第4Q:怪物記録と、勝利のゆくえ
ピーーーッ!!!!
運命の第4クォーターが開始のホイッスルと共に幕を開けた。
【第3Q終了:西 72 ー 69 東】
わずか3点差。コートを覆う空気は、息が詰まるほどの極限の緊張感に包まれていた。
「レバン! ここだ、俺たちに構わず突っ込め!」
「レバンに預ければ大丈夫だ!」
第4Qに入ると、西チームの「レバン依存」はもはや隠しきれない領域に達していた。体力の限界を迎えた選手たちは、自分たちでスペースを作って攻める余裕を失い、無意識に「すべてをエースに託す」という安全牌に逃げ込んでいた。
そして、レバン自身もその期待に応えようと、ボロボロに擦り切れた肉体に鞭を打ち続けていた。
ドガァァンッ!!
「またレバンだ……っ! あの疲労状態で、まだあんな跳躍ができるのか!?」
東のベンチから悲鳴が上がる。
レバンは、ディフェンス三人が待ち構えるゴール下へ飛び込み、接触しながらもねじ込むようにダンクを沈めた。ブロックに来た東の選手の腕を弾き返し、リバウンドをもぎ取り、自陣へ走れば相手のシュートを執念のブロックで叩き落とす。
彼のプレーに妥協はない。衰えを見せてもなお、その一挙手一投足は観客の魂を揺さぶる「怪物」そのものだった。
長女メイサは、ベンチで祈るように手を組みながらも、どこか切なげな目を向けていた。
(レバン……! あなたはどうしてそこまで……)
レバンが得点を決めるたび、西のスコアボードの数字は跳ね上がっていく。しかし、それは同時に西のチーム全体の歯車が、レバンという一点を除いて完全に停止していることを意味していた。
◇
対する東チームは、対照的だった。
「慌てるな! 僕たちは僕たちのプレーをやり抜くぞ!」
東のキャプテン・セルラは、全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界がかすむほどの疲労に襲われながらも、仲間たちへ声を掛け続けた。
セルラを起点としたスクリーンプレー、パス回し、そして全員がカバーし合うディフェンス。
「セルラさん、ここ!!」
「──!!」
セルラの巧妙なポストプレーから、フリーで走り込んだ味方へボールが渡り、鮮やかなミドルシュートがネットを揺らす。
個人としての圧倒的な爆発力はない。だが、5人が一つの生き物のように滑らかに連動する東のオフェンスは、西の守備網を確実に攻略し始めていた。
残り時間1分。スコアは【西 90 ー 92 東】。東がこの試合初めてのリードを得た。
「オラァァァッ!!」
最後の力を振り絞り、レバンがこの日34本目となるリバウンドを強烈なパワーでリングにねじ込み、土壇場で同点に追いつく!
【西 92 ー 92 東】
広場全体が割れんばかりの歓声と悲鳴に包まれた。
しかし、その直後だった。
「……っ! ハァ、ハァ……!」
ゴール下に着地したレバンの足元が大きくぐらつき、その巨体がガクリと傾いだ。限界を超えた心肺機能と筋肉が、ついに強制終了のサインを出したのだ。レバンがボールをキープできず、こぼれ球を東の選手が素早く拾い上げる。
「ラストワンプレイだ! 行くぞ!!」
残り時間は30秒。
東の選手たちが一糸乱れぬ速攻で西のゴールへ殺到する。西の選手たちが必死に戻るが、レバンの足が止まったことでディフェンスの網に致命的な綻びが生じていた。
隙を見逃さなかったセルラがゴール下へ飛び込み、ダンクをねじ込んだ──
ピーーーッ!!!!
試合終了のブザーが、静まり返ったコートに高らかに響き渡った。
【試合終了:西 92 ー 94 東】
わずか2点差。死闘の末に勝利を掴み取ったのは、緑の装衣を纏った東チームだった!
◇
「「「うおおおぉぉぉぉぉぉっっ……!!!」」」
東のベンチから、アルニタや選手たちが涙を流しながら飛び出し、コートの中央で抱き合って歓喜の声を爆発させた。
一方、コートでレバンはその巨体を投げ出すように仰向けで倒れ込んでいた。
荒い息を繰り返すレバンの視界に、勝者の歓声と、自分の足元で立ち尽くす仲間たちの姿が映る。
(負けた……俺の……俺たちの負けか……)
悔しさと、やり切ったという複雑な感情が入り混じる中、ふと目の前に大きな影が差し込んだ。
見上げると、そこには同じく息を荒らげたセルラが立っていた。セルラは黙ったまま、巨大な手をスッと差し出した。
「……レバン。いい試合だった」
「……ふっ、なかなかしぶといやつだな……セルラ」
レバンは苦笑を浮かべ、その手を取った。セルラに引っ張り起こされ、二人の巨人はしっかりと固い握手を交わした。
その姿を見た西の選手たちも、やがて敗北のショックを乗り越え、健闘をたたえ合って歩み寄り始めた。
屋敷の使用人が集計していたスタッツを見て、カイトと執事ゴードンは驚愕する。
「れ、レバン殿……76得点、34リバウンド、12ブロック……!?!?」
ゴードンが思わず読み上げると、それを聞いた会場の巨人族たちからどよめきと、それに続く割れんばかりの称賛の拍手が巻き起こった。
敗れはしたものの、レバンの残した数字はまさに神話級の怪物スタッツだった。
「すげぇよレバン……!」
「お前は俺たちの英雄だ!!」
西の仲間たちが倒れ込みそうなレバンを肩に担ぎ上げた。個人技に頼りすぎたという歪みはあったが、レバンの戦い様が本物であったことに異論を挟む者は誰もいなかった。
こうして、70年間続いた東と西の抗争は、血を流す大喧嘩ではなく、バスケットボールという「スポーツ」へ平和的に移行されることとなった。
◇
——だが、その祝祭の裏で。
西の部族が持ってきていた古い公文書と、東の部族のもとに届いたものを照らし合わせていた使用人が、青ざめた顔でオリオン卿とカイトの元へと駆け寄ってきた。
「オリオン様……! 大変なことが分かりました……!」
「どうした、そんなに慌てて」
「70年前、東西の部族が最初に争いを始めた『発端』が判明しました……。これをご覧ください」
使用人が差し出した古い羊皮紙には、当時の王国の役人と先代領主、両方のサインが書かれた内容の違う公文書だった。
西の公文書には——
『東の部族は、貴殿ら西の部族の有する潤沢な金鉱脈を奪うため、半年に一度襲撃を行おうと画策している。領主と領地、貴殿らの命を守る為に防衛せよ。』
一方で東の公文書には──
『西の部族は、貴殿ら東の部族の有する火山洞窟で得られる魔法石を奪うため、半年に一度襲撃を行おうと画策している。領主と領地、貴殿らの命を守る為に防衛せよ。』
——と、部族抗争を引き起こし、同士討ちを狙った内容が黒々と書き記されていたのだ。
「なんだと……?父上が……?いや、これは父上のサインではない!!先代の他の文書を何枚か取ってきてくれ!何でもよい!!」
オリオン卿が険しい顔で絶句する。
カイトは差し出された羊皮紙をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐き出した。
王国は、魔法が使えない巨人族たちの強大な力と団結、なにより巨人族を従える領主の謀反を恐れ、わざと仲を引き裂いて争わせることで、その力を削ぎ落とし続けていたのだ。
バスケットボールの決闘を通じて、巨人族の二つの部族は70年ぶりの和解を果たした。
しかし、それは同時に、彼らを理不尽に虐げ、欺いていた「敵」の正体をあぶり出す引き金となったのだった。
(第16話に続く)




