第215話、夜織「妹についた悪い蟲は殺すべきよね」
大変お待たせしました!
書き上がりましたので投稿します!
これからもよろしくお願いします!
「彼を病院に連れて行くわ。後はお願いね」
部下たちに指示を出し、意識の無い少年──荻野広樹を背負って現場を後にする姫路夜織。
詩織も乱入した大騒動。それは幸いにも人的被害を最小限に抑えて集結した。
そして自身に課せられた仕事も、彼を医療施設に届ければ終了する──筈だったが、
「姫路さんの手を煩わせる必要はありません。彼は私たちの護送車で」
横から聞き覚えのない声音をかけられ、
「校長からのご指名よ。私が一人で連れて行くわ」
「し、しかし」
引き際を知らない男に向けて、右手を小さく仰ぐ。
「なッ!?」
僅かな合図を見逃さず、部下達が男を拘束した。
地面に押さえつけられ動揺する男に、私は溜息混じりに聞いた。
「あなた、どこの所属?」
「!?」
「今回の騒動で呼ばれた人員は多くいるわ。緊急事態で手当たり次第に派遣されたみたいだけど、今回は本当に多すぎるのよ」
なにせ序列者が五名も関わってしまっているのだ。
彼ら彼女らの暴走でどこまでの被害が出るか予想がつかない。
故に各所から人員が派遣されていた。
そして頭の痛いことに…。
「本当に多いのよ……私が把握している人員よりも多くね」
呼ばれていない者達に気づいた時、その目的が背中にいる彼である事は分かりきっていた。
「どこの研究施設の方かしら?」
「くっ!」
言い淀んだ男の姿に確信を持って指示を出す。
「連れて行きなさい。それと校長にも報告を」
こういう事を危惧して校長は自分に頼んだのだろうと改めて理解した。
──『私の専門医がいる医療施設に送ってくれ!いいかい!君が最後まで見送るんだよ!本当に頼むよ!』
顔面を蒼白にしながら必死に頼み込まれてしまい、大事な妹を差し置いて彼を優先せざるおえなかった。
「……でも」
男を連行する部下達を見送り、改めて今の状況を整理する。
妹の脅かそうとする可能性が今ここにいる。それも意識を失った状態で、私と二人っきりでだ。
詩織を愛して十数年。妹が彼にどういう感情を向けているのかは手に取るように分かっていた。
だからこそ私は今回の任務を引き受けた。
そして背中越しに伝わる彼の状態に、私はこの上なく満足していた。
「完全に気絶しているわね…………ああ、ようやくだわ」
ずっと待っていた。この日を。この時を。この千載一遇のチャンスを。
今の私は戦闘力を失った元序列第一位だ。
だから勝てない、敗北、逃走を余儀なくされる事態だって起こりうる。
そんな私にとって、この瞬間は絶好の機会だった。
「狙うなら、あの路地裏当たりよね……」
あえて人気のない道を歩いた。
車を停めた場所に向かうにはこの路地裏が最短であると言い訳を浮かべながら無警戒に進む。
そして予想通りの状況に踏み込むことができた。
「そこで止まれ」
ああ、やっぱり。
自分に向かれた複数の銃口。
そして身体に痺れを感じ始めている辺り、有毒ガスが充満されているのだと分かった。
「彼を明け渡してもらおう」
ガスマスクの男が言う。
日本支部も一枚岩ではない。
根っこは同じでも善と悪に別れている。
子供を大切にするのが『善』であるならば、能力の価値を優先するのが『悪』と私は捉えていた。
「なんて言ったかしら……ああ確か──『治療はする。だが念のために長期の観察とDNAサンプルの提出、場合によっては危ない実験にも協力してもらうが、これも技術の発展のためだ』──って言うのが、アナタ達の決まり文句だったわよね?」
火花を散らして地面に弾痕が掘られた。
「問答に付き合っている暇はないのだ」
「同じ日本支部の仲間よね?」
「だが考え方が違う。君の背中にいるモノは危険だ。現に序列者と争い、この地区全域に避難指示まで出された始末」
言われるまでもなく否定できない事実に言い返せない。
そして目の前の不利すぎる状況に、選べる選択肢は一つしかなかった。
「…………彼の命は保証してくれるのよね?」
「もちろんだとも」
その返答に私は彼を下ろし、両手を上げながら後退する。
「では早急に失せたまえ」
従うしかない。この状況では打つ手がないのだ。
もし抵抗してしまえば彼を傷つけてしまうかもしれない。場合によって彼を死なせてしまう恐れもある。
それは避けなければならない最悪の事態だった。
ならば潔く彼の身柄を渡した方が最善だろうと結論づけ、私は彼の命を優先した。
「くっ…」
「余計なことを考えるな」
歯を食いしばる私に男は念を入れて忠告する。
「戦闘力を失った貴様にはこの状況は厳しいだろう。単独なら分からんが、彼という足手まといがいる以上は──」
淡々と続く言葉に私は拳を強く握り締めた。
手のひらを爪でえぐり、込み上げてくる気持ちを押さえ込む。
我慢よ…今は我慢するのよ私。
とにかく自分を鎮めるの。
ええ。歯を食いしばりなさい私。
それはもう歯を割るくらいに。
感情を押し殺しなさい。決して外に出してはいけない。
ああ。痛い。口と手のひらから血が出てきてしまったわ。
でも足りない。我慢よ。まだ堪えるの。私ならきっとできる。成し遂げてなさい私。
本気を見せるの。じゃないと我慢できないわ。
ええ。本気になるの。
じゃないと──
──笑いが我慢できないわッッ〜!!
「っ!……くっ…!」
そう。この状況を私は望んでいた。
だって仕方ないもの。
今の私に戦闘力はなく今持っている武装だけでは太刀打ちできない。
もう手立てがない。仕方ない。そんな状況に立たされてしまったのだから。
「かつて最高戦力だった姫路夜織も、さすがにこの状況では──」
「退かせてもらうわ」
「え?」
もう限界だった。笑いが溢れる前に背中を向ける。
男の言葉を遮って、心置きなく来た道を早歩きで引き返した。
チラッと背後を見ると、彼に投薬を施している状況が見えた。
恐らく彼の目覚めを阻害するための薬だろうか。
……その薬。リットル単位で注入してくれないかしら。
ええ。きっと良い夢が見られるわ。費用を全額持つからぜひそうしてほしいわね。
そんな提案を思うだけにとどめ、私は陽の光が当たる大通りに出た。
もう背後に意識を向けることもないだろうと考えながら、校長に任務失敗の報告をするために端末を握りしめる。
その直後、着信が鳴り響いた。
『着信──姫路詩織』
愛しの妹からの着信に間髪入れず出ると、
『姉さん。今大丈夫?』
妹の声が心配そうに聞いてくる。
「ええ大丈夫よ。どうしたの?」
『姉さんが広樹を病院に連れて行ったって聞いたから』
彼の名前が出ると端末の画面にひび割れた。
そろそろ買い替えを検討しないとかしら。
『で、二位と三位と鈴子が─』
その二匹と一人がどうしたのかしら。
「『自分たちでも太刀打ちできないあの先輩なら、必ず広樹を安全な病院まで連れて行ってくれるよ』って、わざわざ私に何度も言ってくるのよ」
……へ?
「私も分かりきっているんだけど、三人が念のために妹から応援の言葉を伝えた方がいいって」
…………。
「姉さんなら絶対大丈夫なのはわかってるけど、でも皆んながしつこくて連絡したの」
…………。
『ところで姉さん。広樹は大丈夫よね?』
妹の不安そうな声音に、私の返答は一つしかなかった。
「…………平気ヨ」
平気じゃない。連れて行かれたばかりである。
『そう。なら安心だわ。なにせ私の姉さんだもの。戦闘力を失っても実力は健在ね』
「エエ。安心ヨ。詩織ノオ姉チャンダカラ」
部下との連絡用に持っていたインカムに電源を入れ、一定のリズムで爪を鳴らしてモールス信号を送る。
『良かった。じゃあ仕事の邪魔をしてごめんなさい。また電話するね』
「ウン、マタ電話シテネ。イツデモ待ッテル」
通話が切れる。
そして冷や汗が流れる中、もう一人から電話がかかってきた。
『姫路君!?広樹くんは大丈夫なのかい!たった今私が毛嫌いしている研究機関から変な連絡が来て危険すぎる彼を預かると嘘を吐かれたんだが!?』
まずい。本当にまずい。
「……大丈夫です校長。今その関係者に追われていますが、私なら余裕で回避できます」
『そ、そうかい?だが万が一もある。増員の手配を──』
「問題ありません。むしろ足手まといになるので決して誰も呼ばないで下さい。それと地区の人払いも継続でお願いします」
『わ、分かった。じゃあ引き続き頼むよ』
「了解しました。……それと、一つ要請がありまして」
『なんだい?』
校長に問われた直後、目の前に車が止まった。
インカムで伝えたモールス信号に従って、部下が必要なものを届けに来たのだ。
「序列者への対処のみに使用が許可がされている武装、その使用許可を頂きたいのですが」
『だ、ダメだッ!?ならばすぐに増援を!』
「時間がかかります。それに私単独で動いた方が情報漏洩もしません。今の状況で連絡を取り合うのは逆に首を絞めてしまいます。無線傍受の可能性も考えれば、私一人で任務を継続した方が確実です」
『うっ……し、しかし……や、やはり駄目だ!!あれは本部からの預かっている重要な─』
声を詰まらせる校長に、私は切羽詰まった声を吐いた。
「なっ!?そんなっ!?……これはマズイですっ」
『どうした!?』
「彼が投薬銃で撃たれてしまい…」
『なっ!?』
これで薬を打たれた言い訳ができた。
そして校長の精神状態が大変になっていると悟りながらも私は嘘を連発する。
「このままでも彼を届けることは可能です。しかし追われながらでは時間がかかってしまいます。最悪、薬の成分によっては──」
『使用を許可する!必ず彼を病院に─「了解です。では後ほど」待っ──!?』
許可をもぎ取り通話を切る。
そして部下から受け取った黒い武装を起動させた。
「隊長。ヤらかしましたね」
「ヤらかしてないわ」
「言い逃れできませんよ?これは完全にヤらかしてます。もう正直に報告して増援を呼んでもらいましょうよ」
「ヤらかしてないって言ってるでしょッッ!!」
「慌ててるじゃないですか…」
「慌ててないわ!平常心よ!まだセーフゾーンだし!!」
「アウトゾーンですよ。もう断崖絶壁に追い込まれた真犯人みたいな顔になってるじゃないですか。もう諦めて報告しましょうよ。隊長が無理なら私が代わりに校長へ連絡を─」
部下の取り出したスマホが木っ端微塵に弾け飛んだ。
「あの……私のスマホが。……買い換えたばかりなのに……」
「どこかのサテライトレーザーが直撃したみたいね。空が一瞬ピカーと光ったわ」
「背中に隠した拳銃を見せてください。よく私のスマホをピンポイントで狙えましてねってかコレ普通にパワハラですよ」
「ごめんなさいよく聞き取れないわ。まだ有毒ガスが身体に残っているみたいね…」
「そんな状態でスマホを狙ったんですか?え、下手したら私の手が吹き飛んでたってことですよね?」
「まだ聴覚も回復していないようね。幻聴まで聞こえてきて仕方ないわ…」
「そんな都合のいい有毒ガスがあればぜひ欲しいですね!アナタと会話する直前にでも肺いっぱい吸い込みたいくらいですよ!」
腹の底から文句を叫ぶ部下。
それに気にかけず武装を振るって調子を確かめる私に、部下の手が胸ぐらに向かった。
「もうアナタはいつもいつもいつもッッ〜〜!!」
癇癪を起こして泣き喚かれる。
流石に気が引けて……という事にならないのが私達の関係である。
「即金で二百万」
「もういいです。行ってください。私は何も見ませんでした、そして知りませんでした。そういう事にして現場に戻ります」
お金で解決できる。
そんな部下を私は重宝していた。
「物分かりのいい部下を持てて幸せだわ。それと現場にいる全員への撤収指示もお願いね」
「全員をですか?」
「ええ。一人残らず、火球的速やかにね」
念を押す。
冗談や軽い空気を消し去って、先のことを見据えながら部下に告げた。
「この醜態を知っているのはアナタと私、そして荻野広樹を攫った研究者達。そこでトドメテおかないと……ね?」
喉元にナイフが押し当てられる。
部下がそう錯覚してしまうほどに、その声音は研ぎ澄まされていた。
「は、始めから彼を攫わせる気でしたよね?なのに今更ですか?」
「詩織からの信頼が私を萌殺してしまうくらいに強かったのよ。戦闘力がなくて失敗したって理由じゃあ失望されて私が死ぬわ」
「だ、だから無かったことにすると?」
「ええそうよ。それと万が一にも目撃者が出ちゃったら、ちょっと手が滑っちゃうから。だから一人残らず帰らせて…………ね」
お久しぶりです。
また間を空けてしまって申し訳ありませんでした。
忙しい時期が続いておりましたが、ようやく投稿に漕ぎ着けることができました。
改めまして、読みにきてくれてありがとうございます!
次話についてですが、明日のお昼か夕方頃に投稿できたらと考えております!内容は短いとは思いますが、着実に前に進めて参ります!
今後とも投稿を続けて参りますので、どうかよろしくお願い致します!




