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18 銀のティーセット

***


 しばらくして、リュシエンヌがティーセットを乗せたワゴンを運んできた。


「ルーナ様、お待たせ致しました」


「ありがとう、リュシエンヌ」


 一礼すると、リュシエンヌは運んできたものをテーブルの上へ次々と並べ、茶会の準備を整えていく。

 その手際の良さは、さながら本職の侍女のようだ。


 近衛騎士の筆頭を務めるほどの剣と魔法の技量を持ち、さらには侍女の仕事までこなす貴族令嬢。ルーナがこれまでに見知ってきた人々の中でも、随一の天才だろう。


(こういう人を完璧、と言うのかしら。貴人の身辺警護から普段のお世話まで、本当に全て一人で出来てしまいそうだわ)


 そんなことを考えながら、ルーナはリュシエンヌとティーセットを見つめる。


 小さな銀色のケーキスタンドには、スコーン、ケーキなど……様々な菓子が盛り付けられている。

 

 食器に目を向けると、スタンドのプレートはもちろん、ポット、カップ、ティースプーンに至るまで、全てが精緻な文様と(まばゆ)い輝きで彩られていることに気が付いた。


 (きょう)されたのは、丁寧に磨き抜かれた美しい銀のティーセットだった。


 ルーナはその輝きについ魅入ってしまった一方で、疑問を覚えた。

 

 (ベルニエ家は公爵位とはいえ、所詮は小国の貴族。なぜ、このような身に余る厚遇を……)

 

 そんなルーナの思いを察したのだろうか。リュシエンヌがルーナの方を見て、柔らかに微笑んだ。


「我々があなた様に仇なすことはありません。()()を、ヴァルトシュタイン帝国臣民の総意と思って頂ければ幸いです」

 

 リュシエンヌがティーセットの方へ目配せをする。その様子を見て、ルーナはこのもてなしの意味を察した。


 オードラン国やヴァルトシュタイン帝国の周辺地域では、ある古い慣例が存在する。

 それは、貴族間の飲食を伴う接待では銀食器を用いるというものだ。


 昔の人々は、毒物に反応して変色する銀の性質を証として、出した食べ物に危険がないことと、敵意が無いことを示そうとしたのだ。


 だが、それは過去の話。


 時代の変化とともに、この慣例は徐々に廃れていった。

 技術面のめざましい進歩により、毒や悪意ある魔法を検知するための魔法・魔道具が生まれ、銀よりも効率的かつ確実な自衛手段が確立されたからだ。


 とはいえ、慣例が完全に無くなった訳ではない。

 現在でも公的行事で国賓や公賓をもてなす際には、銀食器が用いられる。敵意を持たないことを示す暗黙のマナー、という形で残っているのだ。


 つまるところ、銀のティーセットが(きょう)されるもてなしは、ルーナが知りうる限りで最も格式高いものだった。

 故に、自分の身の丈に合わないと感じて混乱してしまったのだ。

 

 帝国側としては、エルフの先祖返り(アタヴィズム)にして未来の皇子妃――皇族に連なることになる令嬢に対して最大限の敬意を払うことと、一切の敵意が無いことを示すことは当然と考えての対応だったのだが。

 ルーナは自分とマリウスの婚約はあくまでも仮のものと捉えているので、そんな帝国の思惑には全く気づいていない。


 敵意がないことを言葉と行動で示してくれたという点に対して喜ばしさを感じていたルーナだが、まだ気になる点は残っていた。

 

(銀食器は、国の公式行事でしかほぼ使われない代物。そんなものが、小国の公館にすぐに使える状態で用意されていたのは何故? マリウス様以外の高貴な方が、極秘で入国する予定があったのかしら)


 何らかの目的があって用意されていたのは確かだろうが、その理由がルーナには分からない。


(いや、よしましょう。いくら気になるからといって、無闇に疑うのは良くないわ。善意をもって接してくれている人に失礼だもの)


 長年悪意に晒されていたことで、人を疑う癖が付いてしまったのだろうか。


 マリウスをはじめ、ここまでに出会った帝国側の人々が決して悪い人間ではないということは肌で感じていた。

 そんな善良な人々をつい疑ってしまったことに、ルーナは罪悪感を覚えた。


 だが、それを表に出すべきではない。

 ルーナは気持ちを切り替え、この小さな茶会を純粋に楽しむことにした。




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