6コマ目 馬車と夜の王宮
日が昇り、気温が上がり始める頃。
有は王宮騎士二人と共に、この村では少し違和感のある高級そうな馬車の前に立っていた。
「ユウ、忘れ物はない?」
忘れ物も何も、着替えもすべて向こうで用意してくれ、かつ給料も高いという厚待遇を受けている。
そのため、必要なものはほんの少しで、有の私物は全て肩掛けの小さめのバッグに収まっていた。
「大丈夫だよ、アナシャさんのレシピ本も持ったしね」
すると、アナシャは嬉しそうに微笑んだ。
メーヤとアナシャの後ろには、旅立つ有を見送りに来た村の人達がおり、幾人かは豪勢な設えの馬車を興味深そうに眺めている。
「ユウ、くれぐれも風邪をひかない様にね」
「うん」
「皆さんに迷惑を掛けないようにな」
「大丈夫だって」
過保護な二人に有は思わず笑みを零した。
「ユウ先生、お土産買ってきてね!」
「帰ってきたらお城のお話ししてね!」
目を輝かせた子供たちが有の元に一斉に駆け寄る。
有はその一人一人の頭を撫でて、ニコリと微笑んだ。
「お土産いっぱい買ってくるから楽しみにしといてね」
そのセリフに子どもたちは歓喜の声を上げた。
有がしばらく村の人たちと言葉を交わしていると、御者と予定を擦り合わせていたシュヴァイから「ユウ様、そろそろ・・・」と声が掛かった。
その言葉に有が、「あ、はい」、と返事をすると、メーヤが一歩前に出て、シュヴァイに向かって頭を下げた。
「騎士様、どうぞユウの事をお願いします」
「はい、お任せください。無事王宮までお送り致します」
メーヤに対し、シュヴァイもまた一礼した。
小さなやり取りの後に馬車に乗り込む有を、フカフカとした座席が迎え入れた。
有の口から思わず「おお」と感嘆の声が漏れる。
そんな有に向かい合うようにシュヴァイとウェルヅが乗り込んだ。
それと同時にコンコンとすぐ横にある窓を小さく叩く音が聞こえ、有がそちらを向くとメーヤとアナシャが手を振っていた。
馬車の窓を開けてもらい、有が二人に手を伸ばすと、二人がキュッとそれを握る。
「それじゃあ、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
そして御者の声を皮きりに、コトコトと馬車が動き始めた。
「良い村ですね」
馬車が少し村から離れたところでシュヴァイが有に声を掛けた。
「ええ、私の大好きな村です」
この村に来た当初の有は、元の世界に戻りたい想いで一杯だった。
誰も知り合いのいない、言葉も通じない世界。
それでも有が感じる孤独が少なかったのは、一重にメーヤとアナシャとこの村のおかげだった。
有の中にはまだ、元の世界に戻れたら、という想いがある。
しかし、それと同じくらい、この村に、この世界に居たいという相反する想いがあった。
「ところで、王都まではどのくらい掛かるのですか?」
その問いにウェルヅが答えた。
「そうですね、馬を飛ばせば半日で着きます。しかし今回は馬車で細かく休憩も挟む予定ですので、三日程お時間を頂くかと思います。もちろん天候次第なのですが・・・」
予想以上に時間が掛かることに有は驚きの表情を浮かべる。
向こうの世界で三日も掛ければ、軽く地球一周できてしまいそうなものだ。
「そんなに掛かるのですね・・・」
「ええ、ですが王都までの道には有名どころも多々ありますので、楽しんでいただけるかと思います」
「それは楽しみです」
その言葉に有は窓から外を見た。
日本と同じく四季を持つこの国は、まだ春期に差し当ったばかり。
若々しい草花が、天へと向かって伸び始めていた。
三日目が雷を伴う大雨であったこともあり、結局四日掛かった旅路はようやく終わりを迎えた。
「ユウ様、ユウ様」
慣れない馬車での旅と言う事もあり、いつの間にか有は疲れて寝ていたようだ。
少しの間肩を揺すられてことで、ようやく有の目が開いた。
「・・・ん、あ、すみません。寝てしまっていたようで」
「いえいえ、お気になさらないでください」
可愛いらしい寝顔でしたよ、と付け加えられ有は唖然とする。
思わず疑り深い眼で見ると、シュヴァイは慌てて冗談ですと付け加えた。
居た堪れない空気だった為か、シュヴァイはゴホンと一つ咳をついた後、再度口を開いた。
「それでですね、もうすぐ王都の方に到着いたします」
「ほんとですか!?」
いい加減、座り疲れた有は嬉しさで一杯だった。
「ええ、もうそろそろ正面の方に王宮が見えてくる頃だと思います」
有はその言葉を聞くとすぐに窓を開けて顔を出した。
既に暗くなった世界の先、明かりに照らされた街と王宮がぼんやりと浮かんでいる。
「うわぁ・・・」
思わず漏れた感嘆の声が馬車の音と共に夜の闇に吸い込まれていった。
そしてついに馬車は城下町の大通りを通り、王宮へと入っていった。
馬車から降りた有は、「すごい」、と一言放った。
石レンガ造りの大きな王宮は、この距離では全貌を把握できない程大きい。
そしてところどころ火の灯された王宮の風貌は、まさに圧巻の一言だった。
ポカンと口を開けている有にクスクスと笑いながら、シュヴァイは王宮の中へと有を招き入れた。
その王宮の一室、客間の一つへと有は通された。
通されたその部屋は広く、随所にアンティークが飾られとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「此方がユウ様のお部屋となります」
有は眼を真丸にして、シュヴァイを振り返った。
「え、こんな立派な部屋なのですか!?」
その部屋は一人で暮らすには十分すぎるほどに広かった。
「ええ、此方で間違いありません」
こんな立派な部屋に住めるなんて、有は夢のような話だと思った。
「長旅でお疲れでしょう。明朝、ユウ様の御世話の者がお部屋の方に参りますので、今日はどうぞごゆるりとお休みください。またお湯の方は申し訳ありませんが、明日御世話の者がご案内致します。御着替えの方はあちらの棚の中に入っております」
少し部屋の説明をした後、それでは失礼致します、とシュヴァイとウェルヅは頭を下げて、部屋から退散していった。
ポツンと一人立ちつくしていた有は、しばらくして部屋の中をゆっくりと見回した。
軽く手を乗せただけで沈み込むフカフカとしたベッドに細かな装飾が施された椅子と机。
大きな絵画は部屋の雰囲気に合わせてあるのだろう、湖と船の絵が落ち着いた色調で描かれていた。
部屋の入り口から少し離れた所にある扉を開けると、そこには洗面所とトイレらしき設備があった。
どうやら王都は上下水道がしっかりと完備されているようだ。
「すごい・・・、すごいけど・・・こんな立派な場所で暮らすとなると落ち付かなそう・・・」
あくまで庶民的な有であった。
ちなみに馬はこの世界ではウマと呼ばれていて、ほぼ同じ外見の生物となっております。