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9 公館……ですか?

「ルーナ。そんなに考え込んで、どうしたんだい?」


 上からマリウスの声が降ってくる。いつの間にこちらを見ていたのか。意識外から話しかけられ、ルーナは少し驚いてしまう。


「さ、先程のマリウス様の魔法の素晴らしさが脳裏に焼き付いてしまって……」


 全てを話してはいないが、嘘も言っていない。ルーナはそのまま話を流そうとしたのだが、マリウスが覗き込むようにして目線を合わせてきた。


「それも凄く嬉しいんだけど……僕としては、ルーナにはもっと僕自身のことを見てほしいかな」


「えっ……」

 

 マリウスは眉尻を下げ、少しだけ寂しそうな表情でこちらを見ていた。

 予想外の言葉と表情に、ルーナは息を呑む。

 本心ではないはず……そう分かっていても、あの端正な顔を間近で見ると胸が高鳴ってしまう。そして、彼の淡い青紫の瞳。宝石のように透き通った瞳を、吸い込まれたように見つめてしまう。


 そんなルーナをしばらく見つめた後、ふっと優しく微笑んだ。そして、マリウスが離れていく。


「すまない、驚かせてしまったね」


「いえ、どうかお気になさらず……」


 マリウスが遠ざかるとともに、自分の肩の力が抜けたことにルーナは気づく。いつの間にか、体が強張ってしまっていたようだ。

 それに気づいての謝罪だろう。気を遣わせてしまったようだ。

 

(私たちは、言うなればビジネスパートナーのような関係。真の婚約関係ではないのだから、この程度で心を乱していてはいけないわ……)


 ルーナは自身の至らなさを反省するとともに、徹底的に自身の本心を消している、マリウスの精神力に感銘を受けた。


(嫌っている者に対して、本当に好いているかのように接するなんて。それに引きかえ、私はまだまだね……精進しなければ)


 心中での反省会を終えて少し落ち着いたところで、ルーナは大切なことが頭からすっぽりと抜けていたことに気が付いた。

 リオネルとの婚約破棄、そしてマリウスからの新たな婚約の申し出を受け入れたこと。今日の出来事をすべて、両親に説明しに行かなくては。

 急ぎマリウスに申し出る。


「あの……マリウス様、今後の予定などは既に決まっておりますか? 私は可能であれば一度タウンハウスへ戻り、両親に事の次第を伝えたいのです」


 マリウスは口元に手を当てて押し黙る。

 思い悩んでいる様子だったが、ややあって、申し訳なさそうに首を横に振る。 


「すまない。そうさせてあげたいのは山々だが、先に我が国の公館まで足を運んでほしい。できれば、君のご両親――公爵夫妻にも公館へ来て頂きたい」


 公館――他国に設置される、外交のための拠点。ルーナにとっては縁遠いはずの場所だ。

 確かに、オードラン国にはヴァルトシュタイン帝国の公館が置かれている。マリウスの留学に合わせて、およそ一年ほど前に設置されたのだ。

 他国にありながら、壁の中は帝国領――そんな場所に、オードラン国の公爵家の者を招き入れるという。ルーナは、マリウスの言葉に驚きを隠せなかった。

 

「もしや、正式な手続きを踏んだ上で私を連れて行ってくださるのですか?」

「そんなこと、当たり前じゃないか。オードラン国から君を守り抜く――この言葉に偽りはないよ。もちろん、君のご両親であるベルニエ公爵夫妻もお守りする」


(婚約したという建前があるとはいえ、まさかここまで丁重に扱われるなんて)


 特に手続きなどもなくそのまま連れていかれるとばかり思っていたので、ルーナは予想外の扱いの良さに感謝の気持ちでいっぱいになった。

 その一方で、マリウスは弱々しい声で続く言葉を紡いだ。


「君を悪し様に言われたままにするのが許せず……ついカッとなってしまった。僕の軽率な行動のせいで、本当に申し訳ない。君やベルニエ家の立場を悪化させ、状況をこじれさせてしまった。責任を取らなければ」


(広間でのレティシア様やリオネル様に対する発言を、気にしていらしたのね……)


 そんなもの、気にする必要なんてないのに。ベルニエ家がオードラン国の貴族社会で疎まれていたのは、レティシアが聖女として覚醒して以来ずっとだ。

 大事になるのがちょっとだけ早くなった――その程度のことなのだ。マリウスは何も悪くない。


「どうか、お気になさらないでください。遅かれ早かれ、いつかこうなっていたと思います。それよりも、あの場でマリウス様にお守り頂けたことに感謝したいです。私は……本当に嬉しかったです」


 本心だった。周囲から謂れのない悪意を受けるようになって以来、ルーナを庇ってくれるのは――味方になってくれたのは、家族である両親以外にいなかった。

 マリウスの優しさには、裏があるのかもしれない。打算に基づくものかもしれない。

 でも、他人からの優しさを感じたのは本当に久しぶりのことだった。その優しさが、ルーナはとても嬉しかったのだ。


「……ありがとう」


 月明かりで、マリウスの表情がはっきりと見える。

 どこか儚げな笑みに、印象的な淡い青紫の瞳。ルーナはつい目を奪われてしまう。


(やはり、この方の瞳は綺麗。心惹かれるけれど……でも、あまり深く意識しすぎてはいけない。入れ込んでしまうのは良くないわ)

 

 自分はマリウスの目的を果たすための駒。彼の思うような活躍が出来なければ、切り捨てられる存在でしかない。

 それが純然たる事実なのだが――そのことを思うと、ルーナの胸はちくりと痛んだ。

お読みいただきありがとうございます!


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