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君を教えて  作者: のんかろりー
王宮
8/22

2コマ目 青年と少年

 執務室から自室への帰宅途中。

 有はシュヴァイと仕事の話をしていた。


「それでは、今日の午後から早速神子様の授業を始めていいのですね?」


「ええ・・・確かにそうなのですが、今は正直授業にはならないかと思います」


 シュヴァイは悲しそうに少し眉を寄せた。


「なぜです?」


 ユナサに手のつけられない様な人物とは教えられていたが、そんななのだろうか。


「神子様が我々に対して御心をお許しになられないというのもありますが、一月経った頃から食も細くなられ、心身ともに疲弊なさっている状況なのです。なんとか元気を取り戻して頂こうと王宮付きのお医者様が診察されたこともありますが、どうにもやはり心の方の問題の様で」


 確かにそんな状況では、仮に心を開いてもらえても授業なんて出来ないだろう。


「それと、余り大きな声では言えないのですが、大事には至ってないものの皿を投げ付けられた者もおります」


 事態はかなり切羽詰まっているようだった。

 その言葉を聞いた有は、少しの間思案し、口を開いた。


「・・・今から行ってもいいですか?」


 シュヴァイは驚いた様に有を見つめた。

 

「か、まいませんが、本当によろしいのですか?」


「同じ異流者同士、何か分かりあえる事があるかもしれません」


 もちろん、何も伝わらない可能性の方が圧倒的に大きいのだが。

 それでも、自分と同じ境遇の人を放っては置けないのだ。

 

「・・・分りました。ご案内致します」


 そう言うとシュヴァイは足を返し、有を神子の部屋へと連れて行った。




「こちらが、神子様のお部屋になります」


「ありがとうございます、シュヴァイさん」


 案内された部屋は、王宮の奥の方にある綺麗な扉の部屋だった。

 その扉の取手にシュヴァイが手を伸ばす。


「あ、待ってくださいシュヴァイさん。シュヴァイさんは此処で待っていてもらえますか?」


 シュヴァイは再び驚き、心配そうな眼で有を見た。


「しかし、」


「ごめんなさい。二人で行けば神子様も落ち着けないと思いますので、お願いします」


 有よりも圧倒的に強靭な肉体を誇るシュヴァイなら尚更だ。


 シュヴァイは少しの間逡巡した。

 しかし有の強い意志を秘めた瞳を見て、ついにシュヴァイが折れた。


「貴方はお強い人ですね・・・。ですがどうかお怪我などなさりませんよう。また、何かあればすぐにお呼びください」


 そういうとシュヴァイは扉から少し離れて直立した。


「ありがとうございます」


 シュヴァイに目礼をし、ノックをした後、取手に手を掛け部屋へと入った。


 神子が暴れたのか、ところどころ傷の入った壁に、染みの付いたカーペット。

 そして部屋に備え付けられているベッドの中心が盛り上がっている。


有は五歩近づき、おそらくベッドの中だろうその人に声を掛けた。


「神子様、初めまして。私は―」


『来るなって言ってるだろ!!もう放っておいてくれよ!!』


 有の言葉は遮られた。

 ベッドの中心から発された、それ。

 大きく喚き散らされたその声が聞こえた瞬間、有は驚き、固まった様に動きを止めた。

 突然怒鳴られて驚いた訳ではない。

 突然怒鳴られたその内容が理解できたから驚いたのだ。


 その言葉は、有が五年前まで毎日のように耳にしていた言葉だった。



『君は、日本人・・・?』


 そう思わず久しぶりの日本語で呟くと毛布がバッと捲られた。

 そこには神子という名の、いたいけな少年がいた。


『今、あんた、日本語しゃべった?』


 少年の眼は有を捉え、零れ落ちてしまいそうなほど、大きく見開かれている。


『うん、俺も日本からここに来たんだ』


 その言葉を聞いた瞬間、少年の顔は大きく歪んだ。

 少年はベッドから飛び降りると、突進と言っても変わりない勢いで有に抱きついた。


 172cmである有の身長より頭半分ほど低い身長に華奢ともいえる体つき。

 しかし、その細い腕は震えるほどの強い力で有に巻きついていた。


 その強い力に、有は漠然と理解した。



 物を投げたり、壊したりするのは孤独から来る恐怖に怯えているから。

 喚き散らすのは、その孤独を振り払おうと必死になって、そして孤独から救いだしてくれる誰かに見つけてもらいたいから。


 有がこの世界に来た時より肉体的にも精神的にも幼かった少年は、異世界に来てしまったという現実を受け止められなかったのだろう。

 それだけではなく、もしかしたら周りの人間にも問題はあったのかもしれない。


 少なくとも有の周りには、言葉が通じなくとも諦めずに有がこの世界に馴染めるようにしてくれる人間がいた。


 この少年には、どうだったのだろうか。


 ただ一つ言える事は、この抱きついている少年は言葉も通じない、知り合いもいない異世界で、2ヶ月以上もの間ずっと孤独と戦ってきたという事だった。



 有は少年の背と頭にそっと手を回した。

 そしてその手で優しく、優しく労わる様にその頭をポン、ポンと叩いた。


『もう、大丈夫。もう、大丈夫だよ』


 その瞬間、少年の心を防いでいた防波堤が決壊した。

 有より一回りは小さいだろう少年の慟哭が、部屋に、廊下に、濁流の様に流れていった。


「ユウ様!?」


 ガチャッと勢いよく扉を開けたシュヴァイに、有は顔だけ振り向き、唇の前に一本指を立てた。

 どうやらそれで伝わった様で、シュヴァイは静かに部屋を後にした。


 それから少年が泣き疲れて眠るまでずっと、有は少年を抱きしめ言葉を掛け続けた。


 

 少年が眠ると、有はそっと少年をベッドに寝かせ、しばらくしてからシュヴァイを部屋に呼んだ。

 

「ごめんなさい、椅子を取って貰ってもいいですか?」


 少年の手は有の手をがっちりと掴んで離さなかった。




「神子様は・・・?」


「泣き疲れて眠った様です」


 それを聞き、シュヴァイはそっと少年を覗き込んだ。


「神子様はまだ年齢的にも精神的にも若いですから、きっと異世界に一人と言う状況を受け止められなかったのでしょう」


「やはり、そうでしたか」


 シュヴァイは悲しそうな瞳で少年を見ていた。


「しかし、なぜユウ様には心を開かれたのですか?」


「実は、神子様の元居た国は、私が元居た国だったようです」


 その言葉にシュヴァイは大きく目を見開いた。


「で、ではユウ様は神子様のお言葉が・・・?」


「ええ、解ります」


 シュヴァイは口をパクパクさせて、その先が言葉にならないようだった。

 しばらくして落ち着いたのか、ようやく言葉を紡いだ。


「何という奇跡でしょう・・・!ガルナ神がお二人を引き合わせたに違いありません!ユウ様もきっとガルナ神に遣わされた御方なのです!」


 興奮した様子のシュヴァイに苦笑する。


「いえ、偶然ですよ。偶ぜ――」


 偶然・・・?


 日本人の神子が現れたのが偶然?


 それとも日本人の有がこの世界に来たのが偶然?


 神子は、天の神ガルナに選ばれしもの。


 それならば・・・。



「・・・様、ユウ様?」


 シュヴァイの呼びかけに、有はハッとした。


「どうかされたのですか?」


「いえ、すみません。少し考え事をしていただけです」


「しかし、顔色が優れない様ですが・・・」


「いえ、少し長旅の疲れが出てきたのだと思います。水を一杯お願いしても宜しいでしょうか?」


「畏まりました。少々お待ち下さい」


 シュヴァイは機敏な動きで部屋から出て行った。

 それと同時に有は大きく深呼吸をした。


 先ほど頭を過った事が、事実であるかどうかなんて確認もできないし、事実であったとしても既に起きた事なのだ。

 今更あれこれ思考しても意味がない。


 そう割り切った有は、胸に感じる僅かなしこりを無視して、目の前に居る少年との今後を考える事にした。




「神子様」


 その時、部屋の扉が開いた。

 有が振り返った先には知らない人物が立っている。

 相手も有に気付き、険しい表情をした。


「だれだ、貴様は」


 怒気を孕んだその声に、有はビクリと肩を震わせた。


「誰だと聞いている。答え様によっては容赦せん」


「わ、たしは神子様の教師です」


 相手の眉がピクリと反応した。


「貴様が教師だと?嘘ではないだろうな」


「はい」


 まるで尋問でもされているかのような重い空気に、有は背中に汗が伝うのを感じた。


「一体寝ている神子様の前で何をしている?」


「神子様が泣き疲れて、それで」


 そう答えると、相手は足早に有に近づくとその胸倉を掴み、椅子から無理やり立たせた。


「いッ・・・」


「泣き疲れただと!?貴様一体神子様に何をした!」


「ちがッ・・・」


 その時、再び扉が開く音がして、視界の隅に眼を見開いたシュヴァイの姿が見えた。

 ガシャンと何かガラス製のものが砕ける音が聞こえた。


「ジズ団長ッ!ユウ様に何をしているのですか!!」


 シュヴァイは走り二人に近づくと、ジズの手を有から引き剥がした。

 椅子に落ち、ゴホッゴホッと噎せ込む有の背をシュヴァイの手が労わる様に撫でる。


「ユウ様、大丈夫ですか?」


 尚も噎せ込んでいる有にシュヴァイはジズを睨みつける。


「この方は国王様から直接任命された教師ですよ!?何を考えているんです!?」


「そいつは神子様を泣かせたと言った」


 怒りの収まらないジズもまたシュヴァイを睨みつける。

 その横で噎せながら、有は少年にも心から大事に思ってくれている人物がいるのだと安堵していた。


「あんたはちゃんとユウ様の話を聞いたんですか!?ユウ様は神子様と同じ国でお育ちになられたんですよ!!だから神子様はようやく話が通じる人間に会えて、安心して泣き疲れたっつーんですよ!!それなのにユウ様にこんな仕打ちをして!!ふざけんな、このボケ団長が!!!」


 最後の方はもはや上官に対するそれではなかったが、それほどシュヴァイに怒りと混乱が同居していたのだろう。

 一方でそれを聞いたジズは愕然とした。


「今の話は、本当か・・・?」


「当たり前でしょう!!神子様の顔とその手の先を見ても分からないんですか!?」


 目元は真っ赤だが憑きものが落ちた様な安らかな顔で眠る少年の手には、いまだ有の手がしっかり握られていた。

 ようやく冷静になった頭でそれを目にしたジズは、即座に膝を着き、頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!私は何て事をッ!」


「コホッ・・・いえ、紛らわしい言い方をしてしまった此方にも責任はあります」


「いえ、先走った私が悪いのです!本当に申し訳ありません!何とお詫びをすればいいか!」


 その押し問答が何度も続き、困った有はシュヴァイに助けを求めた。

 しかし、シュヴァイは有の心配はしても、ジズには眼も言葉も向けない為、一向に解決しなかった。



 結局三十分近くが経ち、面倒くさくなった有がジズを一発殴ってこれでお相子ですね、と無理やり締めくくった。


 主に押し問答で溜まったストレスをぶつけただなんて、誰にも言うつもりはない。



ジズ 王宮騎士団団長


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