知りたくなかった
なんとなく気まずくても、次の日はやってくる。
俺は憂鬱な気持ちで職場へ向かった。
「おはようございます」
挨拶と共に休憩室に入る。
何人かから返事が返る。
奥に、先輩の後ろ姿が見えた。
ズキッとして、立ち止まる。
何が痛かったのか……自分でもよくわからない。
でも、反射的に俺は目を逸らして、端の方で着替えを済ませ、足早に売り場へと出た。
この日、俺は意識的に先輩を避けていた。
それでも、先輩が新人の子と話しているのは何度か見かけた。
俺はただ遠くから、それを見つめていた。
そのたびに暗い感情が、胸の奥でざわめく。
ぎゅっと拳を握りしめるしか、出来なかった。
仕事終わり、足早に帰ろうとする。
「お疲れ様でした」
そう言って休憩室を出ようとしたところに、先輩が間に合ってしまった。
「雪?……なんでお前帰ろうとしてんの?」
なんて返していいかわからない。
「いや、なんか……体調悪くて……」
完全な嘘ではない。
胸の中のざわめきとか、気持ち悪さが止まらない。
「えっ、大丈夫……」
そう言って近づいてくる先輩から、俺は一歩引いて、逃げてしまった。
「……え?」
先輩の動きが止まる。
俺はハッとして先輩を見上げた。
先輩の顔が、悲しそうに歪む。
また、胸がズキッとする。
でも、俺は素直にはなれなかった。
……だって、先輩が……。
そう、言い訳を考えた自分に驚く。
俺は、頭に血が上るのを感じた。
何も言わずに、先輩の横をすり抜けて、走る。
そして、走りながら、考えた。
俺、なんて思った……?
『だって、先輩が……あの女の子と仲良くしてるのが悪い』
急に恥ずかしくなった。
立ち止まって、顔を押さえる。
「……嫉妬……してる……?」
そんな感情、物語の中でしか知らなかった。
今まで読んだ物語の中にはたくさんあった。
でも、それがどんな気持ちかなんて、初めて知った。
こんなにも……苦しくて、醜い、感情。
「……知りたく、なかった」
ぽつりと呟き、とぼとぼと歩き出す。
不意にスマホが鳴る。
……先輩からだった。
俺は無言でその画面をただ見つめていた。




