9 仲間
アイルがオレの元に歩み寄る。
「お願いします。私をリヴァイアサンの元まで連れて行ってください」
「お安い御用だ」
頷き、オレはアイルを抱えた。いわゆるお姫様だっこの形で。
「なっ……」
「これが一番持ちやすい。許してくれ」
抗議しようとしてくるアイルにそう言うと、渋々納得してくれた。
「【強化】」
オレは両足に魔力を込める。
魔力を解放した今の状態であれば、リヴァイアサンの元まで飛ぶくらいは容易い。
バレルは素でやっていたが、あれは例外だ。普通はできない。
「よし。いくぞ」
「っ……!」
アイルを抱えたまま甲板を蹴り、空へ。
一足飛びにリヴァイアサンの近くまで接近する。
「今だ、アイル! 狙え!」
が、無反応。
見れば、アイルはぎゅっと目を瞑り、オレの身体にしがみつきながら震えていた。
「アイル!」
オレが叫ぶも、アイルはいやいやと首を振った。
「む、無理です! 私にはできません!」
高所恐怖症。
かつてのトラウマは、これほどまでにアイルを蝕んでいるのか。
だが、それでも――
「やるしかない! 二人がオレ達の為に戦ってるのを忘れたのか!」
「っ……!」
アイルはビクリと体を動かした。
そして恐る恐る、目を開ける。
その瞬間、
「い、いやぁああぁぁぁぁぁっ!」
「お、おいっ!」
高所にいる事を認識したアイルがパニック状態に陥り、暴れだした。
マズい、落ちる――。
ひゅぅぅぅぅぅぅ――どぼぉぉぉん!
湖にダイブしたオレは、アイルを離さないように水面に上がった。
「――ぶはぁっ! アイル、大丈夫かっ!?」
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
激しく呼吸するアイル。
マズい、過呼吸に陥っている。
「大丈夫だ! もうすぐ岸に着く! 頑張れ、もう少しだ!」
絶えず声をかけ続けながら、オレはアイルを抱えて岸まで泳いだ。
(くっ……左腕が……)
怪我が痛むが、関係ない。
倒れこむようにして砂浜に辿り着くと、オレはアイルの肩を掴んだ。
「アイル、聞こえるか。ここは地上だ。ゆっくり深呼吸しろ」
するとアイルはこくこくと頷き、すーはー、と深呼吸。
次第に落ち着きを取り戻した。
「はぁはぁ……すみません、私のせいで……」
「気にするな。アイル、すまなかった。お前の事を考えず、無理をさせた」
「そんなことは……」
「ここで休んでいろ。リヴァイアサンはオレが何とかする」
再び湖に向かおうとするオレを、アイルが呼び止めた。
「何とかって……どうするつもりですか。あなたの攻撃はリヴァイアサンに通じなかったのに」
「それでも、チャンスがあるかもしれない。バレル達が戦ってるんだ。オレだって戦う」
「っ……」
アイルはそれ以上何も言わない。
だが、その表情を見れば分かる。
葛藤しているんだ。
戦っているんだ。自分自身と。
(だったら……後押ししてやるのが、仲間の役目か)
オレは振り返ると、アイルの前に立った。
「アイル。お前はどうしたい」
「どう、って……」
アイルの青い目が揺れる。
「わたし、は……」
アイルは俯いた。
「私は……杭を破壊したい」
「なら、やればいい」
「っ……無理なんです!」
アイルが声を荒げる。
「私には……とてもできない……! 高い所にいくと、怖くて……体が動かないんです」
「……アイル、見ろ」
オレに追従し、アイルは湖の方を見た。
湖では、船に乗ったバレルとツォーネがリヴァイアサンの猛攻を必死に凌いでいる。
「二人はオレ達を信じて戦っている。自分の命を懸けてまで。それがどうしてか、分かるか?」
オレは言う。アイルの目をまっすぐと見つめながら。
「仲間だからだ。もっと言えば……オレ達は、アヴァロニア騎士団という屋根の下に集まった、家族みたいなもんだ」
「かぞ、く……」
「アイル。お前は一度、家族を、友人を、全てを失った。オレもそうだ。だから分かる」
全てを失い、心に渦巻く、あのどうしようもない虚無感。
もう誰も信じたくない。
失いたくない。
傷つきたくない。
分かるよ。
「アイル、お前は今まで一人でよく頑張った。辛かったよな。苦しかったよな。寂しかったよな」
天涯孤独。
あの絶望は、失った者にしか分からない。
オレも味わった。
だからこそ、あのどうしようもない暗闇から、アイルを救ってやりたい。
「アイル、よく聞け。お前はもう一人じゃない」
アイルがハッと目を見開いた。
「騎士団には、お前を支えてくれる仲間がいる。バレルもそうだ。ツォーネも。二人はこの半年間、ずっとお前を助けてくれただろう? オレだってそうだ。まだ会って二週間と少しだが、もうとっくにお前の仲間のつもりさ」
「ゼク、ス……」
「アイル。仲間を信じろ。そして今度は、お前が仲間を助ける番だ」
「私が、仲間を……」
アイルの目に力が戻っていく。
「オレは絶対に仲間を裏切らない。だから安心して、背中を預けてくれていい」
「ゼクス……」
「もう一度聞く。アイル、お前はどうしたい」
「私は――」
アイルは言った。
「私は、みんなを助けたい」
その瞬間、オレは思わず笑みを浮かべ、
「よく言った」
アイルをひょいと抱えた。
「あっ……」
「アイル。今度こそ……いけるな?」
「……いけます!」
それを聞き、オレは稲妻を纏う。
【ハイヴォルテージ】。
これを使えば、ここからでもリヴァイアサンに辿り着ける。
「しっかり口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
「何を――」
直後、オレは地面を蹴った。
そして目にも留まらぬ速さで水面を駆け、リヴァイアサンの元へ。
「は、速すぎます! もっとゆっくり――」
「それは無理な相談だ。いくぞ、アイル!」
オレは水面を蹴り、跳躍。
リヴァイアサンが飛ぶ高さまで到達した。
アイルがオレにしがみつく手に力を込める。
「大丈夫だ、アイル。オレを信じろ」
言うと、こくり。
アイルは頷き、オレから手を離した。
そして、両手を広げる。
途端、アイルの身体を光が包み込み、光の輪と翼が顕現した。
「ちゃんと……支えていてください」
「ああ」
アイルの手元に光が集まっていく。
それはやがて、光の弓矢と化した。
アイルが弓矢を引きしぼる。
その時、リヴァイアサンがこちらに気づいて水のブレスを放ってきたが、下から飛来したバレルの斬撃によって軌道が逸れ、ブレスは脇を抜けていった。
弓矢が、輝きを増していく。
「かましてやれ、アイル」
「はい。――【天翔かける断罪の矢】」
刹那、閃光が世界を貫いた。
放たれた光の矢は、吸い込まれるようにしてリヴァイアサンの障壁を破壊し――杭を撃ち抜いた。
パキッ……パキパキッ!
ガラスが割れるような音がして、杭が砕け散る。
少しして、リヴァイアサンから徐々に邪悪な気が消えていく。
……やったな。
「よくやった、アイル。っと……マズいな」
「ゼクス?」
しまった、力を長時間使いすぎた。
体に力が入らない。
落ちる――
「――精霊よ!」
ぶわっ! と風が巻き起こり、オレとアイルの体が浮き上がる。
そしてそのまま、オレ達は風によって岸辺まで運ばれた。
(ツォーネか。彼女には何度も助けられてるな)
オレはどさ、と尻餅をつく。
さすがに疲れた。両腕とも限界だ。
すると、隣にぼす、とアイルが体育座りの姿勢で座ってきた。
「……疲れました」
「だな」
オレが笑うと、少しして、アイルもくすりと笑った。
「おーい!」
オレとアイルが休んでいると、バレルとツォーネが船に乗って岸までやってきた。
バレルが船から飛び降り、オレ達の隣に腰掛けてくる。
「ふー。やばかったが、何とかなったな。よくやったぞ、二人とも」
言いながら、バレルはタバコを吸い始める。早速かよ。
そう思ったのはアイルも同じらしく、
「そんなに吸うと体に悪い」
と言い、注意されたバレルは一瞬驚いた後、かっかっ、と笑った。
「いよいよアイルにまで言われちまったか。ま、今くらい許せや」
紫煙が揺れる。
湖の上で、リヴァイアサンが鳴いた。
――ボアアァァァァァオォォォォォォォ……。
歌のようにも聞こえるその声は、まるで感謝をしているようで。
それから少しして、リヴァイアサンの背中から噴き出した水は、どこまでも高く昇っていき。
それは、上空を覆う雲まで達した。
するとその時、不思議な現象が起きた。
まるで一粒のインクを垂らされた水面のように、上空の雲は吹き飛ばされるようにしてどこかへ消え、一瞬後、そこには嘘のように晴れ渡る青空が広がっていた。
湖畔に爽やかな風が吹く。
「神魔、か。二度とやり合いたくはねえな。ゼクス、お前もそう思うだろ?」
「ああ。リヴァイアサンが本気だったら、どうなっていたことか」
「――ちょっと三人とも、休んでる場合じゃないわよっ」
と、船から降りてきたツォーネがオレ達の前にきて、腰に手を当ててプリプリと怒る。
「見て。船があんなになっちゃったわ。修理しなくちゃ、本土に帰れないわよ」
ツォーネに言われて見ると、確かに船は所々が壊れ、ボロボロになっていた。
「あちゃー。貸してくれたオッちゃんになんて言おうかね」
「ま、神魔とやり合ったんだ。壊れなかっただけマシさ」
「ははっ、それもそうだな」
「はぁ……まったく、二人とも適当なんだから」
ツォーネがため息を吐く。
「あ……」
ふとアイルが目を向けた先。
澄み渡る青空に、美しい虹がかかっていた。
「綺麗ね……」
確かに、綺麗だ。
空に近い場所で見る虹というのは、また一味違うな。
「見ろ、リヴァイアサンが……」
リヴァイアサンがどこかへ飛び去っていく。
おそらく、どこか違う場所で身体を休めにいくのだろう。
「さ、俺たちも帰るかね」
バレルがタバコを咥えながら立ち上がり、オレも追従して腰を上げる。
そして、体育座りで座っているアイルに対し、オレは手を差し伸べた。
「……」
しばしの間、アイルはオレの手を見つめていた。
だが、オレが「ほら」と手を揺らすと、どこか恥ずかしそうに手を伸ばしてきた。
オレはアイルの小さな手を握り、引っ張り起こしてやる。
「さぁ、帰ろう」
一歩踏み出した時、背中が軽く引っ張られた。
振り向くと、そこには小さな天使がオレを見上げていて。
「…………ありがとう」
そう言って、小さく笑うのだった。
――遠くの空から、リヴァイアサンの歌声が聞こえてくる。
それはまるで、一つの冒険の終わりを告げるラプソディー。
その歌声は海を越え、空を越え、どこまでも響き渡る。
どこまでも。どこまでも。
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次、エピローグです。




