4コマ目 図書館と休憩
片言ながらも修也が少しの会話はできるようになった為、有は四六時中修也につく必要が無くなった。
結果、有には自由な時間が大幅に増えていた。
有はその時間を城下町へ下りたり、王宮図書館に籠ったりしながら過ごしていた。
この世界に来てからの最初の三年で、どうやら暇があれば本を読む癖が付いたようだ。
有は今日もまた図書館へと向かっていた。
春も中頃となり、窓から見える景色は色々な生き物で賑やかになりつつあった。
「あ、ユウ様」
廊下の角に差し当った所で、前方からウェルヅが歩いてきた。
「何処に向かわれるのですか?」
此方に向かってくるその姿は、なぜかパタパタと尻尾を振っているように見えてしまう。
一度犬っぽいと思ってから、どうもその先入観が抜けない。
そもそもこの世界には犬はいないのだけれど。
ただ猫はいる。
たまに名前がリンクした生き物がいるのは、なんでも過去の異流者と共に流れてきた外来種らしいと本に書いてあった。
ちなみに、狼に似た生き物はいる。
魔獣に。
貴方は魔獣に似ていますね、なんて言った日にはその腰の剣で斬られかねない。
「今、図書館に行こうかなと思っていたところです」
「ユウ様は本がお好きなんですね」
昔はそうでもないが、今は好きと言っていいだろう。
「ええ。ウェルヅさんは何処に?」
「今は王宮内の警備中です。後一時間もすれば修練の時間ですが」
「大変そうですね」
「いえ、なりたくてなった仕事ですから」
世間話に華を咲かせていると、すぐ近くの階段を誰かが上がってくる靴音がした。
カツン、カツンと音を鳴らして現れた人物は、デュラハ大臣だった。
「おやおや、これは教師殿ではありませんか」
ニコリと頬笑み此方に近づいてくるデュラハだが、その眼は笑っていない。
「こんなところでどうしたのです?いつも神子様の傍にへばりついていらしたのに。ああ、今は教える時間以外は御一緒ではないのでしたか?神子様も我慢なさらず、いい加減貴方を要らないと仰って下さればいいのに。お優しい神子様に感謝なさい」
息継ぎもせずに言いきると、ははははは、と有の返事も何も聞かずにデュラハはそのまま去っていった。
「いつも感心するのですが、よく舌が回りますよね。私なら間違いなく噛んでいますよ」
「・・・ユウ様言い返さなくても宜しかったので?」
ウェルヅの眉間には皺が浮かんでいる。
それに反して有はあっけらかんとしている。
「特に気にはしていませんので」
「・・・ユウ様がいらっしゃらなかったら、デュラハ大臣も神子様とお話しすることができていなかったでしょうに」
デュラハの厭味は有が修也に付きっきりになった時から始まった。
おそらく四六時中修也の傍にいられる有に嫉妬したのだろう。
初めて出会ったその日からノンブレスで厭味を言ってくるとはさすがに思っていなかったが。
ユナサの言っていた問題ある周りの人の一人は、おそらくデュラハを指すのだろう。
もしかしたら盲目的なジズも入っていたのかもしれない。
ちなみに有が教える時間以外一緒にいないのは、修也がこの世界に慣れ、有に依存し過ぎて困らない様にというのと、若いうちに苦労は買ってでもするものという教育によるものなのだが。
とは言っても一緒に食事をしたり、たまに有の部屋に泊まりに着たりもするのだが、デュラハはそれを知らない。
「それではそろそろ失礼しますね。お仕事頑張ってください」
「はい、有難うございます。失礼致します」
綺麗に一礼したウェルヅと別れ、有は再び図書館へと足を向けた。
「リビナムさん、こんにちは」
「よく来たね、ユウくん」
図書館に入ってすぐの所には管理人のリビナムがいる。
皺に包まれた深緑色の優しい瞳が印象的な人で、毎回有に良くしてくれる人だ。
「今日は何を読むんだい?」
さすが長年管理人をしているだけあって、老人は広い図書館のほとんどの本の場所を把握していた。
「神子に関する本はありますか」
その問いに老人は一つ頷いた。
「もちろんあるとも。どういった内容のが良いんだい?」
「そうですね、神子の生涯なんていうのがあれば・・・」
「それに近いものなら二冊あるよ。“ガルナ神の贈り物”と言う本と、“神子の遺したもの”と言う本だね」
一つ目の本は有が以前読んだ事があるタイトルだった。
「後の方はどこにありますか?」
「二階に上がって、階段から二つ目のテーブルの横の棚の下段、真ん中あたりに青い背表紙の本があるはずだから、探してみなさい」
「有難うございます」
「また用事があれば声を掛けておくれ」
「はい」
有はリビナムの教え通り二階へと足を運ぶ。
階段を上がるとそこには本の海が広がっている。
左手側と奥側には大きな窓が取り付けられており、窓際にはテーブルが並んでいる。
しかし王宮図書館と名を打たれているだけあって、一般人には公開されていないここは、常に閑散としている。
有が来る時間帯には、だいたい一人いるかいないか、という具合であった。
勿体ないな、と有は思う。
有はその宝の持ち腐れと言わんばかりの蔵書を眺めながら、目的の本の場所へと向かった。
「えーと、これかな?」
青い背表紙の本を手に取ると、表紙には確かに“神子の遺したもの”と銀の印字があった。
有はその本を持ち、お気に入りの場所へと移動した。
有のお気に入りは奥側一番端のテーブルだ。
本棚に遮られて階段の方からは見えないそこは、カーテンで遮光されながらも僅かに差し込む光に、程良く明るい。
のんびりと本を読むには丁度いい空間だった。
有は椅子を引き、腰を掛けると直ぐにその本へと没頭していった。
どれぐらい経ったのだろう、有は最後の方のページを捲るとふぅと息をついた。
やはり以前読んだ本と同じで、有が頭の中に思い描いている結論が覆されるような情報はなかった。
有は目を閉じ、パタンと本も閉じた。
「終わったのか?」
真正面から聞こえてきた声にビクッと肩を揺らした有は、その目を開く。
目の前にいる人物を見て、有はさらに大きく目を見開いた。
「そなたは凄いな。一度集中し始めると雑音が一切入らない人間なのか」
可笑しそうに笑うその顔を見て、有は目を見開いたままポカンとしてしまった。
有が知っているその人は、鋭く強い眼を持って、気絶してしまいそうなほどの存在感を放っていたはずだ。
「どうした?」
有はハッと現実に戻るも、やはりどうしても、目の前の人物に強い違和感を抱いてしまう。
「国王様・・・ですよね?」
「それ以外に見えるか?」
からからと笑う表情豊かなフラウに、有は唖然とした。
しかし次の瞬間、顔を一気に青ざめさせた。
ガタッと椅子から立ち上ると、片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げた。
「申し訳ありません、国王様!不敬な発言を致しました!」
発言だけではない。
先ほどの言葉から察するに、フラウは何度か有に呼び掛けているはずだ。
「顔を上げよ」
その言葉に恐る恐る顔を上げると、目前の王の眼は優しい色を湛えていた。
「私は今“国王”を忘れて休憩中なのだ。不敬を働いたからと言って気にする必要はない」
フラウはそう言うと有の頭を撫でた。
有はあまりの事に驚き、固まってしまった。
「どうした、席に戻ってよいのだぞ?」
そう促されて、有はギギギッと音がしそうなほどガチガチに緊張しながら元の席へと戻った。
それを見届けるとフラウは自分で持ってきた本に目を落とす。
脚を組みながら、片手で本を見る様は、一つの芸術品のようだった。
十分ほど経ってようやく正常な状態に戻った有だが、果たしてこの場から動いていいのか、動かない方がいいのかもわからず、途方に暮れてしまった。
それに気付いたフラウが本を置く。
「どうしたのだ?」
それに対し、有はどう返答していいのか分からず、いえ、と下を向いた。
「なんだ、言いたい事があるのなら何でも言っていいのだぞ?今の私は国王であって国王でないのだ」
ほれ、言ってみろと有に正対したフラウに、有は一度深呼吸をすると思っている事を吐いた。
「・・・先ほどおっしゃっていましたが、“国王”を休憩しているとは一体?」
その問いにフラウは簡潔に答えた。
「誰でも張り詰めた状態だと疲弊してしまうだろう?時には安らぐ時間が必要だ」
それは確かにその通りで。
国王というもの凄い重圧を受ける位置にいるのならなおさら必要なのだろう。
つまり今のフラウは国王の仮面を剥がした素のままのフラウと言うことなのだろうか。
「特に最近は隣国の内紛の事もあって忙しかったのでな。こうやって休憩を取っているのだ」
そして、だから、と言葉を紡ぐ。
「今の私は“国王”ではない。もっと砕けて話すがよい」
「ええ!?」
「ほら、私の事はフラウとでも呼べ。そなたはユウだったな」
「そ、無理です!国王様にそのような!」
「休憩中だと言っただろう?その私に“国王”を思い出させるのか?」
「・・・ッ」
執務室にいた国王様との差が激しすぎる!
有は心の中で叫んだが、現状を打破できるわけでもなく。
「ほら、私の名を呼べ、ユウ」
うぅぅ、と下を向いて唸る有を楽しそうに眺めるフラウ。
その後は何も言わず、ただ有の言葉を待った。
なんとか話が流れてくれないかと、下を向いて冷汗をだらだら流す有。
二人以外誰もいない二階には、無音の時間が流れていった。
「・・・フ、フ、フラウ、様」
いい加減耐えきれず、根負けした有がようやく口を開いた。が。
「様は要らん」
「ええ!?」
もう一回だと、要求される。
「か、勘弁して下さい」
国王の名を呼ぶこと自体がすでに一国民にはおこがましい事なのだ。
それを呼び捨てになど、出来る訳がない。
完全に涙目、涙声になって首を振っている有に、ついにフラウが声を出して笑いだした。
「フ、ハ、ハハハハッ」
そこに来てようやくからかわれている事に気付いた有は、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にさせた。
「~ッ国王様!」
「ハハッ、いや、すまんすまん」
フラウは目に溜まった涙を拭いながら謝った。
もちろんそこに誠意は感じられない。
「もう知りません!」
「まぁそう怒るな。だが、それぐらい気を抜いた接し方でいい」
言われて初めて有は塾の先輩講師と話しているようなノリになっている事に気付いた。
そういえば塾の皆は元気だろうか。
有が少し過去を懐かしんでいると、フラウが口を開いた。
「なあ、ユウよ。そなたさえ良ければ、私が“国王”でないときだけは、そのように接してもらえぬか」
また巫山戯ているのかとも思ったが、その眼は真剣そのものだった。
「国王としてではなく、フラウという一人の人間として接して欲しいのだ」
「ですが・・・」
そうはいってもやはり目の前にいるのは偉大な一国王なのだ。
有が困った表情を浮かべると、フラウはぼそっと呟いた。
「国王様・・・ですか? それ以外に見えるか?」
・・・
それはどこかで聞いた台詞。
「こくお、「なんだ?」」
ニコリと微笑むフラウは、有無を言わせぬオーラを放っている。
一番初めに交わした言葉を持ってきたという事はつまり、今のフラウを“国王”として扱うならば、あのやり取りは不敬に値するな、と言いたいのだろう。
もう、完全に脅しである。
有はため息を飲み込んだ。
「・・・私なんかでよろしいのですか?」
「ああ、そなただから頼んでおる」
この国の王にこんな風に頼まれる日が来ると、誰が予想しただろうか。
有はふぅと息をついた。
「わかりました、フ、フラウ様」
「様は要らぬと言っておるのに」
「無茶です!」
画して有はこの国の王とお近づきになったのだった。
デュラハ 王国の大臣
リビナム 王宮図書管理人の老人




