2コマ目 夢と懇願
美形のあの顔は卑怯だ。
あんなの誰でもドキッとする。
有はぶつぶつと言いながら図書館から出て、足早に部屋に戻った。
部屋に着く頃には、少し息が上がっていた。
「はぁ・・・」
丁度日が当たる位置に置かれている椅子に座ると、有は小さくため息をついた。
何故こんなに焦っているのか。
とりあえず落ち着こう、と気が動転している有が取った行動はなぜか座禅だった。
落ち着け、落ち着けと強く念じながらしばらく目を閉じていると、コンコン、とユナサが昼食を持って現れた。
座禅を組んだままパチリと眼を開ける有。
ユナサはそんな有の姿を見て、軽く眉を顰めた。
「・・・何をなさっているのですか?」
「いや、あの、えと、雑念を振り払う訓練・・・ですかね?」
「私に聞かれましても・・・」
呆れたように見てくるその瞳に僅かに冷ややかさを感じ、思考が少し冷める。
それと同時にこの人は絶対Sだと思った有であった。
食事が終わる頃には完全に落ち着きを取り戻した有は、突然あんなことをされれば驚くに決まっている、そう結論を出し、授業の為に修也の元へと向かった。
ちょうど修也も食事を終えた所らしく、クワナがカチャカチャと食器を片づけている所だった。
「こんにちは、修也くん」
「ユウ先生・・・こんにちは」
返ってきた修也の声にはいつもの覇気がない。
有は何かあったのかと修也の横に立った。
ぽん、と肩に手を置く。
『どうしたの、修也くん。何かあった?』
それに対し修也はフルフルと首を振る。
ならばハイキングに行った疲れが出ているのか、それとも元の世界の事を思い出して感傷に浸っているのか。
もし後者ならば、帰れないという事実を隠している身としても、相談に乗ってあげたいというのが有の想いだった。
『もし、不安とか不満とかがあるなら俺に言って?出来る事は少ないけど、それでも話し相手ぐらいにはなれるから』
ね?と少し下を向いている修也の顔を覗き込むと、修也は小さく頷く。
『あの、変に思わないでね・・・?』
言いにくい事なのか口籠る修也に、有はしっかり頷くと話の先を促した。
『あの・・・実は今朝夢を見て・・・』
『夢?』
『うん・・・、それが凄く嫌な夢で、人が化け物に襲われる夢だったんだ・・・』
修也はその夢の内容を鮮明に覚えているのか、腕で自分を抱くようにしながら小さく震えている。
よほど凄惨な夢だったのだろう。
『やけにリアルで・・・悲鳴とか血の臭いとか、沢山の人が・・・夢だって、思い出さない様にしても頭から離れないんだ・・・』
夢の内容を聞いた有もまた、気付けば鳥肌を立てて、顔を青ざめさせていた。
「クワナさん、」
有はちょうど台車を押して部屋から出ようとしていたクワナを振りかえり、声を掛ける。
「はい?」
そう笑顔で振り返ったクワナは、顔を青ざめさせている有を見て怪訝な表情になった。
「どう、されました?」
気遣う様なクワナの言葉にも、有は顔を強張らせたままだった。
「今すぐ、ジズ隊長とシュヴァイ副隊長を呼んできてください」
常ではない有の様子に、直ちに、とクワナは駆けていった。
『先生、・・・ジズさんとシュヴァイさんがどうしたの?』
『修也くん、その夢の事をもっと詳しく聞かせてくれる?』
あまりにも真剣な有の声に、修也は一度ビクリと身体を震わすと、その内容を少しずつ話し始めた。
『上手くは言えないんだけど・・・昨日寝ている自分が見えて、これは夢だって気付いたら、視点がどんどん上がっていって、満月が、二つ見えたんだ。そしたら今度は前の方向にどんどん視点が動いていって、大きな川と広い森が見える町で止まったんだ。しばらくそのまま止まっていると思ったら、森の方からおっきな化け物が一匹出てきて、それから・・・』
その先は先ほど言った通り凄惨な状況だったのだろう、これ以上の事は説明したくないというように修也は下を向き、首を振った。
『その、その視点が進んで言った方向は、どっち・・・?』
震える声で聞く有に、修也が指差したのは南東の方角。
ちょうど、タール村がある方角だった。
有が勢いよく立ちあがり、扉から駆け出そうとしたのと同時にジズとシュヴァイが扉から入ってきた。
「!? ユウ様、どうしたのですか!?」
勢いよく突っ込んできたユウに驚き、ジズはその身体を受け止めた。
『離して、離してください!村が、村が!』
「ユウ様!落ち着いてください!何があったのですか!」
暴れる有を力で何とか抑えるジズ。
シュヴァイの協力を得て、ジズは両手を肩の方に移動させると言い聞かせるように有の眼を見ながら大きな声で名前を呼んだ。
「ユウ様!!」
有はようやく正気に戻ったのか、ハッと顔を上げるとズズズッと崩れ落ち、床に膝をついた。
その顔は青いを通り越して、既に白くなっている。
「村、タール村が・・・」
「村がどうされたのです」
有の悲壮な顔に、ジズはなんとか事情を聞き出そうとした。
「修也の夢、先詠みで・・・私の村が襲われると・・・」
その言葉にジズとシュヴァイは大きく目を見開いた。
「本当ですか!?」
「ここから南東の方角にある村で、川の横にある村は、タール村しかありません・・・そこが一匹の化け物に襲われると・・・」
「いつですか!」
「わか、わかりません・・・。ただ、満月が二つ見えたと・・・」
その言葉にジズとシュヴァイは顔を見合わせた。
「直ぐに次の満月が被る日を調べあげろ」
「はっ」
シュヴァイはすぐさま駆け出し、廊下には靴の音が響いた。
「・・・ユウ様。この状態では授業もできないでしょう。どうぞお部屋にお戻りください」
ジズに促され自室に戻った有は、気が気ではなく、ずっと祈るように手を組んだまま椅子に座り俯いていた。
「・・・ユウ様、どうぞルハ茶をお召し上がりください。心が落ち着きますわ。」
いつの間にか傍にユナサが立っていて、机の上にはティーセットが用意されていた。
どれくらい経ったのかと時計を見ると、既に針は四時を指していた。
「・・・ありがとう」
有は礼を言うも、そのカップには手をつけなかった。
今は身体がなにも受け付けなかったのだ。
事情を聴いているユナサが悲痛な面持ちで有を見つめていると、ふいに馬の嘶く声が遠くから聞こえた。
同じくその声に気付いた有は、耳を澄ました。
-―ヒィィィン
やはり、聞こえる。
それも一頭ではない、複数頭の声だ。
まさか、と思い有は部屋から飛び出した。
「ユウ様!」
ユナサの呼び止める声も無視して、有は王宮の入り口へと走った。
王宮の入り口に辿りついた有が見たものはやはり、出発の準備を進めている騎士たちだった。
そこにちょうどシュヴァイが通りかかった。
「シュヴァイさん!」
「!ユウ様」
シュヴァイは驚き振り返る。
「もう、もう出られるのですか」
走ったことで少し乱れている呼吸を整えながら、有はシュヴァイに問いかけた。
「ええ・・・次の満月が被る日は明日の夜なのだそうです」
その事実を聞き、有は絶望を顔に浮かべた。
有が此処に来た時には、馬車で四日も掛かった筈だ。
シュヴァイはそんな有を見て、なるべく不安を与えない様に声を掛けた。
「大丈夫です。今すぐウマを飛ばせば明日の夜中までには間に合います。心配しないでください」
それを聞いた有の口が開こうとしたタイミングで、後ろから声が掛かった。
「シュヴァイ、何をしている」
威厳のある、響く様な重低音。
振り返るとそこには図書館にいる時とは違う、厳しい顔つきのフラウがいた。
腰にはいつもはない剣がぶら下げられている。
「すぐに出るぞ、早く準備をしろ」
フラウの命令にシュヴァイはちらりと有を見た後、騎士団の方へと駆けていった。
それを確認したフラウも、有の横を通り、自分の馬の方へと歩を進めた。
しかし、有の手がその翻るマントを掴んだ。
「待って・・・!国王様も向かわれるのですか・・・!それならばお願いです!私も、私も連れて行って下さい!」
マントを掴むその手は震え、顔は相変わらず白いままだ。
それに対しフラウは振り返りもせずに一言放った。
「ならん」
有はそれに対して大きく目を見開いた。
「なぜ、何故です!タール村には私の大切な人達がいるのです!お願いです!」
顔を歪めた有の悲痛な叫びが王宮の前に響いた。
それでも、
「・・・ならんと言っている。ただでさえ急ぎなのだ。足手まといになる人間をわざわざ連れていくことはできん」
フラウは有を容赦なく切り捨てた。
その言葉に有の開き切った瞳からツゥと一滴の雫が頬を伝う。
しかしその後フラウは、ただ、と言葉を紡いだ。
「必ず、そなたの大切な人達を守る。だからここで待っておれ」
そう告げるとフラウは縋る有の手を振り払い、足早にその場を去った。
王宮の前に膝をついたままの有の耳に、馬の嘶く声が聞こえた。
それと共に聞こえた馬の駆ける音は、どんどんと有から離れていった。
それでも有は、しばらくその場から動けずにいた。
ふと、肩に人の温もりが触れる。
「・・・ユウ様。国王様達が必ずあなたの村を守ってくださりますわ。ですから今は部屋に戻りましょう」
ユナサはそう言って手を差し出したが、有はそれを取らずに立ち上り、小さくありがとうと一言残して部屋に戻った。
「ユウ様・・・」




