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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
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第十五話 委ねる息子と願う女


「ミア、俺はジョシュアと書架の整理をしてるから、何かあったら図書室においで」


「はーい!」


 元気な返事を背にサヴィラはミアの部屋を後にする。ミアは今日もシルヴィアと一緒に父が建築したラビちゃん用のドールハウスでママゴトをして遊んでいる。シルヴィアも母のアマーリアやリリーに頼んでぬいぐるみに服を作って貰ったようで、二人で着せ替えごっこをしつつ楽しそうにしている。

 ミアは外で遊ぶのも好きだが、ああして家の中でママゴトをしたり絵本を読んだりするのも好きだ。家には女の子がいなかったので、シルヴィアは良い友達になったようだ。シルヴィア自身もその生まれ故にまわりには大人ばかりで友達と呼べる存在はミアが初めてのようで、二人の仲はとても微笑ましい。

 シルヴィアの兄であり、次期領主様でもあるレオンハルトはジョンと大層、仲が良いのだが生憎、ジョンが留守にしている今は庭で仕事をしているルーカスのあとにくっついて回っている。なので最近の彼は庭仕事に精を出しているかネネたちが遊びに来れば彼らと庭を転げまわるようにして遊んでいてとにかく元気だ。ちなみに彼らの母のアマーリアはついに皿を割り過ぎて厨房に出入り禁止侍女のリリーによって言い渡され、今はプリシラの話し相手をしている。

 サヴィラは一度、自室に寄って返却予定の小説を三冊ほど腕に抱えてから図書室へと向かう。

 北側にしか窓がないので廊下は年中薄暗いけれど、階段に差し掛かると南側の真正面に大きな窓があってそこから秋の穏やかな日差しが差し込んでいる。夏ほど眩しい訳ではなく、穏やかな金色を孕む秋の日差しは少しだけ物悲しさを纏っている。


「……父様がなにかやらかしたのかな」


 内心でありえない話じゃないよなぁと破天荒な父にため息を零して、止まっていた足を動かす。

 広い図書室は、蔵書がどんどん増えていてリックとサヴィラを中心に整理されている。父が興味のあるものは全て買ってくるので本棚からは本が溢れ返りそうな勢いで、棚を新たに幾つか増設した。

 ジョシュアはどこだろう、と探せば窓際に置かれた椅子に座り、手紙を読んでいるようだった。


「ジョシュ?」


「ああ、サヴィ、来てくれたんだな、ありがとう」


「父様が何かやらかしたの?」


 開口一番のサヴィラの問いにジョシュアはセピア色の瞳をぱちりと瞬かせると、ははっと声を上げて笑った。


「違う違う、この手紙はウォルフからのものだ。マヒロは連絡がないから、何もやらかしてはいないさ」


「そう? ならいいけど……それで話って何?」


「泉で見つけたものの話をしておこうと思ってな」


「泉って、ジョン達が行ってるカロル村の?」


 ああ、と頷いてジョシュアは手紙を封筒に戻す。手の中で消えてしまったそれはアイテムボックスに収納されたのだろう。

 ジョシュアは、何をどう言ったらよいか悩んでいるようだった。幾つもの言葉が彼の中で渦巻いているのだろうが、彼がサヴィラに伝えたいことを形にするのがどうやら難しいようだ。

 サヴィラは、どうしようかな、と言いあぐねているジョシュアから手に持っていた三冊の本に視線を外した。先に返してきてしまおうか、でも、話の途中でどこかに行くのもな、と首を捻る。


「……ミアには、まだ黙っていて欲しいんだが」


 やっぱり先に返しに行こうと一歩を踏み出そうとしたところでジョシュアが口火を切った。

 顔を向ければ直向きなセピア色の瞳がサヴィラをじっと見据えていた。


「………………マヒロの妻だと名乗るユキノという女性を保護したんだ」


 ひゅっと息を飲んだ音がまるで他人事のように聞こえた。ばさばさと手に持っていた本が足元に落ちていく。


「……母様が?」


 ジョシュアは瞬きを一つして頷いた。

 サヴィラは足元に散らばった本を跨いでジョシュアに駆け寄る。


「け、怪我は? 体が弱いって父様は言ってたけど、具合は? 一人でそこにいたの?」


「お、落ち着け、サヴィ。怪我はないし体調も問題ない。それにマヒロの弟と執事、それにイチロの兄も一緒だ」


 ぽんぽんと両肩を優しく叩かれて、サヴィラは少しだけ冷静さを取り戻し、深呼吸を一つして改めてジョシュアに顔を向ける。


「マチとマサキも一緒なの?」


「やっぱりお前は知ってるんだな」


「だって父様、兄馬鹿だし……俺とミアがねだれば嬉々として話してくれたから」


「それも、そうだな。俺にもいくらかは話してくれているし……ただな、俺たちもお前もミアもマヒロの話でしか知らないだろう?」


 なんとなくジョシュアは言い辛そうだった。

 言葉の意味を察するに、父の妻だというその人が偽物か本物か分からないということなのだ。だが、サヴィラに話をするということは、全くの偽物という訳でもなく、おそらく発見者のウォルフたちやジョシュアは本物だろうと推測しているのだろう。とはいえ、父の立場を考えれば、間者という線も決して捨てきれないのも確かだ。彼らにはこの町を守る義務があって責任がある。おいそれと、はいそうですか、と迎え入れるわけにもいかないのも分かる。

 だが、サヴィラは血こそ繋がっていないが、マヒロの息子である。


「……俺、真偽を見定める方法、一つだけ知ってるよ」


「え?」


「俺とミアは母様の話を聞くのが好きだから、よく父様にしてもらっていたんだ。その時、ミアが「もしママがパパがお仕事行ってる時に尋ねて来たらどうすればいい?」って……そうしたら父様が、父様の故郷の言葉である質問をしてごらんって言ってたんだ。俺たちは答も知っているから、母様が本物ならその質問だけで分かる」


 ぱちり、とジョシュアが目を瞬かせ、口をはくはくさせている。


「父様の故郷の言葉はとても難しい言語だし、ナルキーサス様とかクロードさんみたいな博識な人さえ知らない言葉だよ。それに父様はこの屋敷では見た目に隠蔽を掛けている人間は入った瞬間にそれが解けるように仕掛けしてるんだ。母様が偽物なら、この屋敷に一歩踏み入れた瞬間、隠蔽魔法が解けちゃうよ」


「そんな魔法まで掛けられてんのかこの屋敷……」


「うん。実験がてら色々と試してるみたい」


「それ、俺たちには大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫って言ってたよ。特にプリシラが妊娠してからは未完成のものは片っ端から外してたし、ミアとかリースもいるから元々危ないものはないよ……あ、隠蔽解除のやつは完成してるからちゃんと発動するよ」


「そうか……」


 そう呟いてジョシュアは考え込むように顎に手を当て眉間に皺を寄せる。


「……今日、ウォルフが町に来られるかどうか体調面で大丈夫かという話をユキノたちにしている予定だ。だからもし来るとすれば、馬車の手配やら何やらで最短で明後日の午後だな……。お前が言う質問の件と屋敷の魔法の件、上に通してきても良いか?」


「構わないけど……もし母様が本物だったとして滞在先はどこにする予定だったの?」


「孤児院の予定だ。ここには領主夫人がいるからな。やっぱり最終的な判断はマヒロとイチロを頼るしかない」


「そっか……」


 サヴィラは、床に散らばっていた小説を拾い上げながら返事をする。

 マヒロの妻が来ることを最も望んでいたのは、ミアだった。ミアはこのことを知ったらどうするだろうか。そう滅多に我が儘は言わない妹だが、あれほど熱心に願っていた母親のこととなるとサヴィラは何とも言えなかった。もちろんミアの味方でありたいし、そうあるつもりではあるが、領主夫人に何かあれば父もジョシュアたちも責任を問われることになってしまう。

 

「……サヴィ、不安とかかないか、大丈夫か?」


 ぱちりと目を瞬かせてジョシュアを見つめる。

 多分、ユキノのことに関してなのだろうとすぐに気が付いて苦笑を零す。


「不安が全くないって言えば嘘になるけど……俺は俺のことよりミアのことが心配かな……。父様は、母様が俺たちを拒絶するようなことは絶対にないって言ってたけど、人の心なんて一番分かんないよ。自分の子だってゴミみたいに捨てる親もいるんだ。夫が勝手に養子に迎えた元・孤児の俺たちを母様がどう思うかは、やっぱり俺にもミアにも本当は分かんないんだ。だって俺たちは、父様の話でしか母様のことを知らないんだもん」


「……なら、やはりマヒロが帰って来るまで会うのはやめておくか?」


 ううん、とサヴィラは首を横に振る。


「会いたい。会ってみたい……あの父様が心から焦がれて世界で一番愛してる人だから」


「ミアはどうする?」


「可能なら俺と一緒に会いたい。孤児院に滞在するなら、どっちみち隠すのは無理でしょ? ネネたちがしょっちゅう遊びに来るし、ネネとかルイスはともかく、その下の奴らが隠し事なんてまず無理だよ」


「確かに……秘密にしておくのは無理か。見つけた時、ジョンがユキノの顔を知っていたから村への滞在も滞りなく整ったんだが、孤児院だと誰が知ってるんだ?」


「んー。ネネ、ルイスはともかくレニーとかアビーとかチビ共は流石の俺も覚えてるかどうかは分かんないや。見せてはもらってるんだけど……ジェイコブとかマーガレットとかそのへんも分からない。父様、男には見せないけど信頼できる女性と子供には割とほいほい見せて自慢してるから」


「そうか……あいつ俺とかレイには絶対に見せてくれなかったんだよなぁ」


 ジョシュアが、はぁ、とため息を零す。

 我が父ながら、奥さんとミアの彼氏のことについては本当に本当に心が狭い。


「…………本物が来るならいいかな」


 サヴィラの呟きにジョシュアが首を傾げる。サヴィラはそんなジョシュアを横目にアイテムボックスから一枚の大き目の紙を取り出して、そっと広げる。

 そこには白い大きなツバの帽子をかぶり、両手でそれを抑えながら振り返るようにして微笑む女性が描かれている。長い黒髪が風に舞い、スカートの裾がふわりと広がる情景は白黒なのにまるでその瞬間を切り取ったかのように繊細で美しい。


「これが母様だよ」


「へ? い、いいのか?」


「だって本物が来るなら隠しておいても仕方ないでしょ?」


「まあ、その通りだな」


 苦笑交じりに頷いてジョシュアの手に母の似顔絵を渡す。

 セピア色の瞳がぱちりと瞬いた。


「綺麗な、人だなぁ……」


 ジョシュアが感動を声に滲ませながら言った。


「父様の奥様だからね。でも……俺も初めて父様のあのロケットの中の姿絵を見せて貰ったとき、ちょっと感動したし、すごく優しそうな人だなって思ったんだ」


 横から覗き込み、そっと紙の中の母に触れる。

 

「これ、借りちゃまずいよな?」


「いいよ。状況が状況だし、その代わり、三つだけ約束。複製しないこと、今日の夕食前には返すこと、見せるのは、団長さんとかレイとか領主様とかだけにしてね」


「分かった、約束だ」


 ほらと差し出された小指にサヴィラはふっと笑いながら自分の小指を絡める。太くて節くれだったジョシュアの指は、剣と鍬を握るからか父よりずっと固いが、同じだけ温かい。

 お互い歌詞はうろ覚えだったので、鼻歌で約束を交わした。

 ジョシュアは、大切に預かるなと告げて丁寧に元通りに折りたたんでアイテムボックスにしまった。代わりに一通の手紙を取り出す。ここ数日で見慣れた「ミアへ」という幼い文字はジョンのものだ。


「今日も来てたから渡してくれ」


「ジョンはマメだね」


「俺の場合、手紙を届けるべき相手を探すことから始まってたからなぁ。シラに手紙はあんまり書いたことはないんだが」


「シラ、最初の頃はこの家の中でも時々、迷子になってたもんね」


「今は出来る限り大人しくしててほしい」


「ん、俺も見てるし、クレアかアマーリア様とリリーがいつも傍にいるから大丈夫だと思うよ」


「そうだな。サヴィにもクレアたちにも本当に感謝してる。最初は一軒家でも買おうかと悩んだんだが、やっぱりマヒロの言葉に甘えて正解だった。一軒家で親子四人きりだったら俺は心配で仕事に行けなかっただろうし、ジョンも手習い所へ行きたいって言えなかったかもしれないからな」


 そう言ってジョシュアは立ち上がる。


「さて、俺は騎士団に行ってくる。また詳しいことは夜、ミアが寝た後でもいいか?」


「うん。分かった、大丈夫だよ。気を付けて、行ってらっしゃい」


「おう、行ってくる。家のこと頼んだぞ」


「任せて」


 サヴィラがしかと頷くと大きな手がぽんとサヴィラの頭を撫でて去っていく。その背を見送り、サヴィラは抱えていた小説を本棚へと戻して、何となくお気に入りの窓際のカウチに腰掛けて窓の外を眺める。

 ルーカスにくっついてレオンハルトが花の苗を運んでいて、そのレオンハルトを追いかけるように護衛のアイリス騎士も肥料の袋を担いでいた。流石は鍛えているだけあって女性と言えども重たそうな肥料袋を軽々と肩に担いでいる。


「母様……どんな声をしてるんだろうな」


 首から下げたお守り代わりの父手製のアイテムボックスを握りしめながら、サヴィラはぼんやりと呟いた。







「……ブランレトゥへ、行ってもいいのですか?」


 雪乃はきょとんとして首を傾げる。

 目の前にはウォルフとカマラが並んで座っている。ここは離れのリビングで、雪乃たちは朝食を終えたところだった。子どもたちは外に遊びに行き、カイトは村長さんの家の畑の手伝いに、園田はキッチンで洗い物をしてくれているのでリビングには雪乃しかいなかった。雪乃は膝の上で丸くなっているタマの羽毛に覆われた翼を撫でながら話を聞いている。


「でも、真尋さんの身分の都合上、私たちはあの人が帰って来るまでブランレトゥに行くのは難しいとおっしゃってなかったかしら」


「まあ、そうなんだがな。一応、俺たちのパーティーはブランレトゥでは指折りの強さは誇ってるんだ。俺自身も来年にはAランクの昇格試験を受けようと思ってる身だから、自惚れる訳じゃないが俺たちはブランレトゥにとって大事な戦力なんだ。この間、話した通り、今はブランレトゥの治安維持が冒険者ギルドでも優先されてる。だから俺たちはもう戻らなきゃならねえ」


「でも、ユキノさんたちを置いて行ってもし何かあれば、マヒロ神父様が怒り狂うでしょ? それだけは避けたいのよ。だから私たちの目も行き届くし、より安全な町に居て欲しいの」


「そうねぇ、あの人ったら私とか身内のことに関してどうにも心が狭いのがいけない所なのよねぇ」


 雪乃は、気の短い夫にため息を零す。

 ウォルフとカマラが苦笑を零して、言葉を濁す。どうやらもう既に何か色々とやらかしているようだ。


「ただね、ユキノさんに無理はさせられないから、ユキノさんが行けそうだなと思ったらでいいわ。流石に一か月先とか言われると困っちゃうんだけど」


「お気遣い、ありがとうございます。でも、最近は本当に調子がいいからいつでも大丈夫ですよ。ジョンくんもお父様やお母様に会いたいでしょうし、お父様たちも心配しているはずだもの」


「そうか? なら馬車を手配するから……そうだな、明後日の朝に出立でどうだろうか?」


「お昼の時にでも皆に聞いてみますが、多分、大丈夫だと思います。充さんはどう?」


 丁度、こちらにやって来た園田が「私は賛成です」と頷いた。


「ですが雪乃様の体調が一番です。野宿は避けたいのですが……」


「早朝に出立すれば、休憩を多めにとっても午後のおやつの時間くらいには着くわ。その辺は一応、考慮するつもりではあるけれど、やっぱり盗賊とか魔獣とかもいるから」


「でしたら私とカイト様も警戒に加わりましょう。タマ様がいらっしゃいますので、魔獣の心配は減ると思うのですが」


「あ、そういえばそうだな。タマがいれば魔獣の問題は片付くな」


 ウォルフがぽんと手を打って頷く。

 名前を呼ばれたのが聞こえたのか、眠っていたタマがぱちりと目を覚ます。アメジストのような美しい瞳が雪乃を見あげる。


「タマちゃん、護衛をお願いね」


「きゅるきゅるー!」


 任せてと言うかのように鳴いて、タマは雪乃の手に頭をこすりつけてくる。タマの鱗に覆われた頭はひんやりとつるつるしていて撫でると気持ち良い。


「到着後の滞在先はどのような場所ですか? 非情に残念ながら真尋様はご不在とのことですので我々の正体が真偽不明の今、真尋様のお屋敷には入れて頂けませんでしょう? ですので滞在先の治安ですとか衛生面ですとか設備ですとか詳しく教えて頂けると有難いのですが」


 園田がやや前のめりになりながら問う。雪乃が、充さんと声を掛ければ園田は、はっと我に返って雪乃の後ろに控えるように戻る。押され気味だったウォルフとカマラが、ほっとしたように息をつく。


「ごめんなさいね、充さんったら心配性なものだから」


「失礼致しました」


「いや、執事ってんなら主夫婦のことに敏感なのは優秀な証拠だろ?」


「ええ、充さんは我が家自慢の執事さんよ」


「有難きお言葉、私、これからも誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 感動に震えながら園田が言った。最近、本当に前の調子が戻って来たようで、雪乃は言葉にはせず笑みを返す。

 まだ真尋と一路には会えてはいないが、彼らを知っている人物に会えてその命が確かにこの世界にあることを実感するだけで胸がじわりと温かくなる。


「滞在先は、神父様が設立した孤児院です」


「まあ、夫が孤児院を?」


 一応、知らぬことになっているので雪乃はそれとなく驚いてみせた。

 実はまだ誰も真尋の居間の生活に関する詳しいことや、ミアとサヴィラのことについて雪乃たちには話してくれる様子がなかった。特にミアとサヴィラの件は大事な神父様の大事な子どもたちということで、やはりおいそれと話をするわけにもいかないと考えてくれているのかも知れない。雪乃としては一秒でも早く二人に会って、真智や真咲、園田を含めて家族になりたいと思っているのだが養子というのはとても繊細な話題なので、気を使ってくれているのだろう。


「ブランレトゥの南の壁際には貧民街があって、そこに暮らしていた孤児たちを集めて、冒険者ギルドを運営元として神父様が設立したんだ。子どもたちが暮らす家だから、色々と規制もあってそこに宿泊するには冒険者ギルドで許可を貰わないとだめなんだ。それで滞在費用が安くなるかわりに家族として子どもたちの面倒を見ることになってる」


「小さな子どもが多いのかしら」


「そうね。下はゼロ歳、上は十二歳とかかしら。まだ運営して数か月だし、大きい子たちは炊き出しには来るけど、孤児院へは来ないわね。貧民街での生活基盤が出来上がっているから」


「……まだ小さいのに頑張り屋さんが多いのね。でも、ゼロ歳なんて……」


 どうやっても親の守護が必要な年齢で手放される、捨てられる子供を想うと胸が痛む。偽善と言われてしまえばそれまでかもしれない。捨てた親にだってそうせざるを得ない理由があったのだとは分かっていて。中にはミアの母のようにどうにもならない理由で、泣く泣く子を置いて行った母もいるだろう。捨てざるを得なかった親も、捨てられてしまった、遺されてしまった子もどちらの境遇も言葉にし難い悲しみや不安があった。

 ちらりと園田に視線をやれば彼は寂しそうに目を伏せて彼らの話に耳を傾けていたようだ。孤児たちの境遇に思う所があるのだろう。


「でも、乳児のほとんどは養子として引き取られているわ。今は神父様が留守だから養子縁組は一旦停止になっているけれど。養子縁組をするには最終的に神父様の面接を受けないとならないから」


「あの人、嘘には鼻が利きますものね」


「ええ。見目の良い子を狙って潜り込んだ女衒も何人か騎士団に引き渡してたしね」


 カマラがケラケラと笑いながら頷いた。

 雪乃は、ウォルフが先ほどから何か言いたげに唇をむずむずさせているのに気付いた。いよいよミアとサヴィラについて教えてくれるのだろうか、それとも別の話だろうかとそわそわしながらその時を待つ。

 けれどなかなかウォルフは話して呉れず、カマラから孤児院についての説明を聞き終え、隣にあるという冒険者御用達の宿、山猫亭についても聞き終えて、漸くウォルフが口を開いた。


「……先に、言っておかなきゃなんねーことがあるんだが……」


「ウォルフ、あのことはまだ」


「でも、行けばバレるんだ。孤児院にはあいつの家族が住んでるんだし」


「それは、そうだけど」


 ウォルフを止めようとしたカマラにウォルフが冷静に返す。雪乃はついつい零れそうになる笑顔をぐっとこらえて神妙な表情を繕うのに集中する。


「……その、マヒロ神父様は、ええっと……子どもを二人、あの、引き取った、んだ」


「引き取ったっていうのは、養子として迎え入れたということかしら」


 漸く、雪乃が聞きたくて聞きたくて仕方がなかった話題を口にしてくれたことに内心で歓喜しながら、驚き顔で問い返す。


「ミアとサヴィラって言うんだ。ミアはユキノと同じ兎の獣人族で六歳の女の子、サヴィラは蜥蜴系の有鱗族で十三歳の男の子だ。お屋敷の方でジョンたちと一緒に暮らしてる」


「ミアちゃんとサヴィラくん」


 ああ、本当に本当に存在していたのだ、とウォルフの口から紡がれた名前を反芻する。


「二人とも貧民街の孤児だったんだ。色々と事情があって神父様が二人を引き取って今は親子として一緒に暮らしてる」


「町に行ったら、会えるのかしら」


「嫌じゃ、ないのか」


 ぽかんとした表情を浮かべてウォルフとカマラが雪乃を見ている。


「どうしてです? 真尋さんの子なら私の子だわ」


こちらを見上げるタマに視線を落として、小さな頭を指先であやすように撫でる。くるる、と鳴いてタマは気持ちよさそうに目を細めた。


「……諦めて欲しいって言われていたんです。私は子どもを産むには体がポンコツすぎて……真尋さんの立場や家の事情を考えるととてもではないけれど、養子を取るのも不可能でした。きっと、子育てとか家族とかそういう理由じゃなくて遺産とか相続とかいう理由で名前ばかりの養子縁組ならそのうちあったかもしれませんけれど……子どもを迎え入れること出来なかったんです。私に子どもが産めれば、寂しがり屋のあの人に残せるものがあるのに、と悔しくて……でもちぃちゃんや咲ちゃんが僕たちがいるよと言ってくれて、本当に優しい兄弟です」


「なら、ユキノさんは会いたいと言っていると上に伝えておく」


「あの……ちぃちゃんと咲ちゃんには私からお話させて頂いても良いですか?」


「それはもちろんよ」


「ありがとうございます。……あの子たちも色々あってここまで来てしまったものだから」


 目を閉じれば、両親を拒絶して泣き縋る双子の姿がありありと浮かび上がる。

 正直、一人ではなく二人同時に夜泣きや徘徊や我が儘と色々あり過ぎて体力的にキツイと感じたことも倒れそうになったこともあった。それでも雪乃は耐えて、ただ微笑んで二人を抱き締め続けた。自分が倒れたらそこで双子も園田も壊れてしまうような気がして、気合だけで乗り越えていた。

 真尋にとってそうであるように、雪乃にとっても真智と真咲は愛しい我が子のような存在なのだ。出来れば、今、ジョンと共に外を飛び回り、そこに咲かせている笑顔を守りたい。


「ミアちゃんとサヴィラくんは、私たちを受け入れてくれるかしら」


「二人ともすごく優しい子だぜ」


 雪乃の呟きをウォルフが拾い上げてくれる。顔を上げれば優しい微笑みをウォルフは浮かべていた。


「……本人かマヒロ神父様から詳しいことは聞いた方がいいと思ってるから深くはあれこれ言わないけど……サヴィラは十三歳なんてまだガキなのに孤児を集めて、墓場で命がけで働いて養ってたんだ。ミアも母親が失踪してから、ずっと弟を守るために働いてたんだ。弟は……インサニアの事件で天国に逝っちまって、それでマヒロ神父様が引き取ったんだ。サヴィラはそれから一か月と少し後だったかな」


「二人ともね、本当に良い子なのよ。サヴィラは賢くて、魔法も凄く上手でね将来有望な美少年よ。ミアちゃんはすっごく可愛い女の子でね、マヒロ神父様もサヴィラもデレデレなの。マヒロ神父様の口癖は「ミアは嫁にやらない」なんだから」


「まあ、ふふっ、あの人らしいわ」


「今のところ一番の候補は、そこで庭を駆けまわってるジョンだぜ。ジョンは良い子だし、神父様もめっちゃ可愛がってるんだけど、それとこれとは話が別らしくてよく唸ってる。でもミアも憎からず思ってるみたいだな」


「あらあら」


「真尋様の御子、ということは坊ちゃまとお嬢様になるわけですが……きっと真智様と真咲様と同じように真尋様と雪乃様に似ておいででしょね」


「充さん、うっとりしているところ悪いけれど、ちぃちゃんと咲ちゃんは真尋さんの弟だからあれだけど、サヴィラくんとミアちゃんは残念ながら血は繋がっていないから容姿は似ないのよ」


「くっ、やはり早急にカメラの開発を急がねばなりませんっ。きっと真尋様も海斗様もご協力してくれることでしょう!」


 拳を握り厚く決意を固める園田を早々に諦める。

 ウォルフとカマラは、虚空を見つめてうっとりしている園田をちょっと引き気味に見上げている。雪乃たちからすると割といつものことなのだが、初めて見る人にはさぞ奇妙に映っていることだろう。


「ごめんなさい。真尋さんへの忠誠心と愛情をこじらせちゃってるんです。害はないから安心してくださいまし、本当に優秀な執事さんですから」


「そ、そうか。うん、マヒロ神父様は変なのに好かれやすいしな。よし、そうと決まれば俺は馬車を手配するな」


「あたしたちももう一度村の周囲の見回りと泉の最終調査に今日は出かけるけど、村にはランを残すから何かあったらあの子に言ってね」


「はい、分かりました。何から何までありがとうございます」


「いいんだ、こっちの都合で色々と振り回しちまってるし、神父様だって上の都合で領地の端っこまで行かされちゃってる訳だからな」


 そう言いながらウォルフが立ち上がり、ついでカマラも立ち上がる。


「皆さんが強いのは存じ上げておりますが、お怪我のないようお気をつけて行ってらっしゃいまし。ティーンクトゥス様の加護があらんことを」


 雪乃も立ち上がり腰に下げていたロザリオを手に二人に向けてそれを振る。そうすれば、二人の周りにふわりと優しい風が吹いて微かに彼らの髪を揺らして行った。


「ありがとう。やっぱり気が引き締まるな」


「ええ。それじゃあ行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」


「行ってらっしゃいませ」


 雪乃は園田と共に二人を見送る。

 パタンとドアが閉まって雪乃は、笑みをこぼす。


「ふふっ、これでジョンくんがむずむずと言いたそうにしていたお話が聞けるかしら」


「ジョン様は約束を守れる素晴らしい方でございますね。……このあとは、どうしますか? 紅茶でも飲まれますか?」


「いいえ、少し村を散策したいの。付き合って下さる?」


「もちろんでございます」


 にこにこしながら頷いてくれた園田に雪乃も笑みを返して、行きましょうかと歩き出す。

 早く会いたいわ、と期待に膨らむ胸に自然と笑みを深めながら、雪乃は園田と共に玄関へと向かったのだった。








 コンコンとノックの音がして、どうぞ、と返せば水差しとグラスをトレーに乗せた園田が部屋に入って来る。

 雪乃は、お礼を言ってそれらをテーブルに置くように頼んだ。

 ソファに座る雪乃の膝には真智と真咲の頭が乗っていて、すやすやと静かな寝息が聞こえて来る。

 夕食後、湯あみも済ませてからミアとサヴィラの話を改めて二人に話し、ブランレトゥへ行くことになったと伝えたのだ。海斗には雪乃が双子に話している間に園田に話してもらっている。


「海斗くんは?」


「ここにいるよ」


 ひょっこりと海斗が入り口から顔を出し、こちらへとやって来る。


「いよいよだね。わくわくするよ。ジョンから聞きだした情報によれば、一路には可愛い恋人が出来たみたいだし、俺も挨拶しておかないとね」


 小声で言いながら海斗が朗らかに笑った


「あらあら意地悪な小舅になっちゃうのかしら」


「No way! 俺は一路に嫌われたら死んでしまうからね。それに俺の可愛い一路が望んだ子なんだから、間違いなく良い子に決まってるよ」


 優しい笑みをこぼす海斗に雪乃も笑みを返し、膝の上の小さな頭を撫でる。兄弟でそっくりの髪質は、艶々でサラサラだ。子どもである分、髪が細く真尋よりも少しだけサラサラしている。


「真智様と真咲様は、なんと?」


「楽しみにはしているみたいだけれど、やっぱり少々の不安はあるみたいね……先日ね、咲ちゃんが私に言ったの。ミアちゃんとサヴィラくんはお兄ちゃんの子だけど、僕たちはそうじゃないって……」


 園田が痛まし気に眉を寄せ、海斗がソファのひじ掛けに軽く腰掛け、真咲のお腹をぽんぽんとあやすように撫でる。


「もちろん、私も真尋さんも愛しているのだと伝えたのだけれど、やっぱり消化しきれないみたいで……私の愛情がというよりも真尋さんの愛情が信じられないのね」


「真尋様は親馬鹿と称して差し支えないほど、お二人を溺愛しておいでです」


 園田が弁明するように言った。雪乃は、もちろんよ、と頷く。


「でも、ここにいないし、真尋さんは突然いなくなってしまったでしょう? それが双子ちゃんにとってとてもとても怖くて辛いことだったの。お父様よりお母様より、愛してくれて護ってくれていたお兄様を喪ったんだもの。そして……ボロボロの心を粉々にするようにあんなことがあって、怖くなってしまったのね」


「元々、俺と一路は親友だけど他人んちのことだからって口出しはしなかったけど、真尋の両親は親に向いてないっていつも思ってた。おばさんは、……同情の余地もあるし、限界だったんだろうと思うからそんなに責められないけど、親父さんはだめだ。俺、真尋が親父さんに向かって父さんって呼んでるの聞いたことないぜ」


 海斗の眼差しに少しだけ剣呑としたものが混じる。

 海斗は双子のことも弟のようにとても可愛がってくれていたからこそ、双子の心を思えば彼らの両親に怒りを覚えるのだろう。

 雪乃とて家庭内の全てが円満だった訳ではない。体の弱い雪乃の将来を両親は憐れんで諦めてはいたけれど、愛されていないと感じたことは無い。愛しているが故の哀しみであることを雪乃は重々承知していたし、真尋と籍を入れた時、揉めたし反対もされたが最終的には泣きながらおめでとう、夢が叶って良かったねと言ってくれた。

 でも、真智と真咲、そして真尋はどうだろうか。両親と共に過ごした時間は彼らの人生でほんの僅かなものだ。雪乃や一路、海斗や園田、果ては学校の友人と過ごした時間のほうが圧倒的に長いし、濃いものだろう。

 真尋は、ミナヅキグループの取締役とその後継者として父親に接することは難なくこなしていたが、息子として父親に接することは壊滅的に下手くそだった。そしてそれは逆もまた然りだ。


「きっと、真尋が帰って来て二人を抱き締めれば、双子の心だって安らぐよ」


「そうね。今はまだ待つしか出来ないけれど……それが必要な時もあるのよね」


「ああ。ほら、俺たちがベッドに運ぶよ」


 ぽんと頭を撫でられて、雪乃は小さく笑みをこぼす。海斗は雪乃にとっては兄みたいなものだった。

 海斗が真咲を、園田が真智を抱き上げてベッドに運んでくれる。雪乃は園田が持ってきてくれた水差しとグラスの乗ったトレーを手に彼らの痕に続きベッドの方へ移動する。ベッドの脇のサイドテーブルにそれを置いて二人を振り返る。


「明日は、出立の準備だけど、馬を貸してくれるって言うから馬具とかの仕度は俺が確認しておく。雪乃たちは片付けと荷造りだな。みっちゃんは、雪乃たちについていつも通りサポートを頼むよ」


「はい、お任せくださいませ」


「よし、じゃあまた明日。Goodnight」


「おやすみなさい、海斗くん、充さん」


「おやすみなさいませ、雪乃様」


 ひらひらと手を振る海斗に続き、軽く一礼した園田も部屋を出て行く。雪乃は、指を振って灯りを落とし、ベッドに上がってそっと二人の間に横になる。すると無意識のうちに小さな手が動いて両側からぎゅっとぬくもりを求めるように雪乃に抱きいて来る。少しだけ身を動かして、双子の額にそれぞれキスを落とし、おやすみ、と告げて天井を見上げる。

 外から差し込む月明かりが、ぼんやりと闇を照らしている。風が庭の木々を揺らす音が聞こえて、どこか遠くで狼の遠吠えが響いている。


「どうか……ちぃちゃんと咲ちゃんが心穏やかに過ごせますように。早く帰って来て下さいね、真尋さん」 


 囁くように夫に願い、雪乃はゆっくりと目を閉じた。



――――――――――

ここまで読んで下さってありがとうございました!

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漸く雪ちゃん達がブランレトゥに訪れる日程が決まりました!

とはいっても次回は真尋さんたちのターンの予定です(予定)


次のお話も楽しんで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続き首を長くして待たせて貰いますね・・・。
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