられた時、ようやく並べ立てたと思った。
今思えば笑える話だ。
並び立ててなどいなかった、それどころか俺が頑張っているつもりでいた間に流華はずっと俺と瑠々を守る事を考えていた。
俺と瑠々が大切だから、家族だから。
だが今はその向けられた愛情がただただ痛い、苦しい程の罪悪感が俺の中に込み上げる。
流華、俺はお前に何もあげられてはいないよ……。これからだ、これから君にもらった沢山のものを……返していくつもりだったんだ……。
自分の手を強く握ろうとしたが数時間前までとは違い力が入らず拳はただ震えるだけだった。
急がないと……。ここがいつ見つかるか分からない。
虚無感にまみれる体を無理やり奮い起こし今自分がすべき事のために行動を開始した。
◇
それから数日間、俺は手紙に書いてある伝手を辿り様々な場所へ赴いた。待っていたのは斎条龍路と親交が深かった裏社会の人間。彼らは生前斎条龍玄に随分と世話になったらしく俺達のために無償で動いてくれた。新しい戸籍の偽装、苗字と名前の変更、そして整形のための闇医者の紹介、更に斎条龍路が残した隠し遺産の相続手続き。
感謝してもし切れなかった。
俺は別人になった。
苗字を御代、名前を明良に。顔も元の面影も無く変わり完全に過去の自分を捨てた。瑠々は名字だけを変えた。幸い赤子だったため顔は変えずに済んだ。本当なら名前も変える所だったがあの子には出来るだけ本当の自分を保っていてほしい。その思いがその選択を取らせた。
……そして、流華は貿易のための輸出船で海外の病院へと送られた。船内には船員のための治療設備が整っており航海中の心配も無い。
『これからどうなさいますか?』
一号が俺に聞く。
あれ以来こいつは前の調子で振る舞う事をしなくなった。
変わらない声のトーンに生気を失ったような目が正式に組み込まれた間島シリーズの一員である事を示していた。
流華が刺されていたあの現場で俺を守った事、そして今日まで俺に協力し付き従っている事から斎条家に戻り俺の情報を持ち帰るなどの害を為すつもりは無いようだ。
警戒心から変わった姓名も告げず、顔も見せないよう電話のみという形を取ってはいたが今日遂に自分の新しい姓名を明かし、数日振りに顔を向い合せ話している。
変わった俺を見ても一号の表情は何一つ変わらない、単純に言って不気味だった。何を考えているのか分からない、それは何か害意を持っているんじゃないだろうかという排除した可能性がまた自分の中に浮上する事と同義だった。
『その前に一つ聞きたい。お前はまだ……俺の従者でいるのか?』
俺はもう間島の人間ではない。ともすればこいつが俺に従う義理など無い、抱いた不気味さが生み出した疑問を俺は一号に問う。これは……俺と一号の関係性に関わる今後の命運を分けた重要な質問だ。
『間島シリーズは一度主と定めた方を永遠に守り、その方の命令に従う道具です。 姓名が変わろうが顔が変わろうが、貴方は私にとっての主であり私は貴方の従者です』
『……なるほどな』
一号の答えでまた一つ理由が分かった。何故こいつが主の立場ではない二号の協力を受けたのか。そ
れに乗る事が俺を守る事に繋がるからだ。あの時一号が来ていなければ俺は警察に拘束されていた。もしそうなっていたらどうなっていたか、まずは現状のように俺は斎条の人間ではなくなるだろう。そして次に待っているのは死だ。斎条龍路の息が掛かっている警察内部の人間が俺を始末、笑えない話である。
つまり、斎条家の後ろ盾を失おうとした俺を目の前の男は救ったのだ。その事実は何よりも信用に値するものだった。
『まぁ……元々お前を手放すつもりは無いがな』
こいつは今の俺の実情を知る数少ない一人、こいつが情報を漏洩するとは思えないが可能性として排除出来るものは出来るだけ排除したい……いや、する予定だった。
『命令する。お前はこれから秘密裏に斎条家に関する情報を集めろ』
『了解しました。明良様は?』
『俺は相続した遺産を元にまずは金を増やす。何をするにしてもまずはそこだ』
そして斎条家を、いや斎条龍路を潰す算段を立てる。
七権者を相手にするとなるとどんな計画を立てても金、人脈、部下は必要不可欠だ。今の俺には上げた全てが圧倒的に足りない。
斎条龍路、必ずけじめは付けさせる……!!!!
無力感と虚脱感は奴に対する殺意へと変貌を遂げその感情は日を増す毎に尖鋭さを増し続けた。
流華を守れなかった無力な俺はもう要らない。
俺は力を得る……、奴に報復出来るだけの力を付ける。
こうして俺の第二……いや、第三の人生が幕を開けた。
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