森の中 ー 新たなる星座 ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
リンドルの街を出て——
エリスたちは、森の中を進んでいた。
木々が生い茂り、木漏れ日が地面に揺れる。
足元には落ち葉。
遠くで鳥の声が響いている。
「……ねえ」
不意に、マリンが口を開いた。
「ルシアンさんたちって、昔Sランクパーティだったの?」
エリスも気になっていたのか、視線を向ける。
ルシアンは、少しだけ目を丸くした。
「……聞いてないのか?」
カイルも短く言う。
「母親たちから」
エリスとマリンは、顔を見合わせる。
「「聞いてない……」」
ルシアンは、ふっと笑った。
「まあ、昔の話だ
今はただの冒険者だよ」
軽く言うその言葉に、
“ただ者じゃない”空気が滲んでいた。
その時——
「あ、そうだ」
マリンが、思い出したように声を上げる。
「私たち、パーティ名決めてなかったよね?」
一瞬、全員が止まる。
「……確かに」
エリスが頷く。
カイルが、少し考えて口を開いた。
「……“希望の翼”」
短く、しかし力のある言葉。
だが——
マリンは、少し苦笑する。
「それ、ちょっと重くない?
今の私たちには、まだ大きすぎる気がする」
その言葉に、エリスも頷いた。
「……うん」
少し考え込んで——
マリンが続ける。
「もっと、これからって感じの名前がいいな
例えば——」
少し空を見上げて。
「“新たな星座”とか」
その言葉に、空気が少しだけ変わる。
ルシアンが小さく笑った。
「……悪くないな」
カイルも短く頷く。
「ああ」
エリスは、少しだけ考えて——
やがて、笑った。
「……いいと思う
それがいい」
こうして——
彼女たちのパーティは
**「新たな星座」**と名付けられた。
だが——
その時、マリンがふと気づく。
「……エリス?」
エリスの表情が、どこか違っていた。
「何か考えてる?」
図星だった。
エリスは少しだけ迷い——
そして、口を開く。
「……みんなに話しておきたいことがあるの」
足を止める。
三人の視線が、エリスに集まる。
「魔族が……
魔物を改造してる」
空気が、一変した。
エリスは続ける。
「普通の魔物じゃない
もっと強くて……危険な存在」
そして——
「それを、女神セレネから聞いたの」
ルシアンの表情が変わる。
「……女神?」
エリスは、静かに頷いた。
「うん
天界で、直接会った」
沈黙。
だが——
ルシアンは、すぐに現実に戻る。
「……なるほどな」
すべてを受け止めるように、息を吐いた。
「なら、尚更だ」
そう言って、エリスとマリンを見る。
「まずは経験を積む
戦えるようになることが先だ」
カイルも短く続ける。
「実戦で覚えろ」
エリスとマリンは、顔を見合わせる。
そして——
しっかりと頷いた。
「「……はい」」
森の中に、再び足音が響き始める。
新たな星座。
その最初の一歩が、刻まれていった。
エリスの話を聞いてから——
四人は、先ほどまでよりも慎重に森を進んでいた。
足音を抑え、周囲に意識を向ける。
さっきまでの穏やかな空気とは違う。
“警戒”が、全員に行き渡っていた。
その時——
『……来るよ』
エリスの意識の中に、声が響いた。
セラだ。
『前方、少し右
ゴブリン……十五』
エリスの足が、わずかに止まる。
(……15体)
一瞬だけ考える。
(どう伝える……?)
セラの存在を話せば——
頼りにされる。
それは、まだ違う。
エリスは、小さく息を吸った。
「……前方に魔物
ゴブリンが……複数」
ルシアンの目が鋭くなる。
「数は?」
「……十五くらい」
一瞬の沈黙。
そして——
「よく分かったな
境界の子の力か?」
「……うん」
短く答える。
ルシアンはそれ以上は追及せず、すぐに判断を下した。
「戦闘準備
マリン、後衛
エリス、前に出るな」
だが——
エリスは、すでに剣に手をかけていた。
「……大丈夫」
その一言に、ルシアンはわずかに目を細める。
「……無理はするな」
「はい」
直後——
茂みの奥から、ゴブリンたちが姿を現した。
醜い顔。
濁った目。
手には粗末な武器。
「来るぞ!」
ルシアンの声と同時に——
エリスが踏み込んだ。
一瞬。
剣が閃く。
——三体。
ほぼ同時に倒れる。
「っ……!?」
ルシアンの視線が動く。
速い。
そして——無駄がない。
マリンも続く。
「ウィンドカッター!」
風の刃が走る。
五体のゴブリンをまとめて切り裂いた。
残るは数体。
「任せろ」
カイルの矢が放たれる。
正確に急所を貫く。
同時に、ルシアンの魔法が炸裂する。
——戦闘終了。
静寂が戻る。
「……」
ルシアンとカイルは、無言で二人を見る。
そして——
ルシアンが小さく息を吐いた。
「……新人、か?」
どこか呆れたような声。
カイルも短く言う。
「……違うな」
エリスとマリンは、顔を見合わせる。
ルシアンは、わずかに笑った。
「まあいい
これなら問題ない」
そして——
「少し経験を積めば、十分戦える」
その言葉は、評価だった。
エリスは、静かに剣を収める。
初めての旅で初めての戦闘。
戦闘が終わり、静寂が戻る。
だが——
エリスの中には、消えない違和感が残っていた。
(……何かがおかしい)
エリスは、そっと意識を向ける。
「……セラ」
『うん、わかってる』
すぐに返ってくる声。
『あのゴブリン……普通じゃないね』
「やっぱり……?」
『魔石、見て』
エリスは、倒れているゴブリンのそばにしゃがみ込む。
胸元を探り、魔石を取り出した。
手のひらに乗る、小さな結晶。
それを、じっと見つめる。
『……見える?』
「……うん」
セラとは視覚を共有している。
エリスが見ているものは、そのままセラにも伝わっていた。
『普通のゴブリンの魔石はね
透き通った緑色なんだ』
「……」
エリスは、手元の魔石をもう一度よく見る。
緑色——
ではある。
だが——
『よく見て
ところどころに……黒い斑点があるでしょ?』
「……っ」
確かに。
透き通っているはずの内部に、
不自然な黒が混じっている。
点のような——
だが、どこか“染み込んだ”ような黒。
『これは普通じゃない
明らかに、何かが混ざってる』
エリスは、ゆっくりと立ち上がった。
その表情は、先ほどまでとは違う。
「……みんな」
ルシアンたちが振り向く。
エリスは、手にした魔石を見せた。
「これ……普通のゴブリンの魔石じゃない
よく見て」
ルシアンが受け取り、目を細める。
「……黒い、か」
カイルも覗き込む。
「混ざっているな」
マリンは、不安そうに呟いた。
「これって……」
エリスは、静かに答える。
「……セレネが言ってた“改造された魔物”かもしれない」
空気が、重くなる。
森の静けさが——
先ほどとは違って感じられた。
ただの森ではない。
すでに何かが、侵食している。
ルシアンが、低く言う。
「……厄介だな」
カイルも短く続ける。
「数だけじゃない
質も変わっている」
マリンが、ぎゅっと杖を握る。
「……気をつけないと」
エリスは、小さく頷いた。
(……始まってる)
魔族の動きは、もう——
確実に、この森に入り込んでいた。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は、5月4日18時を予定してます




