1コマ目 休暇の延期と図書館司書
帰省した夜、盛大なパーティーが行われてからの三日はあっという間に過ぎた。
村のどこにも魔獣の爪跡はなく、皆相変わらず元気だった。
それを実際目に出来ただけでも十分だ。
休暇を取らせてくれたグランには感謝をしなければいけないな、と有はシャルヤの後ろで馬に揺られながら、王都への帰路に着いていた。
日が昇り、上を過ぎてまた沈む。
二度目とはいえ、長時間の移動に有の乗馬姿もだいぶ板に付いてきていた。
そしてようやく城門を潜ったのは翌日の早朝、出発してから一日と少しが経っていた。
「シャルヤ、ありがとね」
「おう、御疲れ」
行きと違い休憩を挟まずに来た二人、特に有はだいぶ疲れた様子だった。
ふらつく足腰で何とか馬から降りた有は、漆黒の馬の毛並を撫でつけた。
こんな長距離を二人も乗せて運んでくれたのだ。
精一杯の感謝を込めて手を動かすと、馬は鼻からぷすぅと鼻息を吐き出した。
「それじゃあ俺は隊舎に戻るよ。こいつも労わってやらなきゃいけないしな。またな、ユウ」
「うん、また」
二人は別れてシャルヤは隊舎に、有は自室に戻るとそのまま床に就いた。
「・・・ユウ様、ユウ様」
ユサユサと小さく肩が揺すられる感触とその声に、有の意識が急激に浮上する。
有は音のする方向へ、ぱちりと目を開けた。
「お早うございます、ユウ様。お昼になりましたわ」
「・・・お早うございます、ユナサさん」
目を開けた先には、一週間振りに見るユナサの顔があった。
「御疲れの御様子でしたので朝は起こしませんでしたが、宜しかったですか?」
「・・・うん、大丈夫。ありがとうございます」
有はようやく覚醒してきた頭を回転させながら、ベッドからもそりと起き上がった。
「御昼食の用意を致します。その間に着替えをお済ませくださいな」
ユナサは有が起き上がるのを見ると今日の分の着替えをベッドの端に置き、昼食を取りに調理室へと向かっていった。
有は、んーっと大きく伸びをしながら身体を軋ませた後、ベッドから降りて窓の方へと向かった。
既に日は高く上り、ギューワッ、ギューワッという夏の風物詩のパルルという鳥の鳴き声が聞こえてくる。
この鳴き声は繁殖期に見られる求愛の唄らしい。
初めは蝉が出している音だと思っていた為、その音の主が鳥だと知った時には驚いたものだ。
有は更に耳を澄ませて外の音を聴いた。
するとパルルの鳴き声に混じって騎士達の訓練音が聞こえてくる。
ああ、王宮に帰ってきたんだなぁ
有はその事実を噛み締めながら、窓から離れて手早く着替えを済ませた。
丁度着替えが済み、顔を洗った段階で狙ったかのようにユナサが部屋に戻ってきた。
ユナサはガラガラと音を鳴らす台車の上からお皿を机に移すと、椅子を引いて有をそこに招いた。
「今日のお昼はモルフラーゼの冷製テュパという西方の料理ですわ」
モルフラーゼとはタール村横の森にも生えていた青緑色のキノコである。
そしてテュパとは小さな正方形のシートタイプのパスタっぽいものだ。
要するに冷製きのこのパスタ、と言ったところだろうか。
有はクラスト家で初めてそのきのこを出された時、その異様な色から食べる事を断固拒否していた。
こんな怪しい色のきのこ、受け付けられるわけがない。
しかし大丈夫だからと勧められて恐る恐る口にしてみると、おいしい、しかも高級食材だったのだが。
それを知っていれば、森で遭難していた時も間違いなく食べていただろう。
有は五年前の事を思い起こしながらもその料理に手を伸ばし、どんどん食を進めていった。
味の方はもちろん、言うまでもない。
食後、有はユナサに持ってきて貰ったお湯とタオルを使って一通り身体を拭った。
本当はお風呂に入りたいところだが、そんな贅沢はさすがに言えない。
有はある程度すっきりした後、いざ一週間振りに修也に勉強を教えに向かおうとした。
しかし、丁度部屋へ向かおうと扉を出た時、食器を片づけて戻ってきたユナサに止められた。
「あら、申し訳ありませんユウ様。私とした事が伝え忘れておりましたわ。実は神子様は今神殿の方にいらっしゃりますので、もう五日ほどは御不在の予定ですわ」
その言葉に有は目を点にさせた。
「え、神殿へ?」
有が休暇を取る前にはそのような話はなかったはずだ。
「はい、つい先日急遽決まりまして。なんでも神殿の方に神子様をお連れするよう、お告げがあったそうですわ」
「神子様をお連れするように、ですか」
ガルナ神が伝えたいことであれば、神殿を通さず直接先詠みで修也に伝えればいいことの筈だ。
それなのになぜ神殿を経由する必要があるのか。
修也の力がまだ未熟だからだろうか?
「どうしてですか?」
「申し訳ありません。詳しい事は伺っておりませんわ」
有の更なる問いにユナサは眉を下げた。
「そうですか・・・。ありがとうございます」
有はそう言葉にすると、納得いかない様子で頭を抱えていた。
神殿に向かわなければならない理由とは一体何なのだろうか。
しかしどれほど頭を捻っても答えなど出てくる訳もなく、結局誰か知っている人に聞くか、帰ってくるまで保留という事になった。
答えの出ないものをいくら悩んでも時間の無駄だ。
有は自分の考えを頭を振って切り替える。
その時もう一つの疑問に思い至った。
「あれ、それでは私は神子様が帰ってくるまで仕事がないという事ですか?」
「はい、そのようですわ」
一週間の休暇を貰ったばかりだというのに。
仕方ない事だとはいえ、有は何か申し訳ない気分になっていた。
「そうですか・・・。それじゃあちょっと散歩にでも行ってきます」
「分かりましたわ」
ユナサはそう返すと一礼して使用人室へと戻っていった。
一方で有は散歩に行くとは言ったものの、特に行く当てもない。
そもそもこの王宮で暇を貰って行く所などほとんど限られているのだ。
結果、有は筋肉痛という事も相まって、いつも通り図書館で過ごす事を選択した。
久しぶりに訪れた図書館は相変わらず落ち着いた雰囲気を醸し出している。
その中、有は有よりも僅かに背の低い老人が本棚の前に佇んでいるのを見つけた。
あの後姿は間違いなく管理人のリビナムだ。
有は喜色を浮かべ、少し足早にリビナムの元へと近づいた。
「こんにちは、リビナムさん」
有はおそらく本の整理をしているであろうリビナムに、横から話しかけた。
リビナムはその声に振り向くと、有を見てにっこりとほほ笑んだ。
「ああ、ユウくん。久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです」
元気かい?と世間話を始めるリビナムは、手に持っていた本を片付けると有を管理人室へと招いた。
有の座る席の前に、コトンとお茶の入ったカップが置かれる。
「ほぉ、通りで最近見ないと思ったよ。ゆっくり休めたかい?」
リビナムは自分の前にもカップを置くと、よっこらしょと席に着いた。
「ええ。皆元気そうでそれを見れただけでも休暇の価値はありました。とは言え、ウマに一日乗り続けるのは大変でした」
有はそう言うと、少し眉を下げて苦笑した。
「リビナムさんは乗った事あります?」
「乗れる機会はあったよ。けど、恥ずかしい話なんだが、怖くてね。それっきりだよ」
リビナムもまた同じように苦笑し、お茶に手を伸ばした。
カップを傾け、一口含む。
「今になって思えば乗っておけば良い経験になっただろうなとは思うよ」
それから有はリビナムと共に歓談のひと時を過ごしていた。
そして四十分ほど経っただろうかという所で、歓談はお開きを迎えた。
二人は管理人室を出、カウンター内で向かい合っていた。
「すまんね、老人の長話に付き合わせてしまって」
「いえ、とても楽しい時間でした。あ、お茶ご馳走様でした」
有がぺこりと一礼すると、リビナムは顔を横に振った。
「いやいや、こんな御持て成ししか出来なくてすまんね。・・・あ、そうそう」
リビナムは何を思い至ったのかポンと手を叩くと、カウンターの下から一冊の本を取り出した。
「ヤン=リーズウェリーの新作がつい先日届いたんだよ。読むかい?」
差し出された本に有は目を輝かせた。
「ほんとですか!?ヤン=リーズウェリーの次回作、とっても楽しみにしていたんです!」
ヤン=リーズウェリーは有が大好きな小説家の一人だ。
ミステリー小説が主だが、その独特な世界観と多彩な言い回し、そして何より読者を完全に騙しきるドンデン返しの巧みさに、有は初見であっという間にその世界に引き込まれたのだった。
「今回は珍しく恋愛ものだがね、さすがの一言だったよ」
リビナムはにこりと微笑むと、楽しんでおいでとその本を有に渡した。
有は嬉々としてそれを受け取るとお礼を言い、早速いつもの場所へと向かった。
そして定位置の椅子を引くとはやる気持ちを抑えながら席に着き、姿勢を正してページを捲り始める。
有は一瞬にして、本の世界へと入りこんでいった。
ギューワッ、ギューワッ
パラリ・・・
ギューワッ、ギューワッ
パラリ・・・
遠くのパルルの鳴き声と、紙の擦れる音が静寂の中で小さく響く。
日は頂上を当に過ぎ、窓から差す日が、室内の影をより長いものへと変えていた。
その中伸びた人影が二つ、机を挟む様に伸びている。
パラリ・・・、パタン
ようやく最後のページを読み終えた有は目を瞑り、まるで自身が甘く、ほろ苦い恋愛を体感したかのような感傷に浸りながら、その余韻を楽しんでいた。
堪らず、ほぅ、と小さな感嘆のため息が口から洩れた。
「相変わらず凄い集中力だな、ユウ」
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