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10 精霊術をお教えすることになりました

 ルーナはマリウスに胸中の痛みを悟られぬよう、平静を装って話を続ける。


「マリウス様、公館へ向かうことに関しては承知致しました。我が家へ帝国側の使者が遣わされるとは思いますが……念のため私からも父母へ報せを送ります」

「……理解に感謝するよ。では、今から通信魔法を使うから、君が声を――」 


「いえ。それには及びませんわ、マリウス様」


 マリウスが通信魔法――遠くの者に声を届けるための魔法を使おうとしたところを、ルーナが止めた。


「……?」

 

 マリウスは、きょとんとした顔でルーナを見ている。なぜ止められたのか、その意図が掴めなかったのだろう。


「マリウス様のお手を煩わせるまでもありません。ここは、精霊の力を借ります」

 

 ルーナがそう告げると、マリウスが目を見開いた。


「君はあまり精霊術を使いたくないのだと、そう認識していたのだけれど……」


 魔法を使おうとしたのは、普段は精霊を呼ばないようにしているルーナを気遣ってのことだったようだ。


 (嫌っていたはずの者に対しても配慮を欠かさないなんて、とてもお優しいのね)


 とはいえ、なぜここまで気遣われているのか――その意図はいまいち読めない。

 婚約を結んだ目的は、精霊術士の力を欲していたからではないのか。そんな相手に、肝心の精霊術を使わずとも良いと、そう受け取れるような発言をするなんて。


 (わからない部分が多いけれど……でも、このマリウス様の発言はきっと誤解から来ているものだというのだけは分かる)


 精霊術を使うことを避けている――これまでのルーナが、周囲にそう思われるよう振舞ってきたせいだろう。

 今後のことを考えると、マリウスの誤解は早めに解いておきたい。


「確かに、私は人前で精霊の力を借りることは避けてきました。それは、精霊や私を、悪意の下に利用しようとする輩を遠ざけるためです。精霊を都合のいい道具としか考えない者に力を貸したくない……そう思っての行動でした」


 精霊は友であると考えるルーナにとって、むやみに精霊の力を使わないのは当たり前のことだという認識だ。

 対等な関係で、互いに支えあう。一方に頼り切るものではない――悪意のある者を遠ざけるという目的と、ルーナ自身の考え方もあっての行動だった。


 それを聞いたマリウスが、嬉しそうに少し笑った。


「つまり、君がこの場で精霊の力を借りてもいいと思ってくれたということは……僕は、多少は認めてもらえたと。そう思ってもいいのかな?」

「認めたなどという言葉を用いるのは不敬かと思いますが……ええ、マリウス様からは悪意は感じられませんでしたから。それに……」

「それに?」


 不敬ともとれる言葉を聞いても、マリウスは変わらず言葉に耳を傾けてくれる。そんな様子に少し安心して、ルーナはぽつぽつと語り出す。


「友人……最初は、私と友人として仲を深めたいと、そう仰ってくださいましたね」

「ああ、そうだね」

「とても嬉しかったです。私を友と言ってくださる方は、長らく……いませんでしたから」


 近頃は自分の本心を言葉に出すことを控えていたからか、どうも言語化がうまくいかない。

 少しずつ言葉を選ぶような、たどたどしい語りになってしまっているが、マリウスは優しげな表情を崩すことなくルーナの言葉を待ってくれている。


「しかも、マリウス様は精霊が見えており、精霊術の心得もあると。もしかしたら、私と同じ世界が見えているのかも……と。そう思ったらさらに嬉しさが増して」

「……僕なんてほんの少しかじった程度さ。見えはしても、精霊術の才能はなかったみたいであまり伸びなかったんだ。先祖返り(アタヴィズム)になんて何ひとつ及ばないよ」


 マリウスは、少し寂しそうな顔をする。それを見たルーナは、思わず大きな声を上げてしまった。


「才能が無いなどと……決してそのようなことはありません! マリウス様、精霊術はどなたから教わったのですか?」

「ど、独学だよ」

「精霊術を修めた者に師事したことは?」

「ないよ」

「であれば、才能が無いと決めつけてしまうのは時期尚早かと。これは個人的な見解ですが、本来の精霊術は人とは異なる階層の存在である精霊と交流を図るための(すべ)。学問として捉えて学ぶよりも、知識や技術を持つ者にコツを教わりながら、直に交流を重ねていくことが重要と考えます」


 ルーナが声を上げたのを聞いて少し面食らっていた様子のマリウスだったが、話を聞いているうちに徐々に表情が明るいものに変わっていく。


「私は、私の友である精霊とマリウス様には仲良くなってほしいと思っています。もちろん、貴方がお望みであれば……ですが」

「……いいのかい?」

「私はベルニエ家の者ではありますが、若輩なのでまだ誰かを教導したことはありません。ですが、精霊術士としての能力は大陸でも随一のはずです。私が持ちうる(すべ)は全てお教えしますから……」


 自画自賛したような言葉にルーナは気恥ずかしさを覚え、言葉尻を濁して最後まで話すことを避けた。

 

「君は、生まれながらに精霊を見ることができ、言葉を交わすこともできるというエルフと同等の存在。紛うことなき、大陸一の精霊術士だよ。そんな本物が僕を教え導いてくれるなんて、とても光栄な話だ。実は、身辺がある程度落ち着いたら僕の方からお願いしたいと思っていたんだ。精霊との交流の仕方について、是非とも教えてもらいたい」


 マリウスの宝石のような瞳が、真剣さを帯びている。先程までは自分の発言に恥ずかしさを感じていたルーナだったが、マリウスの言葉を聞いた途端に不思議とそういった気持ちは霧散していた。


「承りました、マリウス様――では、これから父母への報せを頼むために精霊を呼びますので、その様子を見ていてくださいませ」

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