交易都市アルフェリア ― 王族派の領主 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
ついに交易都市アルフェリアへ到着したエリス達。
セントポルからの通達によって、思いがけずすんなりと街へ入ることができました。
そして、第二王女アイリーナの手紙を携えたアランは、アルフェリア領主ユリウス・マルケッティのもとへ向かいます。
王族派と聞かされていたユリウスは、果たして信頼できる人物なのでしょうか。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
エリス達は異空間から馬車へ戻ると、アルフェリアへ入る準備を整えていた。
アイリーナや侍女、近衛兵達には、昨日話し合った通り、しばらく異空間の中にいてもらうことになっている。
王女が生きていることを知る者は、まだできるだけ増やしたくない。
そのため、まずはエリス達だけで普段通りにアルフェリアへ入る。
そして街の中へ入ってから、アランがアイリーナの手紙を持って領主ユリウス・マルケッティのもとへ向かう手筈だった。
「それにしても……」
御者台へ出たエリスが、目の前にそびえる城壁を見上げる。
「大きい……」
隣にいたマリンも同じように口を開けていた。
交易都市アルフェリア。
王都グランヴェイルへ続く主要街道の途中に位置し、王国内だけでなく国外からも多くの商人が訪れる大都市だ。
街を囲む城壁はこれまで見てきた街よりも高く、その中央に設けられた門も圧倒されるほど巨大だった。
大型の荷馬車が何台並んでも通れそうな幅があり、その上には衛兵達が周囲を監視するための見張り台まで設けられている。
「ベルハイムより大きいわよね?」
マリンが尋ねる。
「うん。人もすごいね」
エリスが門の前へ目を向ける。
アルフェリアへ入ろうとする者達が長い列を作っていた。
幌馬車。
商人の荷馬車。
徒歩の旅人。
武装した冒険者。
中には王都へ商品を運んでいると思われる大きな商隊までいる。
さすが交易都市と呼ばれるだけのことはあった。
「これ、入るまで結構掛かりそうね」
「仕方ないよ。並ぼう」
エリス達の馬車も、その列の最後尾へ付いた。
馬車は少しずつ前へ進んでいく。
その間にも、城門からは次々と別の馬車や人々が出てくる。
王都方面へ向かう者もいれば、地方へ商品を運ぶ商人もいるのだろう。
「本当に人が多いね」
「王都はもっとすごいのかしら?」
「どうだろう……」
エリスはまだ見ぬ王都を想像した。
その後ろでは、クラリス達も馬車の中から外の様子を確認していた。
やがて――。
「次!」
衛兵の声が聞こえた。
ようやくエリス達の番になった。
馬車を門の前まで進めると、数人の衛兵が近付いてくる。
「アルフェリアへようこそ。身分を確認できる物をお願いします」
「はい」
エリス達はそれぞれギルドカードを差し出した。
衛兵はまずエリスのカードを確認する。
そして名前を見た瞬間――
「……エリス?」
衛兵の目が僅かに見開かれた。
続いてクラリス、ルシアン達のギルドカードにも目を通していく。
すると、隣にいた別の衛兵が気付いた。
「おい、この方達……」
「ん?」
二人は一度顔を見合わせる。
その直後、最初に対応していた衛兵の態度が明らかに変わった。
「失礼いたしました」
「え?」
エリスが首を傾げる。
衛兵はギルドカードを返しながら、少し笑顔を見せた。
「セントポルの英雄様御一行ですね」
「えっ?」
今度はエリスだけでなく、マリンまで驚いた。
「どうして知ってるんですか?」
「セントポルより通達が届いております」
「通達……」
エリスは後ろにいるクラリスを見る。
クラリスも僅かに目を見開いていた。
セレフィーナ達が各地へ連絡を入れていること自体は知っていた。
しかし、王都に近いアルフェリアにまで、すでに情報が届いているとは思っていなかった。
衛兵は馬車へ視線を向ける。
普通であれば、ここで荷台の中を確認される。
大型の馬車であればなおさらだ。
クラリス達も、それを想定した準備はしていた。
ところが――
「確認できました。どうぞお入りください」
衛兵はそのまま道を開けた。
「……馬車の中は?」
思わずマリンが尋ねる。
衛兵は少し不思議そうな顔をしてから答えた。
「セントポルを救った英雄の方々と確認できていますので、問題ありません」
「そうなんだ……」
「アルフェリアへようこそ。どうぞ良い滞在を」
衛兵達に見送られ、馬車はそのまま門を通過した。
城壁の内側へ入った瞬間――
エリスとマリンは再び目を丸くした。
「すごい……!」
大通りの両側には、様々な店が並んでいた。
衣服。
武具。
食料。
香辛料。
見たことのない商品を積み上げた露店まである。
行き交う人の数も非常に多く、聞こえてくる声の中には王国内ではあまり耳にしない訛りまで混じっている。
荷馬車が何台も通れるほど道幅も広い。
交易都市という名前に相応しい活気だった。
「セレフィー、ここまで通達を出してたのね……」
クラリスが呟いた。
「私も驚いたわ」
ミリアが答える。
「セントポルからかなり離れてるものね」
「領主同士の連絡網でも使ったのかもしれないな」
ルシアンが周囲を見ながら言った。
エリスは少し困ったように笑う。
「どこに行っても知られてるようになってきたね……」
「もう変装、本気で考えた方がいいんじゃない?」
マリンが冗談めかして言う。
「……本当に必要かも」
エリスは否定できなかった。
しばらく大通りを進んだあと、馬車を停められる場所を見つけた。
そこで馬車を止める。
周囲に不審な者がいないことを確認してから、メルキオラが異空間への扉を開いた。
少しして、アランが馬車へ姿を現す。
王家の紋章が刻まれた近衛兵の鎧姿だ。
今からユリウス・マルケッティに会いに行く以上、自分が王家直属の近衛兵であることを証明できる姿の方が都合がいい。
「では、行って参ります」
アランがクラリス達へ告げた。
クラリスは頷く。
「お願い。無理に話を進めなくていいわ。マルケッティ卿がどんな反応をするか確認してきて」
「承知しました」
そしてクラリスは少し声を低くした。
「殿下の居場所については?」
「当然、こちらからは明かしません」
「それなら大丈夫ね」
異空間の中では、アイリーナもアランを見送っていた。
「アラン」
「はい、殿下」
「お願いいたします」
アランは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「必ず」
扉が閉じる。
アランは馬車を離れ、一人でアルフェリアの中心部へ向かった。
領主の居城はすぐに分かった。
街の中心からやや奥。
高い石壁に囲まれた大きな城が建っている。
王城ほどではないものの、交易都市を治める領主の居城だけあって、かなり立派な建物だった。
正門には複数の衛兵が立っている。
アランが近付くと、当然のように呼び止められた。
「止まれ」
アランは足を止める。
「何用だ?」
「領主ユリウス・マルケッティ卿への謁見を願いたい」
衛兵が怪訝そうな表情を見せる。
「謁見の予定は?」
「ない」
「それでは――」
衛兵が断ろうとしたところで、もう一人の衛兵がアランの鎧に気付いた。
「待て。その鎧……」
視線が胸元の紋章へ向けられる。
王家の紋章。
衛兵の表情が変わった。
「王家直属の近衛兵か?」
「そうだ」
アランは身分を証明する物も提示した。
衛兵はそれを確認し、すぐに態度を改める。
「失礼いたしました。しかし、なぜ近衛兵の方がアルフェリアへ?」
アランは一瞬だけ周囲を確認する。
「先日、第二王女アイリーナ殿下がお乗りになっていた馬車が襲撃を受けた」
「なっ……!」
衛兵達の表情が一変した。
当然だ。
王女の馬車が襲われたともなれば、王国全体に関わる重大事件である。
「詳しいことは、マルケッティ卿本人に直接お話ししたい」
アランは懐から封書を取り出した。
「そして、こちらを直接お渡しする必要がある」
衛兵は封書を見る。
「……少々お待ちください。確認して参ります」
「頼む」
一人の衛兵が城の中へ走っていった。
アランは門の脇に設けられた待機場所へ案内される。
それからしばらくして――
先ほどの衛兵が戻ってきた。
「確認が取れました。マルケッティ卿がお会いになるそうです」
「感謝する」
「こちらへ」
アランは衛兵の案内で城内へ入った。
広い廊下を進み、階段を上る。
やがて大きな扉の前へ辿り着いた。
「こちらです」
衛兵が扉を開ける。
その先には、一人の男が待っていた。
アルフェリア領主。
ユリウス・マルケッティ。
派手さはないものの上質な衣服を身に纏い、落ち着いた雰囲気を持つ男性だった。
ユリウスは部屋へ入ってきたアランを見る。
そして王家の紋章が入った鎧を確認すると、すぐに口を開いた。
「王家の近衛兵だと聞いた」
「はい」
アランは頭を下げる。
「第二王女アイリーナ殿下付き近衛兵、アランと申します」
その言葉を聞いた瞬間、ユリウスの表情が僅かに険しくなった。
「第二王女の……」
「こちらを」
アランは封書を差し出した。
「マルケッティ卿御本人にのみお読みいただくよう、申し付かっております」
ユリウスは封書を受け取る。
封を確認したあと、その場で開いた。
そして手紙を読み始める。
最初は静かだった表情が、少しずつ変わっていく。
驚き。
安堵。
そして緊張。
最後まで読み終えたユリウスは、ゆっくりと手紙を机の上へ置いた。
それから室内にいる衛兵や使用人を見る。
「全員、外へ」
「しかし――」
「構わない。外で待て」
「……承知いたしました」
衛兵達が部屋を出ていく。
扉が閉じられた。
部屋にはユリウスとアランだけが残る。
しばらくの沈黙。
最初に口を開いたのはユリウスだった。
「……アイリーナ殿下は」
声を落としている。
「本当にご無事なのか?」
アランはすぐには答えなかった。
しかし、アイリーナ自身が書いた手紙を渡している以上、そこまで隠す必要はない。
「はい」
短く答える。
ユリウスが大きく息を吐いた。
「そうか……」
明らかに安堵していた。
「王女殿下の馬車が襲撃されたという知らせは、すでに入っている」
「やはり……」
「護衛は全滅。馬車も焼失。そして殿下の行方は分からないと聞いている」
「その通りです」
ユリウスはアランを真っ直ぐ見る。
「詳しい事情を聞いても?」
「申し訳ありません。現時点で私の判断だけでは、それ以上をお話しすることはできません」
「……分かった」
ユリウスは無理に追及しなかった。
その反応を見て、アランは内心少しだけ安心する。
セレフィーナから信用できる人物だと聞いていたが、少なくとも今のところ、その言葉を疑うような点はない。
ユリウスは再び手紙を見る。
そして少し考えたあと、口を開いた。
「一つ頼みがある」
「何でしょう」
「アイリーナ殿下に直接お会いしたい」
アランの表情が僅かに変わった。
「直接、ですか?」
「ああ」
ユリウスは真剣な表情だった。
「この手紙を疑っているわけではない」
机の上の封書を見る。
「筆跡も王家の印も確認できる。それに王家直属の近衛兵であるあなたが持参したのだ。偽物だとは思っていない」
「では、なぜ?」
「無事だと言われても……この目で殿下のお姿を確認したい」
その声には領主としてだけではなく、王家に仕える者としての気持ちが滲んでいた。
「襲撃を受けたと聞いている。負傷されていても、周囲を心配させぬため無事だと書かれている可能性もあるだろう」
アランは答えなかった。
確かに、その考え自体は理解できる。
「もちろん、殿下を危険な場所へ連れ出せと言っているわけではない」
ユリウスは続ける。
「こちらから出向くこともできる。必要なら護衛も連れず、私一人で構わない」
「……」
「ただ、一度だけでも殿下にお会いできないだろうか」
アランはしばらく考えた。
ユリウス自身を信用できる可能性は高い。
しかし、アイリーナがどこにいるのか。
誰に保護されているのか。
そしてユリウスをそこへ連れて行ってよいのか。
それをアラン一人で決めることはできない。
「申し訳ありません」
アランは頭を下げた。
「この場でお返事することはできません」
「……そうか」
「殿下をお守りしている方々とも相談する必要があります」
ユリウスが僅かに目を細める。
「殿下を守っている者達がいるのだな?」
アランは、それ以上答えなかった。
ユリウスも追及しない。
「分かった」
静かに頷く。
「ならば、持ち帰って相談してほしい」
「承知しました」
「私はいつでも構わない」
ユリウスはまっすぐアランを見た。
「殿下の安全が最優先だ。それを損なうようなことを求めるつもりはない」
その言葉を聞き、アランはもう一度頭を下げる。
「必ずお伝えいたします」
こうして、アランは領主城を後にすることになった。
ユリウス・マルケッティは、少なくとも今のところ信頼できそうに見える。
しかし――
第二王女アイリーナ・サントスと、直接会いたい。
その申し出を受け入れてよいかどうか。
それを決めるのは、アラン一人ではない。
アランはクラリス達の待つ馬車へ戻り、ユリウスとの会談の内容をそのまま伝えることにした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、エリス達が交易都市アルフェリアへ到着し、アランが領主ユリウス・マルケッティと初めて対面しました。
セントポルからの通達はアルフェリアにまで届いており、エリス達は改めてセレフィーナの手回しの早さに驚かされることになります。
一方、アイリーナからの手紙を読んだユリウスは、王女が無事であることに安堵しつつも、直接その姿を確認したいと申し出ました。
しかし、その判断をアラン一人で下すことはできません。
次回は、ユリウスからの面会の申し出を持ち帰ったアランから話を聞き、クラリス達がアイリーナとの面会をどうするのか考えることになります。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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