男の過去 その8
『まず、どうして流華を刺した?』
もっとも聞きたい事、それは流華を刺した動機だった。
『それは、流華様がそれを指示したからです』
『は……? 何を……何を言っている、流華がそんな事を望む訳が無い、ましてやそれをお前らに頼む事も有り得ない!!』
『何故流華様がそれを指示したのか。理由を、説明してもよろしいですか?』
『……あぁ』
俺の言葉に一号は一呼吸置くと話し始めた。
『斎条家の中で流華様が腫物として扱われている事はご存知だと思います。そして、その理由も』
当然知っている。俺はそれを変えるためにこの一年奔走していたのだ。
『ですが、そんな状況でありながら流華様は今日まで斎条家から始末される事はありませんでした。その理由はご存知ですか?』
『それは斎条龍路が……』
そこまで発した所で俺は口を閉じる。
違う、斎条龍路が手を回して流華を守っていたなんていう事は有り得ない。
何故なら俺はさっき見ている、あの男が流華と俺を始末しようとしたのを。あいつが今日まで流華を守っていた訳が無い……。
『まさか……』
斎条龍路でないなら誰があの家での流華の生活を保障していたのか、あれだけの不満が充満していた家で流華に手を掛けさせないようにしていたのか。
そんな事が出来るのは現当主の斎条龍路を除いては一人しか考えられない。
『そうです。龍玄様が、今日まで流華様を害から守っていたのです』
『そんな……じゃあ……俺がしていた事は……』
一号の目を見た。その目は口よりも全てを語っていた。
『何だよ……それ……!!!!』
呻いた、合点がいってしまったから。
斎条龍玄、流華の父親は流華を裏から手を回し始末されないようにしていた。
それが子に対する愛故なのか罪悪感から来ているのかは分からないがとにかく奴は流華に対しそういった意味では少なくとも好意的だったはず。
そうでなければ流華は生まれる前の段階で始末されているはずだ。
流華もそれを分かっている。自分が実の父親に守られていた事を知らなかった訳が無い。
俺は斎条家の流華に対する目を変えたかった。そのために必死で使用人達との溝が埋まるように動いた。
だけど……無意味だった。幾ら溝が埋まろうが、流華に対する目が変わろうが、あの家には斎条龍路が存在している。流華の出生事情によって印象は最悪、それに加え奴の圧力があれば家の人間は誰も流華と関わろうとしない。流華には軽蔑の目が向けられ続ける。
……でも、それだけだった。軽蔑の目を向けられ、誰も関わろうとしない。
それだけで済んでいたんだ。
腫物扱いされ、切除したい物だった流華は斎条龍玄によって今日まで守られていた。
だから流華は使用人達に陰湿ないじめを受けなかった。義理の父親に消されなかった。
流華に実害を及ぼせば、自分が消される事が分かっていたから。
つまり流華が生まれてから、俺が婿養子としてあの家に入った後も、彼女の父親はずっと自分の娘を守り続けていたのだ。
だが、それは……つまり……。
『流華の父親が死んだら……』
『そうです。抑止力が無くなれば、流華様は……あの家に殺されるという事です』
『……はは、じゃああれか。お前らが流華の暗殺を任されたって事か……?』
『はい、正確にはこの間島二号に命令が入りました』
笑いが出てきた。
こんなに身近にいた暗殺者に気付かない自分に呆れを通り越してしまった。
『そして……流華様自身もその事を知っていました』
……。
『……待て、待て待て待て待て待て!!!! いい加減にしろ意味が分からない!! 流華が知っていただと!? そんな訳が無い、それだったらみすみす刺される訳が無いだろ!!』
知っていたのなら流華は自分を殺す人間を護衛として隣に置いていた事になる。そんな事を彼女がするなど正気の沙汰では無い。
断じて有り得ない。
『信じていただけないのは当然だと思いますが、事実です。流華様は一真様と瑠々様を守るために敢えて殺されようとしたのです』
『俺と瑠々を……?どういう事ださっさと話せ!!』
一刻も早くこいつらの口から放たれた言葉の真意を確かめなければ。
逸る思いで俺は詰問する。
『承知しました』
責める俺に全く動揺を見せる事無く一号は話し始めた。
『龍玄様という抑止力があった事で、今まで龍路様は流華様を始末する事が出来ませんでした。そこで、彼は耐えることにしました』
耐える、その意味の理解は容易だった。
流華という奴にとっての不純物である彼女の除去を彼女の実父が死ぬまでは諦める、そういう意味だろう。
『老衰ばかりはどうする事も出来ません、延命治療を続けても根本の解決にはならない。どうやっても龍玄様の死期は近づいていき……そして、他界しました。龍路様の計画はこうです。前当主が亡くなり、抑止力が無くなったら二号を使い流華様を殺害する。そしてその罪をあなたに着せ、斎条家から追放する。守る人間が居なくなれば赤子の瑠々様も簡単に処理出来ます。どんな方法を使うかは、想像に難くないですが』
言葉が出なかった、聞けば聞く程に一号の喋る事が事実である事が分かる。分かってしまうその事実が俺の心に突き刺さる。
『全てを予期していた流華様は殺害を任された二号に話を持ち掛けました』
『一号、そこから先は私が話す』
二号は一歩前へ出た。
『流華様は仰いました。「私を殺しても構わない。そこに対して何も抵抗はしない、ただ家族を逃がすために協力してほしい。」と』
『それで……俺と瑠々を助けたって事か』
二号は頷く。
『はい、流華様の策はこうです。暗殺の命を受けている私を敢えてそばに置くことで他の暗殺要員を出させないと同時に龍路様の計画に気付いていないふりをする。そうして自分の策の成功率を上げました。後は作戦を実行するのみ、一真様がご帰宅なさる直前に流華様を刺しそこで瑠々様を抱え部屋を脱出する、事は上手く運びました』
そこまで言われ俺はあの部屋の窓が開いていたのを思い出した。
『一真様の救出は事前に一号に要請をしていました』
『だからあんなタイミングで来たのか……』
『一真様が家に入ってから二分後に私も後を追い、部屋の天井裏に待機していたので』
どうりで良いタイミングで来た訳だ。二人の言葉であの場にあった微かな違和感が払拭出来た。
しかし……当然だが、俺の怒りは払拭できない。それどころかさっきよりも怒りが募っている。淡々と告げられる言葉に、そのあっさりとした口調に嫌悪感が増す。
『言い分は分かった……だが、まだ一番大きな謎が残ってる。お前は何で流華に協力した?お前はあの男の部下なら、その行動の意味が分からない』
二号は龍路から流華を殺害するよう指示された。
指示されたという事は二号は龍路の駒だったという事だ。
つまり二号の本当の主は流華でなく龍路だったという事になる。
龍路の思惑を乱すような行動を従者である人間がするのは矛盾だ。
『確かにその通りです。私は本来の二号ではなく無理やりその席に押し込まれた物、正式に配属される予定だったアレはどうなったのか、私も知りませんが……ともかく、私は龍路様によって差し向けられたあなた達にとっての「敵」でした』
『だったら……!!』
『そうです。意味が無い、メリットが無い、それどころか……自分の主人に泥を塗るような行為を私は犯してしまいました』
そう言う二号の表情は数秒前まで一瞬も変化が無かった無表情が少し変化した気がした。
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