第217話、博士「あの子を怒らせてはいけないよぉ」葉月「…………」
書き上がりました!
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静かな街を走行する護送車。
暗い車内でガスマスクを外し、広樹を観察する白衣の男は眉を顰めていた。
「…おかしい」
「所長?」
「姫路夜織の引き際だ。序列者を恐れさせる彼女が、そう簡単に退いたとは思えぬのだ」
姫路夜織の早過ぎる撤退。
そこにある疑念に所長と呼ばれる男は推察を続ける。
「もう少し時間も稼げた筈だ。なのにどうして……いや、違う。助ける必要がなかったと仮定するなら…………まさか」
まだ確信に至っていない。だがその僅かな可能性に所長は投薬銃を取り出した。
「既に致死量寸前まで薬を入れた筈ですが…」
「今にも目覚めてしまう可能性があるのだ。最悪、植物状態になっても構わん。身体さえ無事であればな」
首筋に銃口が当てられた。
それを止める者は誰もいない。
少年の命よりも研究を優先する。
研究者として強欲が引き金を軽くさせた。
「これも戦闘学の発展のためだ」
それを聞いた男達は言葉を返さず、無言を貫いた。
そして、
「……何してるの?」
それを聞いた少女が牙を向いた。
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とある日の研究室で、
「序列第一位のデータって何故か少ないですよね。どうしてなんですか?」
榛名が博士にふと質問した。
序列第一位。白姫葉月の情報は他の序列者と比べて極端に少ないのだ。
「許されていないからねぇ」
「許されていない?」
要領を得られない返答に榛名は聞き返してしまう。
「あの子は研究機関からの接触が禁止されていてねぇ。唯一、校長だけが許されているんだよぉ」
「なんでそんなルールが?」
「聞きたいかい?…………ちょいちょい」
周囲に聞かれたくないという博士の手振りに、榛名は耳を近づけた。
「あの子は研究関連の人間たちを怨んでいてねぇ」
「ほほう。それは初耳ですね」
「どうも昔、あの子の戦闘力を調べていた研究者たちが、己の欲に溺れてしまってねぇ」
「あ〜、もう分かっちゃいました」
「そこから諸々あって、最終的に校長が一括して管理することになったんだよぉ。だから彼女には興味や好奇心で近づかないでねぇ」
最後に博士は念入りに言う。
「あの子は研究関連の人間が大嫌いだからぁ」
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「許さない」
それは聞こえるはずのない彼の声音。
そして視界が闇に包まれた。
「なっ!?!?」
突如と護送車が大きく揺れ、側面のビルに衝突した。
爆発と火災。激しく黒煙が上がる中を、
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!?」
悲鳴が上がる。一人、また一人と、
「がっ!?なっ、なんだこれは!?」
「腕がぁあああああああ!?」
火災によるものではない。
身体が焼かれる以上のことが今起こっている。
そして。
「お、荻野広樹!?なぜ貴様がっ…!!」
燃える炎に照らされる不可解な光景。
それは荻野広樹を抱きしめる荻野広樹の姿だった。
「なぜ貴様が二人いるのだ!それも貴様の能力か!!」
「五月蝿い」
文句が呟かれ、男の四肢が消える。
肉も血も骨すらも形を残さず、ただ『砂』となり弾け飛んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああッッ!?」
炎に満ちた護送車の中で、男は転げ回りながら泣き叫ぶ。
「やっぱり。いつもそう。みんな狙う。狙ってくる。奪われる。奪いにくる」
「な、何を言ってっ……っ──!?」
言葉が消える。
それは天井に縫い付けられた部下達の姿。打込まれた銀色の釘が赤黒い血を落とし、広樹の頬に伝い炎に流れる。
「でも殺さない。誰も殺さない。殺したら駄目だから」
頭上にある四肢が次々に『砂』となって弾け飛んだ。
「あぎぁあああああああああああッ!?」
「ひぎぃいいいいいいいいいいッ!?」
「あぁああああああああああッ!?」
響き渡る男達の断末魔。絶えず恐怖が伝播しながら阿鼻絶叫が淡々と続く。
「こ!?こんな事をしてただ済むと──オゴォッッ!?」
口に手刀をねじ込み、喉奥を塞ぎながら広樹は言う。
「こんな事?」
釘が溶ける。焼かれた床に部下達が放り出され、四肢を失くした副数の胴体が積み重なる。
そして冷たい声音と手が彼らの命に触れた。
「まだ始まってすらない」
宣告。そして異質な音が鳴り響く。
それは白姫葉月が持つ能力で見せる憎悪。
肉が混ざる。骨が混ざる。血が混ざる。
数あった命が一つに圧縮された。
顔がない。胴体がない。人と呼べる部分がなくなった。
着ていた衣類は床に落ち、人間と呼べなくなった歪な肉塊がそこに生まれ落ちた。
葉月は知っている。
その中で起こっている絶叫と嗚咽の数々を。
耐え難い苦痛に溺れさせ、出口のない肉壁に縫い付けられ、逃亡を許さない血肉の檻。
死を許さず、逃れる術も与えない。
五体では決して味わえない無限の苦痛。
それを脳に直接叩き込める肉体へと、葉月は無慈悲に彼らを作り変えた。
「……そう……大人達は皆んなそう……」
広樹を撫でながら、葉月は暗暗く漏らす。
「私たちには好き勝手するのに、される立場になれば被害者みたいになる」
血を噴き出しながら肉が割れる。
そこから半壊した頭部が現れ、その焦点の定まらない瞳に葉月は言う。
「泣けなくなる。叫べなくなる。そんなことをしようとしたんでしょ?────私みたいに」
『ァアアアアアアアアアアアアアッッ〜〜!?』
もう人の声音すらない。
死を超えた苦痛を蓄積し、身も心も人間の構造から遠くかけ離れたソレは、ひたすらに泣き叫ぶ異形の生物へと遂げた。
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「時間が経てば勝手に戻る」
『なら良いのですが』
懐にある端末から安堵の声が漏れた。
『ここまでしてしまいましたが、彼らは覚えていられるのでしょうか』
荻野広樹に手を出せばどうなるか、それを身を持って知らしめた。
だが知らしめ過ぎた故に、それを覚えているか不安を浮かばせるさやか。
「どこまでが現実で、どこからが悪夢だったのか。それらが曖昧になる」
「曖昧なら、また広樹に危害を加えようとしませんか?」
その疑問に葉月は『曖昧』が産むものを語る。
「曖昧だから分からない。曖昧だから受け止められない。曖昧だからこそ事実にならない」
そして曖昧がもたらす一番の産物は、
「曖昧な脅迫は、事実にあたらない」
それは『荻野広樹が拷問のような行いとともに脅迫してきた』という事実を曖昧にし、危険因子の訴えを封殺するものだった。
そして、
『もしも曖昧だった出来事を事実にするなら、その時に味わった悪夢をもう一度受ける可能性があり、無闇に手が出せなくなる……という事ですね』
さやかの推察に葉月は沈黙で返す。炎と黒煙を上げ続ける護送車を能力により修復、元に戻りつつある肉塊を車内に放置し、意識のない本物の広樹を背負って扉に触れた。
「…………」
『どうしました?』
葉月の呼吸が止まり、さやかは疑問を漏らした。
そして何かに気づいたのか、広樹を壁に強く押し付け、その周辺にあった鉄が広樹の身体を覆い始める。
『葉月、一体なにを?』
「さやか、周囲の監視は?」
葉月からの突然の問いに、さやかは疑問を思いながらも返答を先に返した。
『周辺に人影はありません。配備したドローンカメラも全機正常に機能しています』
さやかの言葉を聞いて葉月は瞳を天井に向ける。
既に本物の広樹は鉄板で包み込み、急造だか棺桶に近しい形で防護を施した。
更に作った鎖で棺桶と自身を縛り、そして事実を伝えた。
「姫路夜織が来た」
読みに来てくれてありがとうございます。
1年もお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
ちょっとずつですが、今後も投稿し続けて行きたいと思います。
新年2024年もどうかよろしくお願いします!
皆々様、よいお年をお迎えください!!




