24 第13話:地獄の大王
ネカフェに帰って、ぐっすりと眠っていた俺を電話の着信音が叩き起こした。
寝ぼけ眼を手でこすって、あくびをする。時間を確認すると、もう午前11時だった。帰ってきたのが夜の0時ぐらいだったため、だいぶ長い時間寝ていたらしい。
マインデバイスを確認すると、『羽山』と表示されている。
「おはようございます、羽山さん。こんな朝早くからいったいどうしたんですか?」
「緊急の用事ができたため、電話をかけさせてもらった」
俺の『朝早くから』というボケは華麗にスルーされた。
生活が不規則なのはストリーマーあるあるだから、いちいち反応していたらキリがないのだろう。
「緊急の用事ですか?」
「実は、今GLORIAさんが本部に来ている。Neoに会いたいらしい」
「莉亜が…………?とにかく丁重に断っていただけませんか?」
「もちろん断ったが、聞き入れてもらえなかった。ネオは来月のAR大会にむけてアーティスト部門の方々を誘っているから忙しい。と言ったら、自分も手伝うと申し出てきた」
俺は思わず天を仰ぎ見る。しみのついた天井が見えた。
昨日会ったばかりなのに、また会いたがるのはどう考えてもおかしい。そうすると理由は一つしか思い浮かばない。
「ネオの正体が俺だってことがバレたんですか?」
「いや、流石にそこまでわかっているとは思えない。だが少し勘づいているのは確かだろう」
「まじですか………俺、なんかミスりましたかね?」
「私から見れば全く違和感はなかったが………長年ずっと隣で活動してきたGLORIAさんには分かるものがあるのかもしれない」
長年連れ添ってきたというなら羽山も同じだとは思うが、それを言ったらだいぶ落ち込んでしまうだろう。
「わかりました。とりあえずこれから本部に向かいます」
「よろしく頼む」
俺が通話を切ろうとすると、羽山が『eNM@』と書かれたデータを送ってきた。stream社に所属しているアーティストの個人プロフィールらしい。
「これはいったいなんですか?」
「何日後かに会う予定だった、アーティスト部門でソロで活動しているeNM@(エンマ)さんだ。今日会ってもらうことになった」
「突然ですね」
「GLORIAさんはeNM@さんとお知り合いらしいからな。GLORIAさんがこちらまで来たのは完全に想定外で動揺したが、せっかく彼女がAR大会の準備を手伝ってくれると言っているのだ。どうせなら利用させてもらおう」
「はぁ………ネオの正体がバレたかもしれないっていうのに、したたかですね」
「eNM@さんは気難しい人と聞いているから、GLORIAさんが協力してくれるのはとても助かるというわけだ」
俺の心労をもう少し鑑みてほしいが、それを言っても仕方がない。
「俺たちは一緒の船に乗っていますからね。あんたの指示には従いますよ」
「一緒の船に乗っているか……たしかに沈没するときは共に沈んでいくという意味では的確だな」
「ゴールはネオが今どこにいるか見つけることです」
「Neoを見つかるのが先か、私たちの船が沈没するのが先かのチキンレースというわけだ」
「今は俺がオールで船を動かして、羽山さんが向かうべき場所を指し示しています。決して指示を間違えないでくださいね」
「もちろんだ。仕事は完璧にやり遂げる」
俺は『eNM@(エンマ)』のプロフィールに目を通す。
個人で活動しているアーティストで、ボーカル、作詞作曲、動画編集全てを自分一人で行なっている。
彼の作る独特の世界観には根強いファンがたくさんおり、ドラムの使い方が特徴的な彼の曲調は『エンマ節』と呼ばれている。
よるねこさんとは系統の違ったアーティストだ。彼の本名や顔、プライベートなど一切の情報が謎に包まれている。stream社に所属しているくせに、配信回数はまさかの0回だ。
動画配信サイトのVITを開き、eNM@(エンマ)のチャンネルを探す。そこには確かにオリジナル曲しかアップロードされていなかった。
短文のつぶやきの投稿も見られるが、その全てが新曲を投稿したという告知だった。
どうやら音楽にしか興味がないようだ。ストリーマーたちにはたまにこんな変人がいる。
「了解しました。それでは急いでそちらに向かいます。その間は莉亜が暴れないように、手綱を握っていてくださいね」
通話はそこで終了した。俺は急いで着替えて歯を磨き、タクシーを拾って本部に向かった。
俺が本部につくと、莉亜が走って抱きついてきた。
今はネオの姿になっているから、全く問題はない。
「ネオちゃぁん、会いたかったよぉ〜」
「昨日会ったばかりでしょ。子供みたいなこと言わないの」
莉亜はしばらく抱きついたあと、パッと俺から離れて笑顔を見せる。
「確認なんだけどさ」
「どうしたの?」
「ネオちゃんって私に何か隠し事してないよね?」
その言葉を聞いて俺は心臓の動くリズムが崩れた気がした。
やはり莉亜はなにかに感づいてここまで来たのだ。しかしここで認めるわけにはいかない。
「………なんのこと?」
「私の気のせいだったらいいんだけどさ、最近ネオちゃんの様子がどうにも気になっちゃって」
「わたしはいつもと同じだよ」
「ホント?」
「わたしが莉亜に嘘ついたこと、ある?」
莉亜は満足げに頷いた。
「ごめんね。私の勘違いだったみたい」
だいぶ意味深だが、俺は黙っておくことにした。これ以上喋るとボロが出そうで怖かった。
「そういえば、AR大会の準備に協力してくれるんだって?ありがとうね。めっちゃ助かる」
「別にそれぐらいいいってー。私とネオちゃんの仲じゃん」
莉亜はそう言って歩き出した。俺がどこに行くつもりなのかと聞くと、振り返って答える。
「これからエンマ君に会いに行くんでしょう?」
羽山からある程度聞いてはいたが、いきなり会うことになるとは思っていなかった。俺は少し顔をしかめるが、莉亜はお構いなしだ。
第一あちらも忙しいはずだ。莉亜がいくら知り合いとはいえ、急に押しかけられても困るだろう。
「今から行くの……?」
「そうだよ。善は急げと言うしね」
「急に行っても迷惑だと思うけど」
「大丈夫だって。基本的にあいつは私の頼みは断らないから。それにもう近くのカフェに呼び出しちゃってるんだよね。むしろ早く行かないと遅れちゃうよ?」
じっと目を見つめられる。俺は完全に逃げ道を潰された気がした。
流石に腹を括るしかないといけないかもしれない。羽山も許可を出している。俺に選択肢はないのだ。
「……分かった。行く」
そうして満足そうな顔をして歩き出す莉亜について行くのだった。




