11.なんでもない、日常の先には。
あの日以来、俺と先輩はまた一緒に帰るようになった。
喧嘩する原因となった新人の子も独り立ちして、先輩と関わることも少なくなった。
「なぁ、雪。明日休みだし、今日は少し遠いけどこのカフェ行ってみないか?」
仕事終わり、先輩がスマホの画面を見せながら話しかけてきた。
着替えをしながら、俺がのぞき込むと少し前にオープンして話題になっていたブックカフェだった。
先輩らしいなと思う。
「いいですよ。俺も行ってみたかったし」
「じゃ、早く行こうぜ」
待ち切れないように先輩は大急ぎで帰り支度を始める。
「そんな慌てなくてもカフェは逃げませんよ」
俺も笑いながら、少し急いで支度する。
「カフェは逃げないけど、席はなくなるかもしれないっ」
と、先輩は大騒ぎしていたけど。
「……待ってる時間も一緒にいられますよ」
俺は先輩のジャケットの袖をちょんと引っ張った。
先輩の動きが止まる。
俺の方に向き直った先輩は少しだけあたりを確認してから、俺にキスをした。
「っ……」
先輩の腕をぎゅっと掴む。
……慣れたつもりだけど、慣れない……っ
いつまでたってもどきどきしてる。
顔を離した先輩は少し照れながら俺を見た。
「雪……っ」
「はい?」
「なぁ……一緒に暮らさないか?」
時が止まったかのように、沈黙が流れた。
俺は言葉が詰まって何も言えなくなってしまった。
「……雪?……嫌?」
耐えきれなくなったのか先輩が恐る恐る俺をのぞき込んだ。
はっとした俺はそのまま先輩に抱きついた。
「嫌なわけっ……あるわけないじゃないですかっ」
先輩の体から力が抜けるのがわかった。俺は力いっぱいに先輩を抱き締める。
「嬉しいです……っ」
「……良かった」
先輩の手が俺の背中をぽんぽんと撫でた。
俺は先輩の頬を両手で包んで、じっと見つめた。
「先輩……好きです」
先輩の口元が綻んで、同じ言葉を返す。
「俺も、好きだよ」
俺はそのまま先輩の唇にキスをした。
それがなんでもない日常であることに幸せを感じながら――




