商会の決断、忍び寄る影
翌日の朝。ヘパイス商会の長であるアイテルマの家に泊めてもらったカイトは、広間で8人のアイテルマの家族と温かい朝食を囲みながら、向かいに座る老婦人に切り出した。
「アイテルマさん、昨夜あの暴走族……リクニオスたちと話してきたんだ」
「おや、あの手のつけられない愚連隊に何か話してきたのかい? 帰ってくるのも遅かったからねぇ……まさか、お説教でもしてきてくれたのかいね」
「いや、逆さ。あいつらの作った改造車やエンジンを見たら、ただ暴れたいわけじゃないって分かったんだ。機械いじりに本気で夢中になって、自分たちの技術を試したいだけなんだよ」
カイトはスープの碗を置き、まっすぐな目でアイテルマを見据えた。
「だからさ、あの情熱を『レース』っていう競技に換えてみないか?」
「れーす……?」
「ああ。決まったコースを周回して、誰が一番速くマシンを走らせられるかを競うスポーツだ。安全基準やルールをしっかり設けて、正々堂々技術と速さを競わせる。そうすれば、夜中の騒音問題も解決するし、あいつらの技術も正当に評価されるはずだ」
カイトの提案を聞いたアイテルマは、しばし目を丸くして動きを止めたが、やがて「ふっ……はっはっは!」と豪快に笑い声を上げた。
「面白いねぇ! 騒音を撒き散らすだけのバカどもに、腕を競い合う舞台を与えてやろうってかい! 技術の進化を抑えつけるのではなく、熱意の向け先を変えてやる……タウルスの坊やがアンタを買ってた理由がよく分かったよ」
アイテルマは机をドンッと叩き、商会のトップとして眼光を爛々と輝かせこう言った。
「いいだろう! 乗った! 馬鹿どもの技術の進化と熱意の変換、そして何より、アウリガ領の新しい産業や大々的な興行としてもこいつは面白い。そのレースとやら、ヘパイス商会が総力を挙げて主催してやろうじゃないか!」
大賛成したアイテルマとカイトが、1階の工房兼事務所で早速レースの具体的な規則や安全検査の仕組みについて話し合いを始めた、その時のことだった。
ガラッ、と工房の扉が荒々しく開け放たれた。
「――失礼する! 魔法騎士団だ!」
入ってきたのは、揃いの制服に身を包んだ数名の魔法騎士たちだった。彼らは険しい表情で周囲を威圧し、先頭に立つ男が鋭い視線をアイテルマたちに向けた。
「この辺りで、妙な格好をした青年を見かけなかったか。王国の特命により、ある不審者を捜索している」
「妙な格好ねぇ……」
アイテルマは貫禄を微塵も崩さず、ふんと鼻を鳴らした。
「見ての通り、ここは職人たちが朝から鉄を叩いて忙しくしている工房さね。そんな怪しい外見の奴なんざ、ここにはおらんよ。一体全体、うちの若い者たちが何かしたってのかい?」
アイテルマの堂々とした態度と、ヘパイス商会という巨大な後ろ盾のプレッシャーに、騎士団の男もわずかにひるむ。
「……いや、目撃情報によればこの区画に入ってきたはずだが……。引き続き捜索を続ける。不審な者を見かけたらすぐに通報しろ」
騎士団の一行が足早に去っていくのを見送りながら、カイトは小さく息を吐いた。
(おいおい、あいつら俺を捜してやがるのか……? オリオン領の時といい、王国はやけにきな臭いな)
アイテルマはシワの刻まれた眉間にしわを寄せ、カイトをじっと見据えた。
「……さっきの騎士団が探してたのは、もしかしてアンタのことかいね? 一体何をしでかしたんだい、外から来た妙ちくりんなモンさんよ」
「いや、心当たりは本当に無いんだけどさ……もしかしたら、俺のやってるスポーツとか活動が、なにかに都合が悪いのかもしれないな……」
事態の裏にただならぬ政治的なきな臭さを感じ取ったアイテルマは、すぐに頭を切り替えた。
「ふん、王国の騎士団が勝手に領内をうろちょろするだけでも面白くないがねぇ……。うちは人の出入りが多すぎる。アンタをここに長居させるのは危なっかしいね」
アイテルマは立ち上がり、力強く言い放った。
「それに、これから本格的にレースを開催するとなれば、どちらにせよ領主との協議や許可が不可欠だ。……いいかい、厄介な連中からアンタを隠しつつ、安全に話を進めるには、あのとっつきにくい領主の屋敷に匿ってもらうのが一番確実さね。あたしから直々に掛け合ってやるから、安心しな。5分後には出るよ! これ着て、支度しな!!」
こうして、カイトはアイテルマの手配により、魔法騎士団の目を逃れるため、アウリガ領の領主が待つ屋敷へと身を隠すことになったのだった。
(第34話へ続く)




