プロローグ
昔、昔の話である。
かつて、この世界には初代魔王と呼ばれる存在がいた。
勇者と魔王の戦いは激しく、長い激闘の末、ついに勇者は仲間たちとともに初代魔王を討ち果たした。
――かに、見えた。
しかし、その戦いの最中。
魔王は死の間際、最後の力を振り絞り、恐るべき奥の手を放った。
その一撃をまともに受けた勇者たちは、瀕死の状態に陥った。
勇者パーティは、ほぼ壊滅状態だった。
誰もが傷つき、魔力も、体力も、そのほとんどを使い果たしている。
そんな中、勇者は仲間たちを見渡した。
――そして。
唯一、まだ息をしているように見える仲間の魔法使いへ、勇者は声を振り絞った。
「……なあ。まだ生きてるか?」
「……っ、ぐ……。まあ……まだ、生きていたのね……」
「俺は気づいてるぜ……さっき、間一髪で俺に防御魔法を使ったこと」
「……ふん。たまたまよ」
「たまたま、ねぇ……」
勇者は、かすかに笑った。
「じゃあ――イリス……最後に一つ、頼みがある……」
「……また、『最後のお願い』かしら?」
「ああ。今度こそ本当の本当に最後だ」
「……あなたの『最後』は、いったい何度目かしらね」
「さあな」
「……せめて、俺たちが死んだ後も、人々が安心して暮らせる場所を残してほしい」
「ちょっとでもいいから。……できる?」
イリスは、しばらく黙って勇者を見つめた。
「……できなくはないけど」
「できるんだ?」
「できるとは言っていないわよ」
「できそうもない?」
「……」
勇者は少し考えてから、困ったように笑った。
「君にしか、できそうにないんだけどなあ」
「……そういう言い方をすれば、私が断れないと分かっているんでしょう」
「うん」
「即答するな、バカ勇者」
勇者は悪びれる様子もなく笑った。
「じゃあ、お願い」
魔法使いは深いため息をついた。
「……本当に、あなたは昔から変わらないわね」
「分かったわ。できる限り、やってみましょう」
「ありがとう、イリス」
「……ありがとう…………」
イリスは、勇者の願いを受け入れた。
そして――残された力のすべてを使い、最後の魔法を唱えた。
イリスはゆっくりと杖を掲げる。
杖の先には、一つの魔石が嵌め込まれていた。
それはまるで、夜空の星を閉じ込めたような石だった。
その奥では、七色の光が静かに揺らめいている。
やがて魔石は、夜空を照らす星のように煌めき始める。
「――約束しましょう。あなたが望んだ世界を」
イリスは杖を高く掲げた。
「――今ここに、我が力のすべてを捧げる」
そして――
「フォルティシア」
イリスが静かに呪文を唱える。
次の瞬間。
杖の先から放たれた光が、空へと駆け上がった。
それは一筋の光となって、天へ伸びていく。
やがて――
赤、青、緑、黄、白、黒、紫。
七色の光が夜空を駆け巡る。
そして、それぞれの光は無数に枝分かれし、夜空を埋め尽くしていった。
光は大地を越え、山を越え、海を越えて広がっていった。
いくつもの村を包み込み、街を包み込み――
やがて、その光は大地の果てまで覆っていった。
人々が安心して暮らせる場所を。
魔物の脅威から守られた場所を。
勇者たちが命を懸けて守ろうとした、この世界を。
イリスは、最後に残されたすべての力を使って――
世界を、結界で包み込んだのだった。




