1コマ目 住み込みバイトと国王様
翌朝、いつも通りの時間に有は目覚めた。
長旅と不慣れなベッドにまだまだ疲れを感じる有だが、身体に鞭打ち毛布から這いずり出す。
窓の外からは、チチチッと鳥の鳴き声が聞こえてくる。
それは有が森で覚醒した時に聞いた鳴き声であり、この国では一般的なリゥという白に少し茶色の混じった小柄な鳥の囀る音だった。
有がしばらくベッドの隅に座りながらその鳴き声に耳を澄ませていたところ、コンコンと控えめなノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼致します」
扉が開くと同時に、凛とした声が部屋に響く。
「初めまして、ユウ様。今日から身の回りの御世話をさせて頂く、ユナサと申します」
丁寧にお辞儀をするのは、四十代半ばぐらいだろう女性。
それに対して有は慌てて立ち上り、こちらこそとお辞儀を返した。
すると世話係の女性、ユナサは顔を上げてニコリと微笑んだ。
「では早速ですが、ユウ様ちょっと失礼致しますわね」
「え?」
最初の丁寧すぎるほどの態度や真面目な表情から、一瞬にして少し砕けた感じになったユナサ。
疑問の表情を浮かべた有の前へとやってきたユナサは、巻き尺を手に有の身体のサイズを測り始めた。
来ていた上着もいつの間にか脱がされている。
「今こちらに用意されておりますお洋服は、お話に伺っておりましたユウ様のお身体を想定した物ですので、三日後にはしっかりとお身体に合ったものを用意させて頂きますわ」
説明をしながらも動かす手を止めないユナサに、その優秀振りが伺える。
そんな様子に有が感心していると、ユナサは突然有の腰を両手で掴んだ。
「うわっ」
「まぁ、ユウ様は随分と細いですわね。殿方はしっかりと食べて立派なお身体に成りませんと」
ちなみに私は筋肉質な男性が好みですわ、と付け加えるユナサに有は唖然として何も返せなかった。
「でも、綺麗なお肌ですわ。まぁ、すべすべ。世の女性に羨ましがられそうなお肌ですわね」
腰に巻き尺を巻きながら、お腹周りをさらさらと撫でる手。
散々撫でまわした後、ユナサは測定値をメモに書きとめ、さっと立ちあがった。
「それでは、少々お待ち下さいませ」
嵐のように去っていくユナサに、有は口を開けて放心していた。
しばらくの後に帰ってきたユナサの一言目は、謝罪だった。
「申し訳ありません、ユウ様。少々はしゃぎ過ぎてしまいましたわ」
「い、いえお気になさらず」
放心していた有はユナサが部屋に戻ってきた音で覚醒した。
そして上半身裸で放心していたことに気付き、眼にも止まらぬスピードで上着を身につけた。
「私つい最近までは神子様の御世話係としてお仕えしておりましたのですが、もう毎日が大変でして・・・。ようやく他の方の御世話係になれたので気持ちが高ぶってしまいましたわ」
まだ腰を曲げ、頭を下げているユナサに、有は慌てながら頭を上げるように言った。
「本当にただちょっと驚いただけですので、そんな気にしないでください」
その言葉でようやく頭を上げるユナサ。
有はホッとすると同時に、耳から入ってきた問題点に、これからの仕事に少しの不安を覚えた。
「それで、あの、今神子様の御世話係だったとおっしゃっていたのですが」
「はい、そうですわ」
「毎日が大変だったというのは一体・・・・」
有はユナサの眉間に少し皺が寄ったのを見逃さなかった。
「その、何と言いますか、神子様に関してましては私は一切お力になれず・・・それと何と言いますか、周りの方々が・・・」
言いづらそうにしているユナサに、不安が拭い切れない。
「神子様はお言葉を理解されていないのですよね?」
「ええ、違うお言葉で何かを叫んでいらっしゃるのは分るのですが・・・」
そこでユナサは口を噤んだ。
何を叫んでいるかもわからない言葉を叩きつけられる状況では、確かに気疲れもするのだろう。
「そう、ですか」
「神子様も悪い方ではないと思うのですが、意思の疎通が一向に取れなくては・・・」
「その為にわざわざ遠くの村の私の所までいらっしゃったのですものね」
「はい、その通りです。どうぞ神子様のことをお願い申し上げます」
ただし、お体にはお気を付け下さい、と付け加えられたユナサの言葉は、有の不安を一層煽るものであった。
ユナサに浴場へと案内してもらった有は、二日分の汗を洗い流した。
すっきりとした有が部屋に戻るとそこには既に朝食が用意され、料理用の台車の横にはコックが一人立っていた。
テーブルの上には赤、緑、白の三種の小型のパフと白色のスープとデザート。
ちなみにパフとは、外はパリッと、中はしっとりとしたパンのようなものである。
大体形状は丸と決まっていて、様々な野菜を練り込んで焼き上げたそれを、スープに浸して食べるのが一般的だ。
きっと焼き立てなのだろう、部屋は香ばしい香りで満たされている。
有は席に座ると、促されるままに料理に手を付けた。
「お口に合いますでしょうか?」
「とてもおいしいです!」
頬が零れ落ちそうなおいしさとは、こういう事を言うのだろう。
パリッと二つに割ったパフからは湯気が立ち上り、とろみのあるスープにつけた熱々のそれは鼻孔を擽る。
出来たてのパフの余りのおいしさに、有は満面の笑みを浮かべ頬張っていた。
それをユナサに小さくクスクスと笑われると、有は少し赤くなって下を向いた。
それでもモグモグと手と口を動かしていると、様子を見ていたコックが笑みを浮かべてパフの入った籠とトングを抱えた。
「お代わりは如何ですか?」
有は少し染まった頬が冷めないまま、ちらと籠を見、「緑のを一つ・・・」と恥ずかしそうに呟いた。
その姿をユナサに更に笑われたのは言うまでもない。
「そういえばユナサさん」
有の呼掛けに、はい、と振り返るユナサは、朝食を取ったテーブルを布巾で拭いていた。
「確か王宮に着いたら、国王様に一度お目通しをすると伺っていたのですが・・・」
有は少し緊張した面持ちでユナサに問いかけた。
先日ここに着いた時には、部屋に案内されただけでそのままシュヴァイ達が去っていったため、肝心の部分を聞きそびれていたのだ。
「その事に関しましては、もうすぐシュヴァイ様がいらっしゃると思いますので、シュヴァイ様にお伺いくださいな」
ユナサはテーブルを拭くと、お盆の上に布巾を置いた。
するとタイミング良く、扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
返答と共に扉を開けたのは丁度話題の人物だった。
「お早うございます、ユウ様」
「お早うございます、シュヴァイさん」
ペコリと一礼するとシュヴァイは部屋に入り、有の近くまで歩み寄った。
「昨晩はごゆっくりお休みになられましたか?」
正直に言えばまだまだ疲れは残っていたが、有はとりあえず頷いた。
「それは良かった」
本当に嬉しそうに笑うシュヴァイだが、その後なぜだか申し訳なさそうな表情をとった。
「それで、急なことで申し訳ないのですが・・・今から国王様に面会して頂きたいのです」
その言葉に有は瞠目する。
「え、今からですか?」
「申し訳ありません・・・。この所、隣国の内紛に関することで国王様も御忙しく、ここ数日で時間を取れるのが、今の時間しかなかったのです」
「いえ、すみません、今からで構いませんよ」
有はただ急な事に驚いただけで、元々用事があるわけでもない。
「ありがとうございます。では奥の棚に掛かっているお洋服に御召替えくださいませ。私は外に待機しておりますので、準備ができましたら御呼びください」
そう言うとシュヴァイは足早に部屋から出て行った。
それと同時に後ろに控えていたユナサが有へと近づく。
「それでは御召替えのお手伝いをさせていただきます」
その台詞に「いいです、自分でできますから」と断ろうとしたが、見事に押し切られた有だった。
ガチャリと扉を開けると、扉のすぐ横にシュヴァイが姿勢よく立っていた。
「あ、ユウ様。御召替えがお済みになられましたか」
そう振り向いたシュヴァイは有を見て、お似合いですと褒め称えた。
それに対して有は少し照れくさそうに、ありがとうございますと言った。
有が来ている服は上下ともに黒を基調にしている。
長い裾の服はところどころに灰色と白のデザインが加えられ、胸元から下まで縦一列に銀色のボタンがキラキラと輝いている。
さらに腰には帯剣用にか、二本のベルトが巻きつけられている。
有はその服の胸元のポケットに、父親からのプレゼントであるネクタイピンを飾ってみた。
布地も上等な品なのだろう服だが、ただサイズが大きいのか、少しゆとりがありすぎるようだった。
それを確認したユナサはかなり残念がって、「折角の美しいラインが・・・」とのたまった。
有はとりあえず気にしないように、髪を整えて部屋から出たが。
「それでは参りましょうか」
シュヴァイの言葉に有は返事を返し、後ろについて国王の執務室へと向かった。
王宮内を上に向けて歩き、執務室に着く頃には、有はかなり緊張した面持ちになっていた。
そんな中、シュヴァイがコンコンと執務室の扉を叩く。
その扉は細かな金色の装飾が施され、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「入れ」
凛々しく張りのある低い声が、扉を通して廊下に届く。
この国のトップとの対面が叶うということに、有の心臓は今までにないくらい高鳴っていた。
「失礼致します」
シュヴァイがその中に入ると、有はごくりと唾を飲み込んだ後、同じように部屋へと足を踏み入れた。
踏み入れた先には、整った容姿に鋭い眼光を浮かべる人物が、窓を背に着座していた。
窓から差す光に、その人物の持つ金糸がきらきらと輝いてる。
シュヴァイの髪が少し茶色混じりな金髪なのに対し、その人物の髪はまさに黄金だった。
年は有の六つ上との事だが、同じ年になっても絶対に有には出せないだろう王者の風格が漂っている。
そして何より、一度絡んだら離せなくなるのではないかと思うほどの、強い眼。
「は、初めまして。タール村から参りました、ユウ=クラストと申します」
少し震える手を押さえながら、有はなんとか挨拶をした。
すると国王はほんの少し眼を和らげて、有を見た。
直前の眼との差に、有は思わずドキリとする。
「遠いところからよく来てくれた、ユウ殿。私がこの国の王であるフラウ=ルスファーナ=パウルスだ」
名前の間に入るルスファーナは威厳と共にこの国の王が冠する名である。
まるでこの人の為にある言葉の様だ、と有は思った。
「そなたは異流者でありながら、この国の学者も顔負けな程の知識を持っているのだと聞いている」
余りに話が大きくなっている事に、有は慌てて否定した。
「そんな凄いものではありません!子供たちにほんの少し勉強を教えられるぐらいなのです」
「そう謙遜せずとも」
「いえ!本当に・・・!」
ぶんぶんと首を振る有に、横に居るシュヴァイがくすりと笑った。
「何もそんなに焦らずともよいと思うが。まぁ、よい。それで神子の教師に関してだが、聞いているとは思うが今のところ成果は無いと言っていい」
「ええ、伺っております」
「そもそもこの世界では言葉の違う人間に言葉を教えると言う事はまず無いのでな。だからこそ、一から此方の言葉を覚えたそなたの力を借りたい。手伝ってくれるか」
「もちろんです。私ができうる限りの事を」
この話はほぼ書状で済んでいる話だが、今一度の確認と言う事だろう。
「ではルスファーナの名の下に、そなたを神子つきの教師として認める」
「有難うございます」
形式染みた会話を終え、有は小さく息を吐く。
「これで任命の儀は終わりだ。本当ならこの後会食でもしたい所なのだが、どうにも忙しくてな。すまないがこれで面会を終わらせてもらおう」
ふぅ、とため息をつくフラウは、かなり疲れているようだった。
「どうぞ、お体にお障りのありませんよう」
「ああ、ありがとう。それでは、そなたの働きに期待している」
「ご期待に添えますよう、精一杯努力させて頂きます」
有はフラウに一礼してシュヴァイと共に執務室から出た。
そして扉が閉まると同時に、ふーっと大きく息を吐いた。
「緊張しました・・・」
「いえ、ご立派だと思います。恥ずかしながら、私が国王様に初めてお会いした時は、ガチガチで話すことすらできませんでしたから」
シュヴァイは頭を掻きながら苦笑いをした。
ユナサ 有のお世話係
フラウ=ルスファーナ=パウルス ルスファーナ王国現国王




